月に住む天使
「あの月にはね!天使様が住んでるんだってぇ~」
『そんな訳ないじゃないか。』
「ほんとだって!」
『それが本当なら僕は···』
彼の命日にこの夢を見続けて、何年になったか。今更、あの頃を望んだってもう二度と手は届きやしないのに。軋み音を立てるベッドから体を起こし、いつも通り朝の準備をする。
「こんなにつまらない日々になったのは、君がいなくなってからなんだよ」
写真立てに入った君を撫でる。
幼い頃に毎夜、この教会に逃げ込んだ思い出。それだけを守る為に、今日もこの教会を昔のままに。ヒビの走るステンドグラス越しに差し込む朝日が、教会内を反射して、廃れを露わにする。他の教会よりは何倍も小さい故、管理は簡単だった。それでも廃れているのは、あの頃既に管理者がおらず、廃れていたから。
これ以上廃れないように。これ以上修復しないように。慣れてしまえば、なんてことは無い。直ぐに済んだ日課。本を読んで月を待つ。
「あぁ、もうこんな時間なのね」
差し込んでいた白い光がオレンジ色になり、蒼白くなった。本を置き、教会の屋根に登る。空を、眺める。
「今日は、満月…」
満月?何か…
何か、大事な事を忘れている気がした。月光に反射して輝く白が頬を擽った。
「え、羽根…?何で空から…」
『久しぶり』
声が聞こえた気がした。そうだ。あの夢の続き、
「あの月にはね!天使様が住んでるんだってぇ~」
『そんな訳ないじゃないか。』
「ほんとだって!」
『それが本当なら僕は···』
「『此処には居ないから。』」
「君があの日、突然消えたのも…。あぁ…迎えに来てくれたの?」
世界がぼやける。彼に手を伸ばす。彼の手を取る。
「『あの月までいこう…!』」
翌朝、崩壊した古びた教会に近隣住民が集まった。廃材の撤去作業が行われる。少し取り除かれた後、一つの血溜まりが現れる。その手の先には、明らかに何年も放置され、白骨化した小さな手が繋がれていた。
9年前、1人の少年が教会の屋根から足を滑らせた。しかし、それは誰にも知られる事はなかった。少女が死体を隠したから。少女も記憶を閉ざしたから。
その少女は今、幸せそうな笑みを浮かべながら、月へ旅立った。
これは果たして本当に、少年の祝福だったのか。少女は、死後も尚、笑みを浮かべられているのか。
青空に浮かぶ白い月に、一枚の羽根と少年の笑い声が舞った。




