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御車の 星に惑いて 香を焚く 敵か味方か 夜ぞ語らふ 3

年が明けて季節が廻る

私は紫宸殿で香を焚く役目を担うことになり、源氏に呼ばれてその場に訪れた

辺りをしげしげと眺める


「これが…紫宸殿…」


それは、帝の御座す正殿

檜皮葺の屋根は幾重にも重なり、春の陽光を受けて柔らかく輝いていた

檜の皮を幾層にも葺き重ねたその屋根は、穏やかな曲線を描き、青空の下に静かに息づいている

広やかな廂は寝殿造の特徴を備え、几帳や御簾が幾重にも垂れ、風に揺れるたびに内と外の境を曖昧にする

殿舎は左右対称に広がり、正面の階段は儀式のために整えられ、まさに帝の威光を示す場であった


正面には、ひときわ目を引く二つの樹がある

左近の桜、右近の橘


桜は春の訪れを告げる花

儚くも華やかに咲き誇り、散りゆく姿は人の世の栄華を映す

橘は常緑の葉を湛え、四季を通じて変わらぬ姿を保つ

永遠と不変の象徴として、桜と対をなしている

桜が「栄華の盛り」を、橘が「永続と不変」を象徴することで、帝の御座す場にふさわしい調和を示していた


この紫宸殿は、時代を越えて今も…私が「源氏物語」の世界に来る前も、京都御所に残っていた

幾度の火災や再建を経てもなお、檜皮葺の屋根と左近の桜・右近の橘は、帝の正殿の象徴として受け継がれているのだ

「源氏物語」の世界の人や、紫式部は…知らないかもしれないけど、さ



広やかな廂には、色とりどりの衣をまとった人々が集っていた

女房たちは唐衣や裳を重ね、紅や萌黄の色が陽光に映えてきらめく

殿上人は直衣や狩衣を整え、桜の花を挿した冠が風に揺れる


楽人たちが雅楽を奏で、笙の音が澄み渡り、篳篥の響きが春の空気に溶けていく

舞人は桜の花を手に舞い、袖のひらめきが花びらの散る姿と重なり、宴の華やぎを一層深めていた


私は香炉を手に、静かに火を入れ、香包を調える

桜の花は蕾をほころばせ、橘の葉は濃い緑を湛えている

香の煙が揺れ、橘の葉の青い匂いが混じり合い、春の空気に溶けていく

甘やかな香りが広廂に漂い、桜花の宴に彩りを添える


楽人が笙を吹き、篳篥の音が響く中で、源氏が静かに立ち上がった

直衣の袖を広げ、桜の花を手に取り、舞の始まりを告げる

一歩進むごとに衣の裾が揺れ、陽光を受けて絹の光沢がきらめく

袖のひらめきは、散りゆく桜の花びらと重なり、まるで花そのものが舞っているかのよう

けれど…


視線の先に、紅葉賀の時よろしく、舞を舞う頭の中将の姿


やっぱまたいる…


その存在に気づいた瞬間、気まずさを覚え、私は広廂の柱の影に身を寄せ、物陰から香を焚く役目に集中した

香の煙に紛れるように、ただ静かに務めを果たす


今回は気付かれないように…



紫宸殿の宴を終え、牛車に揺られて何事もなく自宅へと戻って来て、一安心したが

数日後、右近が私に手紙を渡して来る


「夕顔様

朧月夜様から、文に御座います」


えっ…


胸の奥がざわめいた

朧月夜…その名は原作にも記されている人物で、存在を知っている

けれど、なぜ朧月夜が私に…

わからない

わからないけど、ただ一つ、思い浮かぶのは…


手紙を受け取って筆致を眺めながら、右近にさり気なく聞く


「なんて書いてあるのかしら?」


右近は手紙に目を走らせ、声に出す


「この文にはこうございます


『弘徽殿にて、夕顔の君にお目通り願いたく、香のことも伺いたい』…と」


紅葉のお方、右大臣家の貴人…

右大臣家の御息女である朧月夜は、繋がりがあるかもしれない

もしそうなら、あの香木が手掛かりになるかも…

朧月夜が私に何を求めているのか、目的はわからないけど…


私は棚の奥から箱を取り出す

右大臣家の家紋を刻み、紅葉のお方から渡された香木…

使うことはないと決めていたけれど…万が一のために


香包と共に胸元に抱き、牛車に乗り込む

弘徽殿へと向かう夜の道、月光が御簾を透かし、香木の重みが心に影を落としていた

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