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追放の 報せに沈む 香の色は 誰を救いし 誰を惑わす 1

その日、朝から右近が慌ただしく私の元へとやって来た


「夕顔様…!」


右近は眉間に皺を寄せ、切迫したような表情


「どうしたの?」


「それが…宮廷からの命で…

宮廷への立ち入りが、しばらく禁じられるそうです」


右近からの報せに、驚きと同時に言葉を失った


なんで急に宮廷から…そんな事…


「宮廷への立ち入りが…何故…禁止されたの?」


解せない疑問をそのまま、小さく、呟くように右近に言った


「夕顔様の焚く香が妖術と…宮廷で噂になっております」


「妖術!?」


思わず叫んだ後、目を伏せている右近を見た


妖術なんてそんな…


「私は…ただ、香を焚いていただけ…」


右近は、私の手をそっと握る


「夕顔様の香は、誰よりも優しく、静かに人の心に触れてきました

その優しさは、ときに人の心を揺らします

それが、恐れられるほどの力だったのかもしれません

揺らぎを恐れる者は、それを術と呼ぶのでしょう」


焚いていた香炉に目を落とす


『この匂い…

以前、夕顔がくださった香袋とはまた違って

懐かしい気持ちになるものですね』


『庭先に咲く菫は、桜や、藤のように…雄大な花ではないかもしれません

されども

人知れず咲く、その可憐で控えめな姿と、小さいながらも地に根を張り逞しく生きる野草の姿に、心惹かれるのでございます

私は、私でいたいと…』


『夕顔、この事頼むぞ

香と和歌、共に調えて、君に届けてくれよ』


私の香で、御息所を鎮め、紫の上を励まし、葵上の心を開き、言葉なき信頼を築いて来た…と思っていた


だけど、もしそれが…生き残りたいが故の、私の勝手な自己満なら…


いや…物語改編自体、自己満じゃないか

誰も、私も死なない、世界にしようと…私の物語だと

平穏な世界にしようと…動いて来たけど

それで、もし、誰かの都合が悪い世界になっているとしたら…


私の今の命は、その人の犠牲の上に成り立っている、生なのかもしれない


それは…それって、私は生き延びれてよかったかもしれないけど

私の代わりに、誰かが苦しんでいるとしたら…?


私は香包をひとつ手に取り、そっと胸に抱いた


「…私の香は、誰かを傷つけてしまったのかな」


右近は首を振り、私を真っ直ぐ見た


「夕顔様は、誰ひとり傷つけてはおりませぬ

宮廷とは、誰かが寵愛を受ければ、必ず誰かが嫉妬いたします

誰かが昇りゆけば、誰かがその影に退けられます

誰かが救われれば、誰かが取り残される

誰の幸せも、誰の不幸も、常に表裏一体

この世は、そうして均衡を保っているのでございます

すべての人が救われる世など…それは仏の御国だけにございましょう

どうか夕顔様、ご自身を責められませぬよう」


右近の言葉が胸の奥に静かに沈んでいった


この世は、そうして均衡を保っている…

すべての人が救われる世は、仏の御国だけ…


その響きは、どこか寂しく、けれど不思議と腑に落ちる


そうだ

いつの世も、その理は変わっていない

私は、理想論を語っているだけなんだ


「右近…ありがとう」


私はそっと息を吐き、胸に抱いた香包の感触を確かめた

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