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月影に 問ふる心の 行く先は 君を思へば 胸の明けゆく 3

右近が戻ってきて、暁にも温かい湯を差し出す

花瓶に紅葉の枝を生け、切った梨を皿に並べてそっと置いた


「では…ごゆるりと」


そう言って、右近は部屋の隅に控える


私と暁は、梨を一切れずつ口に運んだ


甘くて、冷たくて、秋の夜にぴったりの味


暁は白湯を飲むと、ふっと息をつき、月を見上げた


「…綺麗だな」


「そうだね…」


しばらく、言葉もなく月を眺めていた

けれど、その沈黙は不思議と心地いい


月の光が、私たちの影をそっと重ねる


暁は、静かに口にした


「月影の 澄む夜の空に 問ふ心

なにゆえ君を 思ひわずらふ」


その和歌に息を呑んだ


暁…

それは…


月を見る、暁の綺麗な横顔が、ゆっくりとこちらに向いた

真っ直ぐ私を見る、暁の目


視線を逸らし、目を伏せ、言葉が自然とこぼれた


「逢へぬ日を 重ねしほどに 胸乱れ

会えないからと 思ひわずらふ」


言った瞬間、自分の言葉に自分が驚いた


会えないから、暁の事を…考える…


『香を焚かれている時や、庭先や御戸口を静かに見つめられ

ふと、深い溜息を洩らされることがございましたゆえ…

もしや暁様の事を、御胸にかけておられるのではと』


暁は静かに微笑んだ


「夕顔…

君がそう思ってくれていたなら…

来た甲斐があったよ」


暁は、花瓶に生けられた紅葉の枝を手に取り、一枚の葉をそっとつまんだ


近付く暁の顔と手

白檀と、ほのかな梅の香りのする、暁の香が強くなる


紅葉の葉を、私の髪に挿す


冷たい指先が耳元をかすめて

ぞくりと背筋が震える


「この紅葉の葉のように

君の傍にいられたら…」


低く、囁くような声


その声が、言葉が、耳介に溶け

身体の奥の、芯まで浸透してゆくようで

思わず震えた


な…なに…これ…


胸がきゅうっと締めつけられて痛い

暁の指先が離れたあとも、髪や耳に触れた、暁の手の感覚が…消えない


暁は、私の顔を見つめたまま、しばらく何も言わなかった


その視線に耐えられなくなり、目を逸らす


顔が熱い気がする…

呼吸がしにくい…


風が吹き、庭のすすきがさらりと鳴る


「…そろそろ戻らないとな」


その言葉に、目の前で何かが弾ける

思わず暁を見た


帰る…

この時間が、終わる…


なんだ…

この、いいようのない胸の詰まりは…


私…

まだ暁と一緒にいたいと、思ってる…?


そんな…


でも…


いや、暁は、右大臣家の貴人で…今は忙しいから…

引き留める事も出来ないし…


「そっか…

今日は、楽しかった!」


笑顔で、精一杯お礼を述べた


暁は、私の髪に飾られた紅葉の葉を見て、ふっと微笑む


「その葉が…俺の代わりに、夕顔の傍にいてくれるといい」


胸が跳ねる


そ…

そんな言い方…


「夕顔、今日はありがとう

本当に、来てよかった」


暁は立ち上がり、一礼すると、ゆっくりと歩き出した

その背中を見つめながら、束の間の時間の終わりを感じて目を伏せる


だが、暁はふと脚を止め、振り返った

そして、ためらいがちに戻ってくると、私の袖口へ、そっと指先を添えた


布越しに伝わる微かな温もりに、胸が跳ねる

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