月影に 問ふる心の 行く先は 君を思へば 胸の明けゆく 1
右近が私の髪を梳かしながら言う
「暁様…宮中でお忙しいのでしょうか」
忙しい…
右大臣家の別邸で香を焚いた後、暁は私に香を頼む事も、五条の自宅へも…来なかった
まあ確かに、源氏と朧月夜の密通がバレて、宮中はバタバタとしているとは思うし、朧月夜の弟である暁も…忙しいのかもしれない
朝の香を何にしようか吟味しながら
机の端に置かれた、暁がくれた香の包みが視界に入り、指先が伸びる
包み紙の端をそっと開けると、ふわっと甘い、ケーキの匂い
暁の香り…
けど暁の香りは、白檀と、ほんのり梅の香りが…
「って…何考えた今…!」
急激に恥ずかしくなって、香包みを仕舞う
「夕顔様…?」
右近が心配そうに私を見ていたので、なんでもないと、首を振った
夕暮れ
縁側で涼んでいると、視界の端で影が揺れ、思わず視線を向けると、篝火が夜風で揺れていた
「なんだ、篝火の影か…」
一瞬、影が暁の姿に見えてしまった…
日も落ち、辺りは闇に包まれた
部屋で雅な字の書き方の練習をしながら、筆を走らせる
その時ふと、足音が聞こえた気がして、几帳の向こうをそっと覗く
けれど、戸口には誰もいない
「気のせい…か」
夏の眩しい日差しが、徐々に緩やかになって
空気が秋の気配を運んでくる
秋は、どこか胸がざわつく
高く澄んだ空に、細かな雲が散らばり、遠くでヒヨドリの鳴き声が聞こえた
「夕顔様、今宵は十五夜でございますね」
香材を買った帰り道
右近が、まだ、月の出ていない空を見上げながら言った
十五夜…中秋の名月と言うやつか
「ねえ、右近
この世の人は十五夜にお団子を食べたり、月に兎がいるなんて伝承は信じているの?」
「月に兎がいるという話は、皆が知っておりますよ
餅をついているとか」
あ、そこは同じなんだ…
「されど…お団子、とは?」
月見団子はないのか…
「私のいた世界では、十五夜にお団子を食べるの」
私は少し考えて、手で丸い形を作ってみせた
「こういう…白くて、もちもちしたお菓子のようなものなんだ
月に供えるんだよ」
右近の目がきらりと輝く
「まあ!夕顔様の世界のお供え物…!作ってみとうございます!」
えっ…
「でも…作れるかな?」
「材料を買いに参りましょう!」
右近は私の手を取って、市に引き返した
「夕顔様、これはどうでしょう?」
「うーん、もう少し細かい粉がいいかも」
「ではこちらを…!」
楽しそうに材料を選ぶ右近が、なんだか微笑ましい
気付けば、私も材料集めに夢中になっていた
家に戻り、二人で粉をこね、丸め、蒸してみる
「…できた?」
「できました…!夕顔様のお団子!」
蒸籠を開けると、白くて丸い、少し不格好なお団子のようなものが並んでいた
右近は目を輝かせて言った
「夕顔様の世界の味…いただきます!」
一口食べて、ほわっと笑う
「まあ…優しいお味…!」
私も口に運ぶ
もちもちしていて、ほんのり甘い
「成功ね、右近」
「はい!十五夜にこんな楽しみがあるなんて…
夕顔様の世界は素敵でございますね」
そう言った右近を見ていたら、ふっと思い出す
「ねえ、右近
私が前に、うどんが食べたいって言ったの、覚えてる?」
右近は柔らかく微笑んだ
「ええ、覚えております
夕顔様の、元の世界のお料理なのですよね」
「そう
今度は一緒に…うどんも、作れるなら作ってみたいね」
「はい
夕顔様の世界のお料理を、私も作ってみとうございます」
笑顔の右近に、私も笑みがこぼれた
右近がふっと目を伏せる
「夕顔様…
近頃は、どこかお心が晴れぬご様子で、侍女一同、案じておりました」
えっ…
元気が…ない…




