恋燃やし 冬の息さえ 胸を刺す 怖しと呟き 手を伸ばせずに
十五夜の夜から、季節はゆっくりと冬へ向かっていった
朝
庭に出ると、草の先に白い霜が降りている
空気は澄んでいて、吐く息が白く揺れた
そっと髪に触れる
あの紅葉の葉は、右近が大切に紙に包んでしまっている
そのとき、右近がやって来た
「夕顔様
暁様より、文が届きました」
胸が跳ねた
手紙…
動揺しながら、右近が差し出した手紙を、震えてしまう指で、そっと受け取った
何が書いてあるかはわからないけれど
手紙の意味自体は、何を示すかはわかる
だから
こんなものを受け取ってはいけない…
暁の文字を見たら、何かが壊れてしまう
そうすれば私は…誰かの嫉妬、怒り、怨念…そう言う渦中に飲み込まれる
それがどれほど恐ろしいか、私は知っているんだ
恋は…死を呼ぶ
その瞬間、手紙を握りしめ、火鉢の前に歩み寄った
右近が声を上げる
「夕顔様…?
何を――」
ぱち、と火がはぜる
手紙は、あっという間に炎に呑まれた
右近が慌てて駆け寄る
「どうして…!
暁様からの文を…!」
私は、震える声で言った
「…赦されるわけが、ないんだ」
右近から、はっと息を呑むような、小さな音が聞こえた
私は唇を噛みしめた後、小さく息を吐いて言う
「私は…恋をしてはいけない
私が誰かを恋するなんて、想うなんて…そんなこと…赦されない
恋は、人を狂わせる
嫉妬を生み、怒りを呼び…夕顔は…それで…」
声が震える
「だから、恋なんてしてはいけない…
してはいけないんだ!」
右近は、私の言葉を静かに遮る
「夕顔様
人が人を好きになるのは…自然なことだと思います」
息を呑む
人が人を好きになるのは…自然な事…
「その恋が許されないのならば、私は夕顔様と出会えていません」
右近は続ける
「恋を否定してしまったら、その恋の果てに生まれた命も、その命が紡いだ出会いも…
すべて否定しなくてはならないのです
それは…とても寂しいことです」
右近は、私の手をそっと包む
「夕顔様がここにおられるのは、誰かが誰かを想った証です
その証を否定してしまったら…
夕顔様ご自身の存在まで、否定してしまうことになります」
恋を否定することは…
私の存在を否定すること…
確かに…それも、そうだ…
でも
だとしても…私は…
「怖い…」
拳を握りしめた
源氏物語に夕顔として放り込まれ、源氏と対峙した時…
物の怪と言う、謎の恐怖は感じたけど
これほどまでの恐怖を源氏に感じなかった
なのに…
『月影の 澄む夜の空に 問ふ心
なにゆえ君を 思ひわずらふ』
『この紅葉の葉のように
君の傍にいられたら…』
『その葉が…俺の代わりに、夕顔の傍にいてくれるといい』
「怖いんだ…右近…」
俯き、項垂れる
「夕顔様…」
暁からの手紙を燃やした翌日
冬の空気はさらに冷たく、空は薄曇りだった
右近がそっと部屋に入ってきた
手には、丁寧に包まれた小さな贈り物
「夕顔様…暁様から、お届け物が…」
筆を持つ手が、わずかに止まる
また…
右近は贈り物を文机の端にそっと置いた
「お断りしてもよろしいのですが…
暁様は、夕顔様の御心をご存じになりません」
何も言えず、押し黙る
右近は静かに言葉を続けた
「…開けてみられますか?」
首を横に振る
「見ない…」
右近は小さくため息をつき、贈り物を両手で抱えたまま、そっと部屋を下がっていく
私は贈り物の置かれていた場所を見つめた
いっそのこと、手紙を送ろうか…
止めてほしいと…
いや…
そうすれば、余計に暁は私の事を気にして、会いにくるかもしれない…
それを避けるには、無視が一番だ
関りを避ける事で、拒絶の意思を示し、諦めて貰う
これが一番、当たり障りのない、無難な解決方法




