追放の 報せに沈む 香の色は 誰を救いし 誰を惑わす 2
宮廷の追放から然程時が経たないうちに、またしても右近が、今度は神妙な面持ちで私の前にやって来た
「夕顔様…」
右近は、そっと几帳の傍に近付く
「陰陽寮より、香の封じを命じられました」
えっ…
「香の封じ…」
その言葉が耳に落ちた瞬間、胸の奥が冷たく締め付けられた
「近いうちに陰陽師殿達が、夕顔様の香を封じに来るそうです」
右近は几帳の傍に控え、深く頭を垂れている
ついには…陰陽師の手で封じられるというのか
って言ったところで、陰陽師が封じに来るって何を封じに来るの?
妖術…まあ、魔法でもないのに
私自身って意味?
いずれにせよ、香を封じられるって言う事は、香を使うなと同等…
香を失えば、私は…私の存在は一体何だろう
何の為に存在…
そこまで考えて、深く、静かにゆっくりと息を吐いた
いや、そもそも夕顔は、この世界で、物の怪で死ぬ運命にあった者
存在など、初めからないに等しい
それを今更…
丁度いいじゃないか、都合がいいだろ
御息所とも友好を築いて来たけど、伊勢に下り、物の怪存在そのものに、今後怯える必要もなくなった
葵上も健在で、夕霧もいる
これ以上この世界で何も変える事はない、これ以上何を変えようとしているんだ
もう私も、誰も死ぬ心配はないんだ
よかったじゃないか、これでいいだろ
このまま宮廷から距離を置いて、五条の家で静かに暮らしてもいい
そうだ、山奥に引っ越してスローライフもいい…
『香の君
そなたの香は、夢のように儚く、そして確かに、心に触れました
この御所に咲いた一輪の藤の花のように、誰のものでもなく、ただ美しく香るもの
そのような香を、わたくしは好ましく思います』
『この匂い…
以前、夕顔がくださった香袋とはまた違って
懐かしい気持ちになるものですね』
『夕顔…ありがとう
そなたはやはり、私の心を穏やかにする香を焚くだけでなく…
心そのものを癒してくれるのですね』
『ふむ
そなたの香、雅を感じる』
『香を焚く者として、務めを果たすのみ…
その姿勢、私も認めよう』
『あの香をもう一度、私の前で焚いてくれぬか?
心が落ち着くような、あの香を…』
『夕顔の香は誠に心落ち着く
この沈香の匂い、賀茂の祭の風情を思い出させるよう』
『しかし夕顔は不思議よの…
私が言えない事を、香で…和歌でも言ってくれる』
『芳しい香りがする香ですね
初めて感じる匂いで、心が華やかな気持ちになります』
『夕顔様のお香、私にも今度教えてください』
『夕顔様は…ご自身の香を焚いているのですね』
いいのに…私…は…
「右近…」
声が震えた
「私は…やっぱり、香で人の心を照らしたい
たとえ誤解されても、恐れられても、封じ…られても…」
右近は、私の横に膝をつく
「夕顔様
私は夕顔様を、信じております」
私は俯いていた顔を上げ、右近の目を見つめた
「私は夕顔様の香を守ります
誰が何を言おうと、夕顔様の香は、人を惑わすものではなく、人を癒すものだと、私は信じております」
右近…
「ありがとう」
右近は深く頷いた




