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紅葉舞う 香にまぎれて 身を隠す 誰の視線も 煙に溶けよ 2

十二単は秋の色を映すように、表は濃紅、裏は深い蘇芳

唐衣には金糸の菊模様が織り込まれ、その華やかさは他の女房たちを圧倒していた

扇を顔の下に添え、目元だけを覗かせる冷ややかな表情

言葉も態度も、何となく近寄りがたい雰囲気を纏っている


「まあまあ…弘徽殿の女御様…」


女房たちが小さく笑い、彼女をたしなめている


弘徽殿の女御だったのか…

弘徽殿の女御は桐壺帝の正妻の立場にある人

けれど帝は、彼女の後に桐壺の更衣という女性を深く愛した

それを快く思わなかった女御は、更衣をいじめ、更衣はそれに病んで早く亡くなったとされている

そして、更衣と桐壺帝の間に生まれたのが源氏…


ふう…

源氏物語の世界はドロドロした世界で疲れるねえ


私は聞こえないふりをして、香の位置を少しだけずらす


その時だった


「火が!」


声が聞こえた方に振り向くと、女房達が香を焚いていた周辺で火の気が立ち上がっている


煙が濃くなる中


「水を!」


と、貴族や女房が叫ぶ声が飛び交い、場がざわめいた


私は素早く袿を脱いで、火元を覆う


水…

確か近くに池があった


裾を捲って、人目を気にする余裕もなく走る


何かバケツ…


池を見つけると、傍には手桶があり、これ幸いと、水を汲み、戻って煙が出る火元にかける


煙が一瞬、白く舞い上がり、やがて静かに消えた

貴族や女房、そして帝は、おお、と言う感嘆を上げる


よかった…


水浸しになって少し焦げている袿を持ち上げ、香炉の炭を一つずつ摘み出す

その最中、誰かの視線を感じた気がしたが、振り返る余裕はなかった


恐らく、伏籠の布端が炭の熱に触れたのだろう


『香をもっと焚こう

紅葉に香が混じれば、まことに雅であろう』


香を焚く火をいつもより強めたからかもしれない


「夕顔様、大丈夫で御座いますか?

御御足まで…」


慌てたように近寄って来る右近に、裾を下ろし、微笑みながら応える


「大丈夫よ」


その後、式典は粛々と続けられた

まるで火事の事などなかったかのように…

誰も、香を焚いていた女房達の事も、そして…帝の事も責める人はいない


その状況に、ふっと、ヘマをやらかす上司に対し、何も言わない先輩達や同僚を思い出した


けど、あの時も…上司に何も言えなかったし

その後思い切って言っても…結局、私ではダメだった


目を伏せると、いつの間にか握りしめていた拳に気付いて、力を緩める

深呼吸して前を向いた


火事が大事にならなかっただけ、よかったじゃないか…


と、伏籠の中の香をそっと整え直した



紅葉賀の式典が終わり、夜の帷が降りる

貴族たちは宮中の一角で酒を酌み交わし、談笑していた

昼間の舞の儀式を終え、帝や貴族たちが集うこの場は、文化祭の後夜祭のような、ゆるやかな、でも華やかな空気

帝もその場で笑みを浮かべながら、貴族たちの和歌や舞を楽しんでいるよう

私は香炉の傍らに立ち、式典の延長で、静かに香を調えていた


「これは…夕顔の君では?」


え…


私の名を知る者は、宮中でそう多くない

その声に、思わず振り返る


青鈍の衣に銀の文様を纏い、月の光を浴びた彼の装束は、まるで夜空を映したように鮮やか

若々しい気品を漂わせ、先程、源氏の隣で笛を吹いていた男


「頭の…中将…様…」

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