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未来変え 悩む心も 香とともに 希望の花を 咲かせんとす 1

侍女と並んで市場を歩いていると、香の材料を選ぶ手が、いつもより重く感じた

季節はすっかり秋を過ぎ、空気には冬の気配が漂っている

冷たい風が袖を揺らすたび、胸の奥にひやりとしたものが触れるようで、思わず肩をすくめた


あの日から、ずっと考えている


もし夕顔が死ななければ、物の怪も現れず

葵の上が命を落とすことも

紫の上が正妻になることも、女三宮との婚姻も、そして紫の上が死ぬことも

源氏が愛することに気づくことも、ない


それは、物語の根幹を揺るがすこと

けれど、私はその物語の中に生きている


私はこれからどうすればいいのか

どう生きればいいのか

答えのない迷宮に入り込んでしまったような気がして、足元がふわりと浮いているようだった


「夕顔様、ご気分が優れませんか?」


侍女が心配そうに顔を覗き込んでくる

でもその瞳は冬の夜空のように澄んでいて、誰にも告げられないこの胸の内を、見透かされているかのような気分


「…どうして?」


「少し、顔色が優れないように見えましたので…」


眉を寄せる侍女に、私は微笑みながら首を振った


「大丈夫よ

ただ、寒くなってきたから、少し気分が沈みがちになってるだけ

気にしないで」


「そう…ですか」


侍女は納得しかねるような表情を浮かべながらも、言葉を飲み込んだよう

そんな心遣いを感じる侍女に、私は明るく振る舞う


「そうだ、今日は帰ったら何か温かいものが食べたいな

作ってくれる?右近」


「もちろんですとも

夕顔様がお望みなら、心を込めてお作りいたします

何か召し上がりたいものはございますか?」


私は少し考えてから、ふと口にした


「温かいうどんが食べたいわ」


その瞬間、右近の足がわずかに止まった

彼女は笑顔を保ったまま、首を傾げる


「うどん…ですか?」


「ええ

出汁の香りが立って、湯気が顔を包むような…

寒い夜には、そういうものが恋しくなるでしょう?」


右近は目を伏せ、ゆっくりと答えた


「申し訳ありません、夕顔様

”うどん”という名の料理は、私には存じ上げません」


はっとする


「ですが、寒い夜には温かい粥などいかがでしょう

白くやわらかくて、湯気が胸に染みます」


うどん…ないのか


「それに、里芋を煮込んだ汁物もございます

根菜の甘みが、冬の夜を優しくしてくれますよ」


私は少しだけ微笑んだ


「そうね

粥も里芋も、好きだわ」


右近は頷きながらも、どこか不思議そうな顔

その表情が、私の胸に小さな波紋を残した


”うどん”

私の記憶の中では、当たり前のように存在していたはずのもの

けれど、この世界には…ない


私は薄曇りの空を見上げた


灰色に沈んだ雲の隙間を縫うように、カササギが一羽、ゆるやかな弧を描いて飛んでいる

その羽ばたきは、どこか寂しげで、風に押されるように頼りなく見えた


冷たい空気が、頬を撫でて通り過ぎる

遠くで木々がざわめき、枯れ葉が地面を転がる音が微かに響いた

胸の奥に、言葉にならない孤独が広がっていく

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