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香に託す 声なき祈り 空に舞い 蹄の音に 風は応えぬ 1

几帳の奥で、私は静かに香炉を見つめていた

鬱金の香は、ゆるやかに煙を立ちのぼらせている

その香が、そして先ほどの黄色い煙が、右近に届いていることを、ただ祈るしかない

けど、このまま助けを求めたとして…

誰かが助けに来てくれるとも限らない


だから、何とかしなきゃ

次の策を講じるのよ

何か…何か…


思考を巡らせながら、辺りを見回す

そこで、あるものの存在に気付いた


そうだ


「中将様、まだ夜は肌寒うございます

まずは、盃でも…」


侍女がお酒を運ぶ

中将は笑みを浮かべてお酒を傾けた


「ほう

夕顔の君の手ずからの酒ならば、酔うもまた悦び」


私は薄く微笑む


よし、飲め…


「どうぞ、もっとお飲みに…」


「ふふ、遠慮なく

契りの盃と心得て」


いや、違う!

そのお酒が、あなたを眠りへ誘ってくれれば…


「もう一杯、いかがですか?」


「おお、これはまた…」


中将は笑いながら、さらにお酒を重ねてすっかり上機嫌

酔いが回って来てるようだった

杯を傾けながら、几帳の外から声をかけてくる


「夕顔の君、我が舞をご覧になったことは?」


その言葉に、私はふと、あの夜を思い出した


紅葉賀の後の夜宴

香を焚いていた私に中将が気づき、声をかけてきた

あまり会いたくはなかったけれど、断ることもできず、言葉を交わしたんだ


「先の御前にて、左大臣殿も、さぞ感服されたことだろう

あの足取りを見て、源氏の君に劣らぬとお思いになったはず」


中将は杯を傾けながら、得意げに笑みを浮かべた

私は几帳の奥で、そっと笑みを浮かべる


「それは、まことに見事な御舞にて

左大臣様のお言葉も、さもありなん」


中将は気を良くしたのか、さらに語り始める


「それに、先の宴では、和歌を三首詠み上げてな

女房衆の中には、涙する者もおったほど…

いやはや、我ながら、才気が溢れて困る」


几帳の奥で、引きつってしまう笑顔を保ちながら、扇を握りしめた


「この前、帝の御前で詠んだ歌がな…」

「右大臣殿も我が舞を目にされて、心中では褒めておられたに違いない」

「それに、あの女房も私に心を寄せておるようで…」


いや、長い!

もう寝ろ…寝てくれ…

私が寝ちゃいそうだよ…頼む…


「夕顔の君、杯を交わしていただければ、今宵はさらに趣深く…」


えっ…お酒を一緒に…


「それは…まことに光栄なことにて…」


とは言ったけど

酒を酌み交わすことで、距離を詰めようとしているのがわかる


「けれど、今宵は少々、身体の調子が優れませぬゆえ…」


断る言葉を選ぶのに、神経を使う

強く拒めば、空気が変わる

受け入れれば、もっと危うくなる


私は几帳の奥で、静かに息を整えた


香の煙が、右近の胸に届くように

そして右近が、誰か、中将を穏やかにたしなめてくれる人を呼んでくれるように

さもなくば、中将が酔って寝てしまうように


どうか…早く…


中将様の自慢話は尽きる事なく、声はまだ続いていた

あくびを噛み殺しながら、小さく頷いて微笑む


「夕顔の君、香の香りも、今宵は格別にて」


「有難きお言葉に御座います」


「まるで、我が心を誘うような…」


熱を帯びた言葉に、ぎょっとして中将を見る

頬が紅く染まり、物憂げな瞳


ちょっと…

急にどうしたの…?

結構独特な香りだし、さっきまで楽しそうに自慢話してたじゃない

なんで…


「明日、早くから所用がございまして…」


「そう長居はせぬ」


「まだ少し、文の整理が…」


「文の整理など明日でもよいではないか」


「先ほど読んでいた書物の続きが…」


「今宵、私以上に大事なものがあるのか?」


っぐ…


「かつての契りを忘れたか

あの夜の月も、今宵と同じように美しかった…」


私は扇で口元を隠しながら、静かに応じる


「忘れたくとも、忘れられぬものもございます」


「ならば、今宵もまた、あの頃のように…」


「今宵は物忌みにて、心安からぬ夜にございます」


中将は苦笑する


「物忌みとは、便利な言葉よな」


その言い方に言葉につまり、思わず中将を見る


もうダメだ…

これ以上何も言い訳が出て来ない…!


「契りを忘れぬならば、今宵こそ…」


几帳の前に身を乗り出す中将

私は扇を強く握りしめる


「どうか…お控えくださいませ」


誰か、助けて…!

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