秋風に 紅葉が舞いて 星見えず 香の香りも 匂い立ちぬ 2
「夕顔様は、そのような香を調合するのに長けていますね
それが、橘の君や藤壺様、そして六条の御息所様や若紫様の御心に寄り添うような香を焚いたのでしょう
まさに、「香の才」と呼ぶのに相応しいと思います」
そんな事を言う右近に、今更違うと否定するのも野暮になり
ただ感謝を述べた
けど、この香は私が調合したものではない
この香は「紅葉のお方」が調合したもの…
そして…私の記憶を鮮明に思い出させる…
”この匂い…
あれだ…
新宿東口駅前でたまに香っていた、某有名ハイブランドの香水の匂い”
橘の君の時もそうだった
やはり「紅葉のお方」も、改編の人物…
でも匂いが過去…と言うのか、転生前の記憶を思い出させるのは、私がその匂いを知っているから
二条院や宮廷に招かれるようになってから、香を調合する人や場面に幾度も出会って来た
その時に、転生前に嗅いだ匂いを連想させる香を焚く人や、香もあったんだ
だから、二人が特別と言う訳でもない
ないけど…
『雅とは申せませぬな』
『月影に 香の煙の 立ちのぼる
そなたの姿 心惑わす』
明確な敵意は怖いけど構えられる
でも、優しさは心の隙間に忍び込んでくるから怖い
散々迷った挙句
私は几帳の陰から右近をそっと見て行った
「右近、紅葉のお方に香の返答をしようと思います」
「まあ、そうですか」
右近は微笑んで、目を細めたように見えるけど…
それは、恋の返答ではない
私が物語を改編した事によって生まれた人物なのかを、探るための香
香の返答を送ってから、三日が過ぎた
私は何度も戸口に目をやりながら、届くはずの包みを待っていた
なんだかこれじゃあ、紅葉のお方からの贈り物を、楽しみに待ち焦がれているようだ…
と、冷静に自分の状況を分析したりして…
けれど、待っているのは色恋事の返事ではない
私が贈った香に、彼がどう応えるか…それが知りたいんだ
四日目の夕刻、右近が静かに部屋へ入ってきた
「夕顔様、紅葉のお方から贈り物が届きました」
紅葉のお方…
その場から弾かれたように右近の傍に寄ると、彼女の手には、前回と同じように紅葉の葉が添えられた小さな包み
私は無言でそれを受け取り、そっと開けた
ふわりと立ちのぼる香
あれ?
この香り…私が紅葉賀の夜宴で焚いた香に近い
もしかして、それを再現したってこと…?
「風雅な香りのする香ですね」
隣でそう言った右近の言葉に、思わず目を伏せる
私が紅葉のお方に贈った香は、現代の記憶を呼び起こすもの
それは、私がこの世界に来る前に嗅いだ匂い
もし彼が、私の改編によって生まれた存在なら
何か反応して来るかもしれないと…思ったからだ
でも、返ってきたのは、私の“雅”をなぞる香…
もやもやしたものが胸の奥に残る
香炉の火を落とし、静かに目を閉じた
気づかれず、届いていないのか
届いているのに、敢えて無視しているのか…
そこまで考えて、肩を落として項垂れた
わからない
香は問いにはなる
でも、答えにはならないんだ…
見上げた夜空には、紅葉が月光にちらりと輝き、星が見る
この世界ではペルセウスやアンドロメダ、カシオペヤなんて星座、知られていない
夜空にはこうして…見えていたはずなのに
紅葉の葉に、紅葉のお方が送ってくれた香を少量包み、右近に渡す
「これを…紅葉のお方へ…」
秋風に 紅葉が舞いて 星見えず 香の香りも 匂い立ちぬ




