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第五節




 もう、レイジィにどんな顔をされても構わない。完成した時の私は、絶対に、そう言える。


 私はあなたのお姉ちゃんだぞ。

 胸に迎えれば、照れくさそうに背中を預けてきた、可愛い子供の頃に戻るの。

 あんなのは夢。幻覚の魔法。

 お兄ちゃんのフリをするレイジィなんて、私は赦さない。すぐに、私が目を覚まさせてあげるから──大人しく待っていなさい。


 細かく息を吐き、教えてもらった通路に足音を強く響かせる。

 無意識に呟き、結い癖のある髪が、手の中でくしゅくしゅと鳴く。

 想いが強まり、それに魔力が呼応し、全身から蒼緑の光が湧き立つ。

 いつもはこのまま暴発させて、誰かしらに怒られるきっかけになっていた、魔力の木漏れ火。

 でも、今は。

 この時だけは、『私』を彩る味方である気がした。



────



 校内は、波紋を広げる波に潜り込んだような造りだった。

 行く道は、ほぼ一直線。

 サテン先輩に教わった通り、波と波の渡り橋の近くへと辿り着く。


 魔法学校アルヴィオスの購買部。

 お伽話にある魔法具や装飾、暖かい照明に包まれた小売店。

 校舎が幾輪の波なら、このお店は大きな二枚貝だろうか。魔法の世界の貝が、ハイテクの波に飲まれて、カフェスペースの隣に流れ着いたような光景だ。


(動画で見たのと同じ場所……)


 正面ディスプレイ──そこに表示されている案内パネル。……私みたいな田舎者が、ハイテクを前にしてグダるのはご愛嬌。辺りに響く確認と取消のタップ音に負けず、私はようやく見つけた『女性用髪留め』を選ぶ。

 すると二枚貝の口が大きく開き、多種多様の髪飾りが並べられた展示台を見せてくれた。


「……都会っ子になれと」


 私が住んでた地域では見られない、小物の派手さに怯みそうになる。

 けど、小さな女の子が喜びそう──そんな世界感に、少し恥ずかしくも心が弾んだ。


 商品は買うまで触られない仕様らしく、試着はショーウィンドウに映る『仮の私』がしてくれる。

 本物の私は、番号棚から選んだアクセサリーを、つけたい所に表示されるよう手を加えるだけ。


 動物、果物、星、どれもこれもが工芸品。

 髪留めのデザインは豊富で、可愛いのもあれば、カッコいいのも様々だ。それだけに……迷う。試着すればするほど、私が考えていた可愛い姿から遠のくような。

 むしろ、小物が私を遠ざけているような錯覚を覚えてしまう。


 似合わない。柄じゃない。

 こう思うのは、飾り気のない──単なる髪ゴムしか使ってこなかった罰なのか。それとも、着飾ること自体が間違っているのか。

 

「……」


 タッチパネルの上で、指が止まる。

 次第に、なんでこんなにもムキになっているんだろうとすら思ってしまって。

 髪を下ろした仮の私と、見つめ合う。


(これが、さっきレイジィが見た私か……)

 

 サテン先輩みたいな、前髪を上げただけでも可愛くなる子とは違う。

 なら平々凡々? ……それもどうだろう。


 こんな私でも、昔は『歩けば花の咲く魔法』と謳われた身。可愛くあろうとしなくても、何かしらの魅力くらいはあったはず。

 ……多分。


「……歩けば、花の咲く……」


 展示台には、もちろん花を模した髪留めもある。でも、今の私が花なんて選べない。

 かつての神童は、花の似合う女の子だったのだろう。けれど、悪童へと変わった今、あんな物は最初から眼中にない。そちらが拒絶しようが、こちらから願い下げだとさえ思っていた。


「──魔法」


 暖かい光が、ぼやける。

 ……その時、ある日の……誰かの言葉が浮かんできた。




 迷ったら、魔法を唱えるように選んでみな




 そうすれば、選んで欲しい子が呼んでくれるよ




 それは、お母さんの言葉だったようにも感じるし……。


 知らない誰かの会話の中で、聞こえた言葉だったようにも感じるし……。



 よく、わからない声。

 それなのに、私は不思議と、言う通りに魔法を唱え始める。



「──夜の蒼



 翼に変えた……あなたを 想う




 色 咲く──彩る花々を 踊らせた




 どうか その時の私を……忘れないで──」




 視界が、蒼緑の光で満ちる。

 展示台がカタカタと震え、その上の小物が飛び跳ねる。やがて、それらが台から落ちる音へと変わるのを聞き、私は咄嗟に理性を取り戻した。


「……うわ。ぐちゃぐちゃだ」


 綺麗だった展示台は、どこへ消えた?

 そう現実逃避したくなるような光景に、思わず足を引く。


「──ぁれ?」


 ところが、見る影もなくなった展示台に、一つだけ……変わらず番号棚にある物が……。


「いいのかな、選んじゃっても」


 少し躊躇していると、中の機械が落ちた小物を掬い上げ、元の場所へ戻していく。まるで、こんな事は日常茶飯事だから気にするなと、現代の魔法が言ってくれてるよう。


 私はその様子にホッとして、改めて、あの子を選ぶ。

 試着──ではなくて購入で。


「……これ、なんだろう。花? 爪?」


 手に取った髪留めは、滑らかな肌触りで、ちょっと柔らかかった。

 エメラルドグリーンの色をした、鳥の爪に見える。それが二つ、交差した三日月みたいで、可愛いよりもカッコいい見た目をしていた。



「これの名前……は、──ヒスイカズラ? の、髪飾り」



 ディスプレイに映った説明と、この髪留めを交互に見る。

 素直に感想を言うと、「──ふーん」だが、別に嫌とは思わなかった。それに、この子が私を呼んだんだとすると──可愛い奴め、なんて思えてきて。


「──ん。こう……か。……よし」


 結い癖のある髪を二束にし、それをヒスイカズラの髪留めで合わせる。

 そしてちょっと乱れた所を整えて、ショーウィンドウが映す『今の私』をチェックする。


 跳ねてもズリ落ちない。

 回っても飛ばされない。


 軽やかに響く靴の音が、完成したかと訊いてるみたいに聞こえる。


「……」


 今の私を見る私。

 その私の応え。


「──ふふっ」


 それは言葉ではなく、悪童を滲ませた笑顔を浮かべる事だった。



 とは言え、思いの外とても満足そうな顔をしている。──これで完成。これが私。


 ヒスイカズラというお供を連れた姿こそ、お姉ちゃんの真の姿。レイジィを弟に戻す、私の完全体となったのだ。


「ひれ伏しなさい、レジィ──!」


 髪留めが蒼緑の光を湛えてる。

 その瞬きに気を良くした悪童が呟いて、走り出す。


 ──さあ、試験会場へ。

 新入生の集合を促す放送を聞きながら、私は嬉しそうに、夢を見続けていた。

 




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