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夕顔の 花のゆめより 目覚めれば 几帳のかげに 香のたちのぼる 2

侍女が囁く


「お返事なさいますか?」


私は首を振る


「言葉は交わさない

花で返すわ」


自分の扇を取り出す

そこに、夕顔の花を一輪、そっと載せた


侍女が私の顔を覗き込むように言う


「花だけで…」


私は侍女に向かって微笑んだ


「花は沈黙の言葉

あの方は、それを読めるはず」


扇は垣根越しに返される

源氏は扇を受け取り、しばらく沈黙していた

そして、何も言わずに牛車を動かし、去っていく


扇を返した後、几帳の陰に戻ると、侍女たちが囁き合っているのが聞こえて来た


「和歌を返さず、花だけで…」

「夕顔様、何を考えているかわからないけど…ただ者ではないわね」


原作では、夕顔が源氏に返歌をして恋が始まるんだ

でも私は言葉を交わさずに意思を示した

この恋が命を奪うなら、私は沈黙で守る


夕顔の花が風に揺れる

それは恋の始まりではなく、運命への抗いの象徴



夕暮れ

五条の町に、牛車の音が再び響く


「また、あの方が…」


侍女の言葉に垣根を見ると、昨日の男、源氏


来たか…

だけど、昨日と同じ

言葉は交わさない


几帳の陰で、箱に大切そうに仕舞われていた香を焚く

風に乗って部屋に広がる香りは、夕顔の花に似た香り


垣根越しに再び扇が差し入れられる

今度は花も和歌もない

ただ、扇の文様が変わっていた

月と雲


侍女たちが騒ぎ出す


「月と雲…これは“恋の予兆”の意匠ですよ、夕顔様!」

「夕顔様、返歌を!返歌を!」


私は静かに首を振る


「香だけで十分です」


私は自分の扇に焚いた香を染ませ、そっと返す

和歌も花もない

ただ、香だけ


源氏はそれを受け取り、しばらく沈黙していたけど

牛車を動かし去っていく


桐箱や漆器に入っている、調合された香の匂いを嗅ぎながら、女房たちの声を聞いていた


「これはもう、恋文の応酬よ」

「夕顔様はまるで…物語の姫君みたいね」


恋文の応酬…か


変わらない

現実も、原作通りに進んでいる…

このままでは…私は死に一直線

なんとかしなければ…


香箱に入っていた香の材料を調合する


この匂いは知ってる、白檀

それにこの匂いは…丁子…

これは…、この匂いは…あの匂い…


夕顔の花が、几帳の陰で静かに揺れていた



夕暮れ

五条の町に三度目の牛車の音が響くと、牛車はいつもより近くまで寄せられていた

垣根越しではなく、門前に立つ源氏の姿


侍女たちはもう騒がない

ただ静かに見守っていた


私も黙って、几帳の陰で調合された香を焚く


侍女が慌てたように報告して来る


「夕顔様、あの方が…直接、お越しです」


ついに…


三度目

原作なら、ここで源氏は言葉を交わす


「夕顔の花は、今宵も咲いておりますか」


息を呑む


言葉が交わされた…


侍女が動揺したような声音で言う


「お返事を…?」


私は小さく首を振ると、扇を手に取り

何も書かず、焚いた香を染ませて、静かに立ち上がる


几帳の陰からそっと姿を見せる

源氏は驚いたように目を細めているよう


夕顔の花に似た香りを染ませた扇を手にし、垣根越しにそっと源氏に差し出す

源氏は扇を受け取り、何も言わずに頭を下げて去った


古布に墨で字を書き、庭先で拾った枝に、布を巻いた物を振りかざす


いよいよ明日は…


夕暮れ

五条の町に牛車が静かに止まって

源氏が門前に立ち、声をかける


「この町は人目が多い

静かな場所で香を楽しみませんか」


侍女たちがざわめく


「高貴な御方が…夕顔様をお誘いに…!」


私は几帳の陰で扇を握りしめる


原作では、この誘いに乗って夕顔は死ぬ

死ぬけど…


香の煙が静かに揺れる

私は扇を閉じて侍女に言った


「準備を

でも、香だけは私が選ぶ」


侍女が驚いたような顔


「お出かけになるのですか?」


額にほんの少し汗が滲む中、私は微笑んだ


「運命に抗うには、まず扉を開けてみないと」

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