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香の道 試むる刻の 影深く なお照らさんと 薄明の子は 2

「お前は甘い

その娘を正妻に据えたところで、宮中の嫉妬、家格の差、噂、子の立場――

すべてが娘を、そしてお前を苦しめよう」


拳が震える


「それでも、私は――」


「守れぬと言っておる」


右大臣の声が御座所に響き渡る


「お前一人の覚悟で守れるほど、この世は優しゅうはない」


胸が苦しくなる

父の言葉は正しく、重く、痛いほど現実だ


『死ぬのが…怖いの…』


『好きになったら…死ぬかもしれない…

私は…死にたくない…

死にたくないから、ここまで生きて来た…』


視界が揺れる


「暁

お前は娘を、愛しておるつもりに過ぎぬ

だがな――愛のみでは、女は守れぬ」


唇を噛む

畳に傷が付きそうなほど、手に力が入る


父の言葉は痛い

痛いけれど――


「つもりではございませぬ

私は…散らさぬために、守りとうございます」


香が静かに揺れた

右大臣は小さく息を吐く


「ならば、暁

そこまで申すならば、その夕顔とやらが――

正妻の器にてあるか否か、この場にて香を焚き、明らかにしてみせよ」


思わず声が漏れる


「父上、それは…!」


右大臣は静かに目を細めた


「暁

正妻に据えるとは、かようなことよ」


香の煙が細く揺れ、右大臣の声は静かに、しかし重く響く


「夕顔と言う娘にも、右大臣家の、重さを

共に背負う覚悟がなくてはならぬ

ただ愛されて座すのみが、正妻の道ではない」


覚悟――

その言葉が胸に刺さる


俺は唇を噛んだ後、小さく息を吐いた

強く握りしめた拳を解く


「…承知、仕りました」


右大臣はしばし沈黙し、やがて静かに頷いた


「よかろう

ならば――明日の巳の刻、この部屋にて香を焚け」


深く頭を下げる


「承知、仕りました…」



右大臣の部屋を出ると、外はすでに深い夜の色に沈んでいた


政務の疲れと、父との対峙の重さが肩にのしかかる

思わず柱に手をかけ、項垂れた


「はあ…」


漏れた重い溜め息と共に、申し訳なさが押し寄せる


「クソ…」


そして、恥ずかしい


『守れるものか』


震える拳を、小さく柱に叩きつける


『お前は甘い

その娘を正妻に据えたところで、宮中の嫉妬、家格の差、噂、子の立場――

すべてが娘を、そしてお前を苦しめよう』


『お前一人の覚悟で守れるほど、この世は優しゅうはない』


『暁

お前は娘を、愛しておるつもりに過ぎぬ

だがな――愛のみでは、女は守れぬ』


俺は自分一人で、女一人も守れない


柱に置いた拳に、額をそっと押し当てた


右大臣家に権力があると言えど

それは右大臣の権力があるだけで…


俺には…なんの権限もない


ただの…


嫌な考えが頭をよぎりそうになって、首を振った


俺がこんな弱気ではダメだ


父の言葉が正しいのはわかっている

けど、正しさだけで生きられるほど、俺の心は器用じゃない


「夕顔…」


その名前を口にした瞬間、胸の奥がじんと熱くなる


深く息を吸い、ゆっくりと柱から額を離した


夜風が廊下を抜け、灯りが揺れ、影が長く伸びる


俺は、自分の道を歩く

自分の人生を、自分で掴むんだ


行かなければ…

夕顔のところへ


伝えなければ…

夕顔に


胸の奥が重くて、足が鉛みたいに重いけど、それでも歩き出した


冷たい夜気が、火照った思考を少しだけ鎮めてくれる


明日――

夕顔の香を焚く


けど――


「…必ず、守る」


俺が夕顔を、守るんだ


夜の廊下を歩きながら、胸の奥で静かに誓った

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