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咲きし藤 香にて語る 御心は 風より静に 花を揺らせり 2

藤壺の名を称える、藤の花を思わせるような、柔らかく、甘い香りを基調に香を調合しよう

そこに沈香で深みを、龍脳で透明感を添え、白檀と丁子で余韻を整える


香炉に火を入れると、白煙が立ち昇り、場の空気が静かに染まってゆく

私は固唾を呑み、静かに辺りの様子を伺った


やがて、女房たちが扇を口元に寄せて囁く


「これは…藤の花が夜風に揺れるような、儚くも艶やかな香り…」


「沈香が香の芯を支え、藤の甘さが夢のように広がっております…」


「龍脳が月光のように香りを照らし、丁子がひとさじの熱を加えておりますね…」


「これは…藤壺様の庭に咲く藤の香か

いや、それよりも、藤の花が夢に咲いたような…」


「藤の花を香に写すとは…雅の極みと言えましょう」


藤壺は目を細め、扇を口元に寄せたまま、しばし沈黙する

そして、静かに言う


「藤の花は、咲いても誰にも触れさせぬもの

その香を、私の前で焚くとは…」


更に目を細め、私を見つめる


まずい…

敵対心を抱いていると思わせたかも…

藤壺に藤の花を思わせる香を焚いたのは、奇をてらい過ぎた?


私は目を伏せながら俯く


「この香は、私の心に触れております

二条院で焚かれたとされる香も見事だったそうですが…これは、私のために調えられた香、そう感じます」


え…


私は顔を上げて藤壺を見た

その顔は穏やかに微笑んで私を見ている


ああ、よかっ…


「藤壺様

わたくしがこんな事を申し上げるのは畏れ多い事ではございますが…

藤壺様も、是非一つ、香を焚いてみてはいかがでしょうか?」


その鋭い声の主は、またもや橘の君


「藤壺様が沈香や白檀を調える御手つき

それはまるで、和歌を詠むが如く優雅でございました

そして、女御様の香は、宮中でも随一と謳われるもの

気高さ、深みのある香…

その香を、わたくしは今も誇りに思っております」


橘の君は肩を上げ、扇を握りしめ、胸に抱き、真っ直ぐ藤壺を見ている

藤壺は橘の君の言葉に、扇をそっと伏せ、目を細めて私を見つめた


「香は、心を映すもの…そう申しましたね」


その声は、柔らかくも凛としている


「あ…、はい」


「今日は、そなたの香にて十分

わたくしの心にも、静かに染み入っております」


場の空気がすっと澄んだ気がした


これ…は…

取り敢えずは、この難所は切り抜けたって感じ…?


私は小さくため息を吐いた


「橘の君

そなたが誇りに思う香は、私の誇りでもあります

けれど、香は競うものではなく、交わすもの

今日は香の君の香に心を寄せましょう」


「藤壺様…」


橘の君がそう言った後は、言葉なく、扇を口元に寄せたまま、わずかに目を伏せた

その表情は読み取れない

けれど、彼女の肩がほんの少しだけ、力を抜いたように見えた


藤壺は、漂う香を目で追うように、静かに言葉を継ぐ


「香の君

そなたの香は、夢のように儚く、そして確かに、心に触れました

この御所に咲いた一輪の藤の花のように、誰のものでもなく、ただ美しく香るもの

そのような香を、わたくしは好ましく思います」


私は、ただ深く頭を下げた


私の香が、藤壺に気に入って貰えたって…事だよね

なんか…嬉しいかも


顔を上げると橘の君の視線が、ちらりと私に向けられた

その目には、悔しさとも、驚きともつかない色が浮かんでいるよう


でも、今は争いではない

香を通して、心が交わった瞬間


藤壺の御前で、私は確かに“夕顔”としてここにいる

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