燃ゆる火に 怯えし夜の 夢のあと 残るはひとつ 愛を乞ふ声 4
「お気を付けて」
侍女に見送られ、牛車に揺られて六条の邸へ向かう
今日は六条の御息所に頼まれた香を届けに来た
「お待ちしておりました、夕顔様」
女房と挨拶を交わすと、香も焚いてもらえないかと頼まれたので、女房に案内され、控えの間に通される
「ありがとう、夕顔
宜しくお願いします」
最近の六条の御息所は、声音も落ち着いていて、棘もなく、柔和な物腰で
大分と精神的に安定しているような雰囲気
出会った頃のような冷たさは見当たらない
香炉に調合した香を入れ、火を灯す
煙が立ち昇り、ゆっくりと部屋に広がってゆく
静寂の中、目を閉じて気配を堪能していた六条の御息所が、几帳の陰から静かに語り始めた
「昔、私は帝の寵愛を受けていました」
つまり、桐壺帝…
「でも、若い女たちが現れるたびに
私は”過去”になっていったのです」
過去…
「源氏様に惹かれたのも、今の私を見てくれたから
でも、彼もまた…若さに惹かれていく」
六条の御息所の声は静かで、でもどこか震えているよう
「私は、誰かに“今の私”を見てほしかっただけなのです」
今の…私…
胸がチクチクと痛みだす
”六条様は恋でお悩みと聞きました
これは心を鎮める香です
どうか、少しでもお力になれれば”
”見返りの無い、無償の愛は存在するかもしれない
けど私は
六条の御息所に殺されない為に
死なない為に
生き抜くために”
『香袋も、そしてこの文も…
書かれている字は読めませんが、心が温かくなりました
香袋や文を私に送ってくれた、その夕顔の気持ちに』
私…は…
六条の御息所の邸から帰宅した私は、新たな香袋を縫い始めた
布は柔らかな藤色
それは六条の御息所が身に纏っている深紫の衣の色でもあり、桐の花の色でもある
香は、彼女が語った“帝との日々”を思わせるように調合した
『私は、誰かに“今の私”を見てほしかっただけなのです』
嫉妬深いというのは、それだけ愛情深いということ
なぜ愛情深いのかといえば、それだけ愛されたいから
愛されたいから、愛しているのだ
時代が違っても
人間の悩みは、いつの世も変わらない
香袋に刺繍を施しながら、私は自宅の外に広がる空を見つめた
けれど
本当の愛情とは、誰かに愛されることでも、誰かを愛することでもなく、 自分自身を愛することなのかもしれない
そうすれば、嫉妬の業火に焼かれることもなく、怒りの炎に身を焦がすこともない
ただ、暖かな灯で自分を照らし、その光が、やがて周囲をも照らすようになる
私は、香袋に最後の一針を落とした




