ゴーストシンガー
スタジオを出た男たち四人は、行きつけの居酒屋へと立ち寄る。
バンドのリーダーを務めるボーカルは、録り終えたばかりの新曲をイヤホンで聴き返していた。
「誰だよ、勝手にハモり入れた奴は」
突然、リーダーが声を荒らげる。
呆気にとられるメンバーたちだったが、リーダーにせっつかれて曲に耳を通し、その意味を理解した。
「これ、絶対俺たちじゃないって」
「だよな。どう聴いても女の声だ」
「もしかして、幽霊だったりして」
メンバーの言った軽口に、リーダーはそれまでの態度を切り替えた。
「面白えじゃん。いっそ、このままアップしちまおう」
*
ネットに上げた新曲は、瞬く間にリスナーたちの話題にのぼった。
評判に気を良くしたバンドは、早くも次の曲作りに取り掛かる。
そうして、順調に完成したはずの新曲だったのだが。
「どうなってんだ。またあの女の声入ってんぞ」
リーダーが訴えた不満に、今度はメンバーたちも同調した。
歌声は前回よりも大きくなっている。その存在感たるや、メインボーカルを食いかねないほどだった。
「こんなの、まるでデュエットじゃん」
「リリース遅らせるか」
「そりゃないだろ。俺たち今、せっかく勢いある時期なのに」
差し当たって、曲はそのまま配信することに決めた。
ただし、リーダーからは一つの条件が出された。
「確かお前の実家、寺だったよな。こうなったら全員でお祓い行くぞ」
「そこまでしなくてもいいじゃない」
*
あれから一年が過ぎた。今年の夏も終わりに差し掛かっていた。
街では今も、あのバンドの音楽が人々の話題をさらっている。
「今サブスク何聴いてる?」
「このバンド。久々に新曲出したからさ」
「そういや、いつの間にかボーカル変わった?」
「入院したらしいけど、ずっと音沙汰ないんだよね」
「新しいボーカル、すごくいいよね」
「うん。こんな上手いのに顔も名前も出さないなんて、ミステリアスだよね」
みんなが私の歌で喜んでくれている。生きていた時には、見向きもされなかったのに。
でも、今はとても幸せだ。
ところで、これを読んでいるあなた。
私の歌、もう聴いてくれましたか。
〈完〉