紅葉舞う 香にまぎれて 身を隠す 誰の視線も 煙に溶けよ 1
「これが紅葉賀…」
宮中の奥
秋の陽が、清涼殿の南庭を金色に染めていた
池の水面には紅葉が浮かび、風が吹くたびに、朱や黄の葉が舞い落ちる
几帳の絹がさらさらと揺れ、香の煙がその隙間からふわりと流れ出す
帝…つまり、源氏の父である桐壺帝の御前にて催される紅葉賀
それは、桐壺帝の五十歳の御賀と、藤壺の懐妊を祝う秋の雅な式典…と原作ではされている
そんな中、私は源氏から招かれた香の調合者として、式典に参加していた
「楽しみですね、夕顔様」
右近が小声で囁いて来たので、微笑み返す
こんな…朝廷の格式高い儀式に、私なんかが香を焚くなんて…
卒業生代表とか、新入生代表挨拶とか、そんな人を遠目で見ていただけの人生だったのに、場違いじゃないかな…
私は右近とともに、庭の端に控える
貴族たちはすでに几帳の向こうに集い、緋や萌黄、浅葱の狩衣に身を包み、金糸の文様が陽に煌めいていた
女房たちは伏籠を抱え、几帳の陰で香を焚きながら、舞台の方へと視線を向けている
私もそれに合わせて、沈香に丁子と龍脳を重ね、秋の冷えに合うよう、やや強めに香を調合した
香炉の炭がちりちりと音を立て、煙が静かに立ち昇る
「本日は誠に目出度きことよ!」
周囲が急に慌ただしくなり、声に導かれるように視線を向けた
白地に金の文様が施された御衣をまとい、背は高く、動きはゆるやかで、しかし誰もがその一歩に空気を止める
頬には紅葉のような朱が差し、目元は笑みが浮かんでいる
貴族たちは一斉に頭を垂れ、女房たちは息を呑んでいるよう
「帝様、藤壺様の御懐妊、誠におめでとうございます」
「本日はお日柄も良く、まるで天も帝様と藤壺様をご祝福しているようでございますね」
「本日は源氏様の舞もご披露されます
私たち一同、大変に楽しみにしております」
源氏の舞への期待、帝のご機嫌を伺う貴族たちの囁きが庭に満ちる
あれが桐壺帝…
そして、藤壺も妊娠してる
この流れは原作通り…
帝は笑みを浮かべて言った
「香をもっと焚こう
紅葉に香が混じれば、まことに雅であろう」
え…
もっと…
その声に、女房たちは伏籠を整え直し、香を追加していく
伏籠の炭が強められ、煙が濃くなり、香が庭に満ちる
私は少し不安を覚えたが、誰も帝の言葉には逆らえない
香を焚く最中、どこからか鼓の音色が聞こえて来た
「夕顔様
舞楽が始まったようですよ」
右近が舞台の方を見たので、私も目線を向ける
音色に合わせ源氏が登場する
その瞬間、場の空気が一変した
凛とした佇まいに、緋の袍をまとい、扇を高く掲げて舞う源氏の姿は、確かに、まるで天人のよう
目元は涼やかで、舞の一挙手一投足に空気が揺れる
源氏の近くにいるのは…あれは恐らく頭の中将…
青鈍の衣に銀の文様を纏い、舞の合間に笛を吹いている
その音は風を裂き、紅葉を揺らす
何となく気まずくなり、頭の中将と目が合わないよう、視線を逸らして、人影に隠れるように奥に引っ込む
粛々と香を焚き、人陰から、舞台の様子や、香炉から登る煙を見つめながら
「これほどの舞は見たことがない」
と、涙を浮かべて囁き合う貴族たちを眺める
歌舞伎とか雅楽とか…見に行った事はなかったけれど
もし見に行ってたら、こんな感じだったのかもしれない
その時、几帳の向こうから声がした
「帝は、あの方をどこまでお引き立てになるおつもりかしら
まるで舞台の主のようですわ」




