明星は 夜明けの空に ただひとつ 揺るがぬ光 暁の道
夜は深く、庭の池に映る月がゆらゆらと揺れていた
静かすぎるほど静かな屋敷
燈火の灯りに、ただ風の音だけが流れている
胸の奥に残るのは、夕顔の笑顔と…
晴明を退けたあの白い霧の余韻
夕顔の香が妖術だという噂は、未だに宮中を駆け巡っている
その時、廊下の向こうで衣擦れの音がした
顔を上げると、灯りの向こうに立っていたのは、姉上付きの侍女
深く頭を下げ、静かに手紙を差し出す
「暁様
朧月夜様より、急ぎにて…」
急ぎ…?
手紙を受け取り、灯りの下で開いた
筆跡は、いつも通り整っている
けれど、その内容は、あまりにも鋭かった
「暁の君へ
宮中に広まりし噂
夕顔の香は妖しき術と申す件
今宵、わたくし自ら
源氏の君の御口より
『あの香は政を乱す』との言葉を聞き及びました
弱き者は、用いようにては力ともなりましょう
右大臣家のため
わたくしもまた、然るべき手立てを講じる所存にて
源氏の君は
このところ幾度もわたくしのもとへ通われております
来たる夜
灯を落とし
几帳をわずかに開けておきましょう
もし見咎める者あらば
それは天の導きにて候
暁の君
どうか父上へお伝えくださいますよう」
息を呑む
手紙を閉じた手が震えた
侍女は静かに頭を下げ、闇の中へと消えていく
胸の奥がざわついて、落ち着かない
朧月夜は…
源氏の君を、右大臣家のために使うつもりだ
朧月夜が源氏の君と密通するのは、原典で知ってはいる
けど…
その結果、夕顔が巻き込まれる
知らせるべきか…
でも、巻き込みたくない
でも…
俺は立ち上がった
「いや…
知らせなければ…」
自分に言い聞かせるように呟き、外套を羽織る
夜気が冷たい
月が薄く霞んでいる
まるで、朧月夜の心のように




