香を焚き 煙の道に 問いを置き ふと現るる 影の気配よ 1
昼時、まだ眠気が残る中、侍女が静かに私の髪を結う
昨夜は色々あったけど、生き延びた
まずはそれだけで合格
でも、次がある
次が来る
そういう予感がする
だって、六条の御息所はまだ生きてるから
つまり、生霊もまだ飛んでくる可能性がある
あれはただの怪異じゃない
感情の塊、女の情念、嫉妬
衣擦れの音だけが静かな廊に響く
私は縁側に腰を下ろし、庭を見つめる
白い夕顔の花が風で揺れていた
侍女が湯を運び、静かに膝をつく
湯気が立ちのぼる中、湯を口に含み、目を伏せる
敵意なんてない、恋敵でもない
だから敵対する意味もない
むしろ、味方になった方が合理的
嫉妬の対象から外れるなら、それに越したことはない
牛車の音が聞こえて、人が出て来たが
それは源氏ではない
対応する侍女を見つめる
その為には、六条の御息所と友好関係を築く
それが次のミッション
けど、どう接触を図れば…
手元の湯を見つめる
風に揺れるそれは、波紋を作った
原作で夕顔は中流以下の身分で、源氏の愛人…までもいかないような、一夜限りの相手
そんな夕顔が、六条の御息所と接点なんて…
「ゆ、夕顔様」
牛車で男と会話していた侍女が、慌てた様子で私の元に来た
「先ほど、京から使いの者が参りまして…」
侍女は少し言い淀むように続ける
「昨夜、夕顔様が焚かれた香が、二条院で使われたそうです
もしかすると、昨夜の高貴な御方が、香を持ち帰られたのかもしれません…」
えっ、源氏が私の香を…
いつの間に持ち帰ったんだ…
それは祓いの香として、お線香の匂いに似せたもの
まさかお線香の匂いに興味を示すなんて…
「それで、香を調合された方に、香をお願いしたいとのことで…二条院へのお招きがございます
いかがいたしますか?」
牛車に揺られながら、香の材料を抱える
これ以上源氏に関わりたくないけど…
でも、断る理由もない
寧ろチャンス
宮廷の人間と関わる事で、六条の御息所に近付けるかもしれないから
六条の御息所は、帝の弟の妃で身分は勿論だけど、教養、美貌ともに申し分ないとされるハイスペ女性
夕顔と言う、中流以下の身分が関われるような人間ではない
けど…
源氏からの招待状
香は私の手の中にある
それだけが、今の私の武器
牛車の簾の隙間から、朝靄に包まれた京の町がゆっくりと流れていく
やがて、二条院の門が見えてきた
二条院
それは、源氏が自らの美意識と権力を注ぎ込んで築いた邸宅
門をくぐると目に入るのは、白砂が敷き詰められた広々とした前庭
その上を、秋の気配を含んだ涼しい風がさらりと撫でていく
左右には楓の木々が並び、風がそよぐたびに、葉がひらりと揺れる
池泉回遊式の庭園が奥に広がり、池には蓮の花が浮かび、鯉が静かに水面を割って泳いでいる
池のほとりには、香を焚くための小さな東屋があり、そこから微かに白煙が立ち昇っている
なんて…豪華絢爛なんだ
まさに、御伽の世界に舞い込んだよう
「こちらへどうぞ」
侍女の案内に従い、足を進める
邸内に入ると、漆塗りの柱と金箔の襖絵が目を引く
絵には、四季折々の花鳥風月が描かれており、まるで自然そのものが屋敷の中に息づいているかのよう
廊下は檜の香りが漂い、歩くたびに板張りの床が柔らかく音を立てる
侍女たちが静かに頭を下げながら通り過ぎ、私も何となく頭を下げた
「こちらの香の間で、源氏様がお待ちです」




