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月影に 問ふる心の 行く先は 君を思へば 胸の明けゆく 4

思わず袖を引こうとしたが、暁は強くも弱くもない力で

ただ、そこにいると告げるように、そっと留める


「夕顔」


名前を呼ぶ声が、夜気よりも静かに胸へ落ちていく


「今日の香…いい香だった」


先ほどから心臓の鼓動が早い


「そ、そう…」


暁はじっと私を見る


「白檀と梅の香は…俺の好きな香りだ

また、屋敷でも香を焚いてほしい」


その声は、月明かりよりも静かで

袖越しの温もりは、夜風よりも優しかった


「う、うん」


暁の指が、袖をつまむ力をほんの少しだけ強める


「今度は、夕顔がいつも焚きしめる香を」


胸の奥が、またどくんと跳ねる


「わ、私の…?」


自分の声が思った以上に掠れていた

暁はただ、優しく頷く


「夕顔の香りを…知りたい」


その言葉が、まるで胸の奥に触れられたようで、息が詰まった


ゆっくりと、名残惜しむように袖から指が離れる

暁は微笑み、一礼すると、踵を返して几帳の向こうへ消えていく


その背中が見えなくなるまで

私はただ、月明かりの中で立ち尽くしていた



暁が帰ったあと、縁側にはまだ月の光が静かに降りていた


『月影の 澄む夜の空に 問ふ心

なにゆえ君を 思ひわずらふ』


『この紅葉の葉のように

君の傍にいられたら…』


『その葉が…俺の代わりに、夕顔の傍にいてくれるといい』


そっと指を伸ばし、髪に飾られた紅葉の葉に触れる

ひんやりとした葉の感触が、まるで暁の指先の温度を思い出させるようで、胸がまた跳ね、きゅうっと締めつけられた


右近が静かに近づいてきて、私の横にそっと膝をつく


「夕顔様…その髪の紅葉、とてもお似合いでございます」


右近は微笑んだ


「やはり…

暁様は夕顔様のことを、とても大切に想っておられますね」


その言葉に目を伏せる


「そんなんじゃ、ないよ」


そんなんじゃ…ない


右近は小さく首をかしげる


「そう、でしょうか…

暁様は、思いの証を夕顔様にお渡しになった時から、夕顔様を想われていると…

いえ…紅葉賀の式典で、扇をお渡しになられた時から、夕顔様の事を想っていた…」


「やめて…」


右近の言葉を遮る


違う…


「夕顔様…?」


だって、おかしい

源氏の恋愛フラグを避けて死を回避し、生き続け、なのに…

またその恋と言う、人の感情が絡み、嫉妬や怒りを生む渦中に自ら飛び込むなんて…

愚の骨頂ではないか

自ら死に飛び込むようなもの

そんな事が、赦されるわけ…


夜風が頬を撫で、生けた紅葉の葉が揺れた


『その葉が…俺の代わりに、夕顔の傍にいてくれるといい』


思わず、紅葉の葉から視線を逸らす


違う

違う


赦されない

赦されるわけがないんだ


十五夜の月が、私の影を黒く長く伸ばした

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