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星の光 雲に紛れて 見えねども まことの星は 空にたたずむ 5

右近が橘の君宛に手紙を渡した次の日

宮中に私の香が妖術と広まっているなら、私からの手紙は躊躇われるかと思ったけれど、意外にも、橘の君は素直に応じた


…なにかまた、思惑があっての事だろうか


とも思うけれど、それはお互い様だ


二条院外郭の渡殿

橘の君は扇をゆっくりと動かしながら、私を見下ろすように目を細めた


「噂はかねがね聞いているわ」


私は静かに目を伏せた


橘の君は扇を閉じ、カツ、と床に軽く当てる


「あなたの香は、雅を乱す

宮中の秩序を揺るがす

あの頃からあなたは…まるで変わってないのね」


あなたも…

あの時の藤壺の言葉で、何かを感じたのではなかったか


私は真っ直ぐと、橘の君を見つめる


「そう、ですね

人は簡単には変われないのかもしれません」


あなたも、私も…


けれど、その生き方に誇りを持つならば…

私もあなたも、何かを示す存在になるのだろう


私は香袋を取り出す


「どうぞ、香をお受け取り下さい

私が調合した香でございます

橘の君様に、私が調合した香の意見をお聞かせいただきたいと思います」


橘の君は、私が差し出した香袋を見つめた

その視線は相変わらず鋭い

橘の君の扇の先が、わずかに揺れる


橘の君は香袋を受け取ると、扇を口元に寄せ、ゆっくりと香を嗅いだ

その瞬間、彼女の睫毛がわずかに震える


私は静かに、でも、一挙手一投足、反応を見逃すまいと見守る


橘の君は、しばし沈黙した後、扇を閉じて言う


「これは…

どこか、形を持たぬ香ですわね」


橘の君は続ける


「雅でもなく、俗でもなく…

まるで、季節の狭間に漂う風のよう

どこか異国めいていて、けれど、どこにも属さない」


橘の君は香袋を返しながら、私を真っ直ぐに見つめた


「夕顔の君

あなたの香は…わたくしには雅とは言えません」


右近が肩を震わせる


「けれど確かに…」


そう言って、橘の君は扇を広げて口元に寄せる


「何かを揺らす力を持っている…

それだけは、認めざるを得ませんわ」


橘の君は扇を閉じ、静かに立ち上がった


「藤壺様なら、この香をどうお感じになったのかしらね」


意味深な一言を残して去って行く


その後ろ姿を見つめながら、ため息と、どっと、肩の重たいものが降りたような感覚


橘の君の姿が完全に見えなくなった頃、柱の影から、そっと人影が動いた


「…反応は、なかったな」


低く抑えた声

振り返ると、暁が静かに歩み寄ってくる


右近は胸に手を当て、ほっと息を吐いた


「暁様…」


暁は頷き、私の手に残る香袋へ視線を落とす


「夕顔

橘の君は、転生者じゃない」


私は小さく息を吸う


「…やっぱり、そうなんだね」


私も…

久々に橘の君に再会して…反応や動作を見ながら…じわじわと…感じた


暁は渡殿の欄干に手を置き、遠くを眺めるように言う


「夕顔の香に、心が揺れた気配がなかった

懐かしさも、記憶のざわめきも、迷いもない

ただ、この時代の人間、としての反応だけだった」


暁は私の方へ向き直り、柔らかい口調で言った


「だから、協力者にするのは…やめておいた方がいい

彼女は物語側の人間だ

夕顔の味方にはならない」


私はゆっくりと頷いた


「…そうだね」


今日の反応で、よく分かった


敵意でも味方でもない

ただ、世界の理に従う者の言葉


これで一つ、はっきりした


私は二人の顔を見て、ようやく胸の奥の緊張がほどけていくのを感じた


「ありがとう…二人とも」


渡殿の向こうで、風が庭の木々を揺らす

その音が、次に進むべき道を静かに示しているようだった

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