未来変え 悩む心も 香とともに 希望の花を 咲かせんとす 3
私は香を一つ手に取り、彼女の前に差し出し
静かに答える
「この香は、白檀と梅を重ねたもの
春の終わりに咲く梅の、少し切ない香りです
若紫様は、どんな香りが好きですか?」
紫の上は、しばらく考えるように少し俯き沈黙し、顔を上げると答えた
「…風の香りが好きです
何の香りとも言えないけれど、季節の移ろいを感じるような…」
「それは、若紫様の感性です
誰かの理想ではなく、あなた自身が感じる香り
香りは、誰かのために整えるものではなく、自分の心を映すもの
香は心を映す鏡です
あなたが何を感じ、何を望むか
それがあなたの香になります」
愛とは
他人の愛を思い通りにさせる事でなく
また自分の愛を押し付ける事でもなく
お互いがお互いの愛を認め合い
お互いの愛を尊重する事
「誰かの理想の為に生きる必要はありません」
そう言った時、はっと気付く
誰かの理想の為に…生きる必要はない…
紫の上は目を見開いて私を見つめている
その瞳に、吸い込まれていく
「夕顔様は…ご自身の香を焚いているのですね」
ご自身の…香…
私…は…
「そう、ですね…
そうだったのかもしれません」
そうだ
「自分の未来は、自分で切り開くしかないんです」
その言葉に、紫の上はそっと頷いた
夕暮れの橙が空に溶け
夜の帳が下りて、青白く染まる頃
牛車に揺られながら、家路までの道
相変わらず乗り心地は良くないものの、規則的なリズムで進む牛車の中
隣には右近が静かに座っていた
穏やかな風と空気感に、私の気持ちも穏やかに
ふと心開けた気持ち
「もし、右近が違う世界に生まれたとして…」
「違う、世界…」
右近は首を傾げて私を見つめる
その反応は、私が右近に”うどん”の話をした時と似ていた
私は少し考え、言葉を整え直す
「…例えば、右近が今とは違う世に生まれていたとして
その世で、右近が見聞きしたことが、今の世とは違っていたとしたら…
そして、その世の先に、誰かが悲しむことや、命を落とすことがあると知っていたら…
右近なら、どうする?」
右近は少し目を伏せて考え込むようにしてから、静かに答えた
「違う世に生まれていて、その世の流れを知っていたなら…
それは、まるで夢のようなお話ですね
けれど、もし私が誰かを大切に思っていて、その人が苦しむことを知ってしまったなら…
誰かの悲しみも、誰かの死も、避けたくなるでしょう
でも、避けた先に何が起こるかは、結局、神様しかご存じないのかもしれません
それでも、私が誰かを大切に思っていたなら
その人が苦しむと知ってしまったなら
私は、何かを変えようとすると思います
例えそれが、この世の流れを乱すことになったとしても
だって、人の心の方が、ずっと大切ですから」
真っ直ぐに私を見つめる右近の瞳
穏やかな風が辺りを包む
『避けた先に何が起こるかは、結局、神様しかご存じないのかもしれません』
そうなんだ
私は夕顔の死を回避し、御息所と親しくなって、「源氏物語」の世界を変えた…と思っていただけ
神様を信じているわけではないけど
変えた先の未来までは…結局はわからないんだよ
もう私は、夕顔の未来を変えてしまっているのだから
風で揺れる顔周りの髪を整える
夕顔が生存している未来のシナリオは「源氏物語」にはなく
そしてその未来は、もう私にもわからない
でも一つだけわかるのは
私がどうしていくかだけ
「そうだよね」
だったら私は、未来を変える
その先に起こる未来まではわからないけど
悲しむ人や苦しむ人がいるなら
私が出来る事を精一杯して
未来を生きる




