追放の 報せに沈む 香の色は 誰を救いし 誰を惑わす 4
あの時は、暁が間に入ってくれたから事なきを得たけれど
『夕顔の君も、風のように移ろうものよな
…では、今宵はこれにて』
どこか含みのある言葉を残して去っていった
私が契りに応じなかったことで、中将の中に不満や面子の傷が生まれたのだとしたら…「夕顔の香は妖しい」と噂を広めるくらいのことは、軽い気持ちでやりかねない
事実、右近への合図として、鬱金の香も使っている…
でも…原作で中将は、源氏の引き立て役のような存在で、宮廷の風向きを読むほど慎重でもなく、政に深く関わる立場でもない
陰陽寮を動かすほどの力は、中将にはないかも
噂の火種を振りまいた可能性は高いけど、進言した人物の可能性は薄い
「後は…源氏…?」
源氏に誘われ、二条院や宮廷で香を焚くようになって、唯一、つかず離れずの距離感で、私を見ている人…
政の人でもあり、宮廷の均衡を守らねばならない立場
だとしたら…
「…政の、ために」
小さく呟いて、目を伏せた
誰かを守るために
誰かの不安を鎮めるために
誰かの恐れを封じるために
その結果として、「夕顔の香を封じよ」という言葉が、陰陽寮に届けられたのだとしたら…それは、必ずしも、悪意だけではないのかもしれない
だけど…
私は、膝の上で拳を強く握りしめた
政のために、誰かの心が切り落とされる
均衡のために、誰かの存在が、なかったことにされる
それが、この世界の理なのだとしたら、私は…
「私の香は…」
そっと目を閉じる
誰かを救いたくて焚いてきた香
それが、誰かにとっては、恐れるべきものとなっている
香そのものが妖術なのではない
香に触れた人の心が揺らぐことを、誰かが恐れているのだ
その誰かが誰かまでは、まだ掴めない
ただ、宮廷という場所そのものが、揺らぎを許さない場所なのだということだけは…見える
「右近…
私は、もう少し、考えたいわ」
傍で見守っていた右近に、そう小さく呟き、香炉を仕舞う
誰が陰陽寮を動かしたのか
私の香は本当に、封じられるべきものなのか
答えが出ないまま、胸の内に重たい問いを抱え込んだ、その時だった
几帳の外で、侍女の声がする
「夕顔様
暁様がお見えにございます」
私ははっと顔を上げた
暁…?
驚きながらも、静かに頷く
几帳の向こう、月の光が薄く揺れ、暁の影が静かに伸びていた
その佇まいは、白い狩衣が月光を受けて淡く光る
暁は几帳の前で立ち止まり、静かに声を落とした
「夕顔、入ってもよいか」
私は小さく頷いた
「…どうぞ」
几帳がわずかに揺れ、暁が中へ入ってくる
月光が彼の肩に落ち、その影が私の足元まで伸びてくる
胸の奥がざわめくのを感じながら、そっと膝を正した
「夕顔…
そなたに伝えねばならぬことがある」
「何でしょう」
「宮廷で今、何が囁かれているか…すべて、耳にしている」
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる
私は思わず目を伏せる
暁は続けた
「そなたがどれほどの不安を抱えているか…その疑念を晴らすためにも…今宵、ここへ来た」
暁は深い沈黙を置いてから言う
「そなたに伝えたい事…」
月明かりが、彼の瞳に淡く宿る
「私は
そなたがこの世の者ではないと、思っている」




