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葵葉の かさなり咲けど 君は見ず 寄り添う影に 風のみぞ吹く 2

その日から私は、葵上の御前に呼ばれて香を焚くようになった


彼女は香に強い関心を持ち、私の調える香を気に入ってくれているよう

その日も葵上に呼ばれ、白檀と丁子を調合した香が、静かに部屋の空気を満たしていた


「夕顔の香は誠に心落ち着く

この沈香の匂い、賀茂の祭の風情を思い出させるよう」


「加茂祭の頃に焚いた香に似せてございます

葵上様と出会った日を思い出しまして」


「ふむ、風流よの

夕顔の香のように、わが心も、そのように穏やかにゆけばよいが…」


彼女は簾の奥で目を閉じ、ふっと息を吐いた

その吐息には、わずかな疲れが滲んでいるよう


「源氏の君とのこと、思うように参らぬ

何を考えているのかわからぬのだ

近しい存在なのに、心は遠くにあるようで…」


葵上は扇で口元を隠すと、どこか遠くを見上げる


葵上は原作で源氏と正妻の関係

でも葵上の、源氏に対する冷淡な態度や、源氏の奔放な恋愛とで、夫婦仲が上手くいっていない


源氏が何を考えているのかわからないのは

夫婦なのに、距離が遠く感じるのは

言葉を交わしていないからだ

それはつまり、気持ちを内に秘めているだけでは、相手には伝わらないと言う事

でも…


私は香炉の火を整えながら、そっと言った


「ならば、文を差し上げるのはいかがでしょうか

葵上様の想いも、筆なら伝えられるかもしれません」


言葉を交わすのが難しいなら

手紙を使って想いを伝えれば、葵上の気持ちも源氏に伝わるはず


葵上は扇を閉じると、私の方に若干身体を向けた


「文と…

しかし、源氏の君にわが心を伝えるのは、気恥ずかしい

わが心をあまりに露わにするようで…

夕顔、何か別の道はないものか」


っえ…何か別の道…

手紙がダメなら、後は何だ

手紙以外で源氏に気持ちを伝えるものと言えば…


と思ったところで妙案が浮かんで、思わず膝を叩きそうになったけど、気持ちを抑えて、香の煙を見つめながら静かに、でも明瞭に言った


「では、栞に和歌をしたためて源氏様にお渡しするのはいかがでしょう

そこに和歌を記せば、読書の途中に自然に目に留まり、葵上様のお気持ちが届くかと

香を染ませれば、香と言葉がより深く心に残るでしょう」


彼女は興味を示したように、若干前のめりになった


「栞に和歌とは…

さりげなく心を伝えるには、確かに風情がある

されど和歌をいかに記すべきか…素直に言葉にならぬ

夕顔、香を調えるごとく、和歌にも知恵を貸してくれ」


「そうですね…

でしたら…」


私は空虚を仰ぎ見てしばし考え、静かに紡ぐ


「葵咲く 川辺の風に 心寄せ 君が思ひを 静かに待つ

加茂祭の風情を借りて、源氏様への想いをほのかに示す歌です」


彼女はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた


「ほう…見事

葵咲く川辺とは、わが名にも通じ、君に届く歌やもしれぬ」


「葵上様のお言葉、身に余る思いです」


「夕顔、この事頼むぞ

香と和歌、共に調えて、君に届けてくれよ」


「かしこまりました

葵上様のお心、香と和歌に込めて

源氏様にお届けできるよう、心を尽くします」


葵上から栞を受け取ると、私は深く一礼する


「しかし夕顔は不思議よの…

私が言えない事を、香で…和歌でも言ってくれる」


香の道具を片付けていたら、ぽつりと聞こえた葵上の声


『近しい存在なのに、心は遠くにあるようで…』


「それは、源氏様への、葵上様の真心があってこそでございます

私は香や和歌で、お力添えをしているだけに過ぎません」


「ふむ」


短い、言葉とも吐息とも言えるものを吐いた葵上は、微笑み、満足そうな顔



帰宅後、香炉に火を入れた

白檀と沈香、そして少しの龍脳を調え、香を焚く

栞をしばし見つめた後、筆を置いて右近に声を掛けた


「右近」


「なんでございましょう、夕顔様」


近寄って来た右近に栞を差し出す


「和歌を代筆して貰えないかしら」


自筆では、葵上が送った和歌を、源氏に理解して貰えないかもしれない


「承知致しました」


右近に和歌を伝えて、栞に和歌を記してもらう

その和歌を書き記した栞に香を染ませる


これで確かに、源氏の目に届くものになるだろう

後は和歌が、香が

葵上の言葉にならない想いを包み、源氏の心に触れることを願いながら

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