名も知らぬ 花の香にさへ 惑ふとは 匂ふ御前の 風に消ゆべし 2
そこには藤壺の女御様が静かに座している
わたくしは恭しく頭を下げた
「橘の君、夜更けに何用かしら」
藤壺の女御様の声は、いつものように穏やかで、どこか人を寄せ付けぬ気品を帯びている
わたくしは扇を手に、微笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ
「女御様、実は今日、二条院にて、思いがけず香の遊びがございました
そこで香の君が調合した香が、なんとも新奇で皆を驚かせ
源氏様を惹きつけたのでございます」
わたくしは言葉を切り、女御様の反応を窺う
藤壺の女御様は、静かに扇を動かし、わずかに眉を寄せる
その仕草に、わたくしは内心ほくそ笑む
源氏様の名を出した瞬間、女御様の心が微かに揺れたのが分かる
「香の君、とな
その香の君の香が、光の君を惹きつけたと?」
女御様の声には、ほのかな好奇心が滲んだよう
わたくしは、そこで一歩踏み込む
「左様でございます
源氏様は、その香を『また焚いていただけますか』と仰せになり、たいそうお気に召したご様子でした
わたくし、ふと女御様の香の妙を思い出し、ぜひこのことをお伝えせねばと参った次第です」
藤壺の女御様は、しばし黙して、扇の動きを止める
その沈黙が、わたくしには勝利の予感のように思えた
「ほう…
面白い話よの
光の君がそのように感じられた香、ぜひ見てみたいもの」
その言葉に胸が高鳴る
よし、これでよし
香の君よ、藤壺の女御様の香の前に、どんな顔をする?
あの軽やかな笑みが、悔しさで曇る瞬間を、わたくしは見ずにはいられない




