第七節
──
想いは魔力をふるわせる。
魔力は想いに応えて、姿をみせる。
飛矢魔法は、想いを届ける光だと考えよう!
──
そんな文言が書かれた、飛矢の図解パネル。
ワンポイントアドバイスだよと言わせた可愛いイラストを前に……私はうなだれる。
(……理屈はわかる。わかるんだけどさ──)
サテン先輩が、これから試験に挑む私達にエールを送ってくれているのは嬉しい。
だけど──想いを届けるとはなんですかと問う私を、どうか許して欲しい。
私にとって、想いとは広がるモノ。
これは小さな頃から変わらない、私の中にある『絶対』の一つ。
届けて伝えるのではない。
広げると伝わるモノである。
だから、こんなにもピンとくるものがないアドバイスは、心苦しいのです。
サテン先輩に限らず、魔法学校の先輩方は優しい方が多いのだろう。それだけに、解釈不一致で自己嫌悪に堕ちる私は、本当に神童崩れなのだと実感する。
なんでも卒なくこなせた神童は……どこにいったのだろうな。
もう、戻ってこないとなると、残るは悪童のみ。──自分に腹立つことこの上ないわ。
「スゥ──。……はぁ」
とりあえず、深呼吸。
怒って実るものがあるなら、世の中怒りん坊だらけだ。私は一度考えるのをやめて、顔を上げた。
「──受験番号16番。継続の意思はあるか」
試験官の声が、獲物を捉える槍の如く鋭い。
「はいっ。射撃──続けます!」
それに負けじと、盾となる返事──さらには、矛となる姿勢を示す受験者。
恐らく、あの子は私よりも二つ三つは年下。背が低く、声も幼く可愛らしい女の子が、試験の舞台の上に立ち、観衆の注目を一身に集めている。
彼女は真剣な面持ちで、対する的となる一枚の壁に手を向けた。
舞台から的までの距離は、私の鈍足で走ったとして……十秒ほどはかかるだろうか。
遠的──ではあると思うけど、果てにある壁は横に長くて、左右の自由が効く良心的な的と言える。
彼女の試験が始まる前、試験官が私に簡潔にルールの説明をしてくれた。
それによれば、この条件下で放てる飛矢魔法は、最大で五発。例え一発でも的に当てれば、その時点で試験をやめても良いそうだ。
この試験は個々の特性を見て、その人に合ったクラス分けをする為の試験なので、それが許されるのだと。
では……一回も、的に当たらなければ?
彼女と的の間に舞う蒼緑色の光の残滓は、彼女が四射もの飛矢を撃ち終えた事を物語る。つまり──次が最後の一射となる。
少し意地悪を言うようだけど……他の会場の受験生を見る分に、四射も撃っていない。許容されている通り、当てた時点で試験の終了を申告しているらしい。
けれども、彼女は──。
(あの子……魔法は、ちゃんと出来てるのに)
出来ているのに……的に届いていない。
それまでの飛矢は、四回とも全て的の手前で消えてしまっている。
彼女に纏う魔力が薄いとか……。魔法について、十分な知識を得れていないとか。
勝手な憶測でなら、なんとでも言える。
それは、きっと彼女自身もそう。
どうして届いてくれないのかと焦り、自分を落とし込んでしまっているかもしれない。
(……私も他人の事を言えないな)
この的当て試験に合否はない。
単なるクラス分けの指標に過ぎない。
──そんなの、わかってる。
でも、絶対に成功させたい。
みんなから一目置かれたい。
一番見てて欲しい誰かに、想いを届けたい。
「──飛矢魔法、放ちます!」
彼女の声が、一段と鋭くなった。
その直後、彼女が胸の内で滾らせる想いが魔力を呼び起こし──小さな手に集まっていく。
そして、これまではそのまま飛矢を撃っていた。
ところが、この最後の射撃は違う。
彼女の足下の地面一帯がさざなみ、やがて音が──甲高く、それでいて、どこか感情的な音色が鳴り始める。それはイルカの鳴き声にも似ていて、震える地面──空気と一緒に弾んでいるみたいに聞こえた。
(──すごい! 魔力が歌ってるみたい……!)
ただ耳で音を聴くのとは違う。
音が耳に聴き方を強制してくる感覚。彼女の強く、繊細な想いが、魔力に不思議な音色を奏でさせているのだ。
独学で魔力と触れ合っていた私にとって、それは、心を幼くさせる喜びを教えてくれる魔法だった。
そんな感動に浸っていると──
「……。──え」
後ろから近づいてくる足音に気付く。彼女を見ていた他の人も、この音に引き寄せられたのかと。
でも、そこにいたのは。
「レイ……!」
お兄ちゃんぶった、私の幼馴染み。
レイジィは私に目を向けずに、人差し指を口元に添えてみせた。
──静かに。
そして、その指は、魔力を歌わせる女の子へと倒される。
……見とけ、と。
なんて……偉そうな態度ですこと。言われなくてもそうしますよ。そう目で訴えてやり、私は彼女へと目を戻す。
蒼緑色の魔力は渦を巻いていた。
うねり、漂っていた光はだんだんと速くなる。その一方で音は高く、もっと高く上がり──やがて小さくなって聞こえなくなった。
矢は、まだ小さい。
魔力が収束しきれていないんだ。
けど、彼女は──
── 撃った!
その瞬間、音のない世界を光が裂く。
放たれた魔法は、一直線に的へと迫る。
──しかし。
小さかった飛矢は的に届く寸前で崩れ、零れた欠片は次々と砕け、空気に溶けていく。
残った矢は勢いを失いながら空へと昇っていく。
それは最後に大きく膨らんで──音もなく弾けた。
眩く散った魔力は、蒼い紙吹雪のように変わり……ヒラヒラと、会場に降り注いでいった。
「……そんな」
自身の魔法だった光の粒を浴びて……彼女は、ゆっくりと、手を下ろす。
きっと、私もあの場にいたら、彼女と同じ言葉を溢していただろう。そして声を震わせる。あんなに強い想いを込めたのに、どうして届かないの……と。
「──っ」
だけど、彼女は……そんなものは勘違いだとでも言うように、落胆する姿勢など見せることはなかった。
むしろ堂々と、淡々と、やり切ったと、自分を誇っているかのように舞台から離れていく。
その強い姿勢を目の当たりにし、……自然と、観衆から暖かい拍手が送られる。
それは、心打たれた人達からの、彼女への称賛。羨望。労う心が溢れているみたいだった。
この光景……。どうしてか、サテン先輩も、こんな風だったのかな──なんて、思わされてしまった。
それにしても、すごかった。
私も……静かに手を合わせ、心から彼女を讃えていた。
───
やがて拍手が鳴り止む。
そうして、私は正気を取り戻したように考え始めていた。
彼女の魔法は、暴発癖のある私の魔法なんかと比べて、遥かに素晴らしいものだった。
もはや単なる形に囚われた魔法ではない。
『感情』であり、『想い』そのもの。
それなのに……届かなかったのは、どうして?
「……あの子が劣っているはずないのに」
この疑問は、思わず口にも出る。
誰かに問うたわけではない。ましてや、隣で棒立ちしてるだけのレイジィなんかに答えてもらおうなんて、微塵も考えていない。
だけど、その時。
「──なんでだと思う?」
レイジィの声じゃない。
あんまり良い印象のない声の主を思いだしながら、私は振り返る。
「どうも、噂の『神童』さん。お久しぶりぃ」
いたのか……短髪の笑顔くん。
レイジィが来ているのだから、彼がいても不思議ではないけど、せめて靴音くらいはさせてて欲しいな。
「僕、オルン・カトと申します。よろしくね」
「え。ぁ、はい、どうもです……?」
「おい、オルン」
名乗るのかよと、私の胸の内とレイジィの呆れた声が重なる。
「当然。二度目ましてのご縁は大切に──って、よく婆様がおっしゃっていたんでね」
ばあさま……。
オルン・カト君は、その口調からして……お金持ちのおぼっちゃま? それとも貴族の出?
決して人懐っこ笑顔とは言えない──得体の知れない笑みを崩さず、オルン君はレイジィを向く。
「神童さんが知りたそうにしているよ? 彼女の魔法が、的に届かなかったのはどうしてって」
サク君の見解は? ──と、彼はイタズラでもするかのように、レイジィに圧をかけていた。
「……」
対するこの子は、少し考えるような仕草を見せた後、「……偏見ではあると思うけど」と前置きをし、彼なりに紐解いていく。
「──彼女、物にあたる性格をしているんじゃないかな」
「物? ……に?」
私の声に少し頷き、レイジィは続ける。
「人……生き物へ向ける想いの強さは、見ての通り。だけど、物への『想い遣り』が足りない」
そんな人も中にはいるから──と。
そう言われて、もう一度、私達は彼女へ視線を向けた。
……試験官と何かを話し、クラス分けの案内板を受け取っている。そうして、一礼。
あんなに礼儀正しそうな彼女なのに、そんな一面があるのだろうか。──そう思った時、オルン君が、「ほら、手。あの子の指に注目して」って囁いてきた。
私は彼から少し離れ、言われた通り視線を手に落とす……と、
「──あ」
彼女……表情は何ともないかのように装っているけど、やはりそうではないらしい。
持った案内板に、爪を食い込ませていたのだ。それも、削るように。何度も、何度も……。
レイジィは、静かに言う。
「……想いを届けたいなら、人も動物も、物も……平等に見る心を持っていた方がいい」
だから彼女の飛矢魔法は、的に届く前に四散した。──放たれた『想い』が、どこへ行けば良いか定まらず、迷子になってしまったのだと。
オルン君はレイジィの見解に、「だ、そうだよ。神童さん」と、にこやかに返事を求めてきた。
「……。勉強に、なりますね」
「僕も♪」
「──それはなにより」
弟に教えてもらうなど、正直シャクに触る思いである。
とは言え、想いを届ける心の在り方については、本当に勉強になったと思わなくては。
私は、こういうのを知りに魔法学校へ来たのだから……レイジィには笑顔で「ありがとう」とでも返しておこうか。
……何度も言うが、姉としてシャクだけどっ。
「──リノン。……リノン!」
「へ?」
あまりにナチュラルに名前を呼ばれ、私はシャクだどうだなど忘れ、レイジィを振り返る。
「見るのはこっちじゃない。……試験官。リノンを呼んでるぞ」
「え。──あ?」
呆れたように言われ、咄嗟に見やれば確かに、試験官が私を手招いていた。
「リノン・カホウさん、あなたの番となりました。早くこちらへ──」
「あ! ごめんなさい、すぐ行きます!」
私はすぐに立ち上がり、飛矢魔法の図解パネルを椅子に置く。そして、軽く服のシワを整えつつ向かおうとした時──レイジィが「おかしいな」と首を傾げる。
「なんで試験官が、勉強しに来ただけのリノンを呼んでるんだ? ……お茶でも誘われてたのか?」
お茶……だって。
なんの意味を含ませたのかは知らないけど、私は勉強だけをしに来たのではない。魔力研究所付属魔法学校ウィス・アルヴィオスの生徒として、魔法とは何かを、知りに来たんだ。
本気で言ってるのか、それとも冗談かは置いといて。いつまでもカチンとくる事を言い続けるなんて、お姉ちゃんは悲しいぞ。
だから私は、真面目な顔をしてふざけた事をぬかす弟に──、
「……バカ──!」
言葉一つで叱ってやった。
もう、レイジィが見ている事なんて、どうでもいい。
とにかく、試験を──。
ひいては、私の魔法のままに、やり切る。
そう胸に誓い、私は的当て試験の舞台へと突き進む──!




