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第三節──前半




 今の私は雲より高く飛んでいる。

 展望窓から見下ろす大地のどこかに、私が育った家があって。

 レジィと花遊びをした草原があって……。

 そのどれもが、これから増える景色の記憶の中で、小さくなっていくのかな。


(……なくならないといいけど)


 少しの間瞼を閉じて──振り返る。


「──機械鳥のお姉さん」

「はい、お呼びでしょうかリノン・カホウ様」


 興味を雲の海に隠れた大地から、行き先へと移す。私の呼びかけに応じてくれた機械鳥は、すぐに展望窓前の柵の上に降りてくれた。


「魔法学校……ウィス・アルヴィオスの動画って、観れますか?」

「お待ちください──……。魔力研究所付属魔法学校《Vis ax Alvios》の動画は十数件ございますが──」

「紹介動画を再生してください」

「かしこまりました。もっとも再生数の高い動画から、順に映像パネルにて再生いたします」


 立ったままもなんだし、一旦ベンチへ行こう。私は機械鳥を手に乗せ、空いている所を探した。


「リノン・カホウ様は、魔法学校の新入生徒なのですか?」


 そうしていると、機械鳥のお姉さんが興味あり気に訪ねてきた。それにちょっとだけ驚くも、私は笑みを作って「そうです」と答えた。


「素晴らしいですね。知り合いの子も今年入学されたらしく、ウチの子は優秀なのと散々聞かされましたよ」

「あ、そうなんですね……。優秀な人ばかりが集まる学校らしいですもんね」

「『カホウ様も』だと、当方は思いますよ。なんでも、これから試験があるとか──」


 『私が優秀』。

 それを聞いた内なる悪童が毒を吐きに現れるも、私は咄嗟に腹の底へ押し込む。そして『優秀さん』らしく、そんなことはないと笑顔を見せた。


 機械鳥越しのお姉さんの言葉には、チクリとした痛みこそあったけど……お母さん以外の人とする会話は久しぶりで、少し楽しかった。

 魔法学校の紹介動画が流れても尚、会話を続けてしまうくらいに。



《魔力研究所付属魔法学校ウィス・アルヴィオスは、その名の通り魔力研究所『ウィス』に付属(ax)した魔法学校『アルヴィオス』だ。》


 そんなナレーションで始まる動画を、今まで一体どれだけ観たんだったか。


 映像パネルにて映される魔法学校の外観や、校風を述べる教員の姿。生徒達の生活の様子に続いて、制服の機能美が紹介されていく。

 そして──どれも『魔法の映像は含まれない』点が、不自然に共通していた。

 この事を、魔力研究所で働くパパに一度質問した事がある。その際に返ってきた言葉が、『配慮だ』の一言だった。


 なんの配慮?

 それって、誰に対しての配慮?


 お母さんに聞いても首を傾げるし、自分で調べようとしても何も掴めない。

 結局、パパはそれ以上深くは教えてくれなかったけど、一つだけ約束してくれた。それも、声をひそめて。お母さんに聞こえないように。


 私が、魔法学校でパパと会えた時に教えてあげるから──って。


 あの時の私は、それだけでも嬉しくて……。より魔法学校へ入れるよう頑張ろうと躍起になった。


 それなのに、不思議なんだ。

 魔法の事を知りに行く。それがこれから叶うはずなのに……。達成感すら溢れていても仕方ないはずだったのに──どうして、



(幼いわたしは、さっきまで泣いていたんだろう)

 


 その答えは  わからない。

 ただ、あの子は泣いていた。それも、何かを訴えるように。


 どうして泣いていたのか、教えてよ。

 私には、過去に置いてきた自分の心が見えない。まるで、彼女とは他人にでもなってしまったかのよう。

 それはもう……この先、何度考えても答えは見つからないのでは──とさえ思うほどに。


 それなら、もういい。

 知ったところで、どうなるのさ。

 断ち切ろう。蓋をしてしまおうと考えて……。


 本当にそれが出来ていたら、あの子はとうにいない。

 未練たらしいなと思う。

 どうしてもあの子から目を背ける事が出来ない私に、悪童はさぞ口を尖らせた事だろう。


 そこで一つ思ってみた。

 それは……『もしかしたら』であるのだけど。あの子が、そうしてくれるのを望んでいると、私が知っているんだとしたら──きっと答えは出てくる──。



「──あ」


 そんな事を考えていると、機内アナウンスの声に気付いて我に帰った。


「……」


 静かに息を吐く。

 機械鳥のお姉さんは仕事に戻っている。呆け出した私を見て、そっとしておこうと思ってくれたのかもしれない。


 どうやら、もう間もなく私が降りる駅──アルヴィオス駅へと到着するらしい。窓の外に雲はなく、人の営みを乗せた大地が広がっている。

 それを眺め、私はもう一度、今度は強めに──息を吐いた。




────




《ウィス・アルヴィオスという建物は、六つの塔に囲まれた多層構造の施設である。

 ──空から見れば王冠に見え、地上から見上げればロウソクを立てたバースデーケーキのように見えるのが特徴だ。》


 あの学校紹介の動画の一つにあった文言が、形となって目に張り付いた。


(──すごい。本当に、そう見えるんだ)


 大地の民に戻った私は、まだ少し遠くにある魔法学校を眺めながら思う。台本書いた人、誕生日近かったのかなと。


 私達を運んでくれた空飛ぶ乗り物──イニィアムは、空に描かれた光の道へと戻っていった。

 あの中にいた時は、大きな翼しか見えなかったけど……ああして天空を駆ける姿は、


(かわいい乗り物だったんだなぁ)


 イニィアム改め、天使のマカロン。

 ちょっと微笑ましくて、なんとなく近寄りがたい。そんな飛行機だった。


「──ママ、あたしの荷物返してー。……うん、自分で持つー」

「見ろよ、橋の上が自動路になってんじゃん!」


 一緒に地上に降りた人達が私を置いて行く。皆が目指すのは、もちろん道の最後にある魔法学校。


(──……)


 微かに感じる、甘い香り。

 あのマカロンが、今度は風になって私達を運ぼうとしているみたい。


「……ふぅ──」


 前髪に爪を通した後、私も『先』へ進む。

 ここからは運ばれるだけではなく、歩いてもいいのだから。



 ──空が近いアルヴィオス駅の発着場。ここと魔法学校を繋ぐ──ハイテクな橋。

 それ以外の建物でもそうだけど、どこか飛行機と似た造りと、時代に合った緑化技術が混ざりあっている。

 細い木漏れ日の影をくぐり、水路の水を蹴る子供達。田舎者が浮き足立つ気持ちもわかる。

 かく言う私だって、自然を感じられる緑化技術は好きだし、立ったまま移動が出来る機械の道──自動路も天国の一部だと思っている。


 不機嫌な顔は野暮というもの。はしゃぐ男の子達のやかましさを赦し、私はゆっくりと大きくなっていくバースデーケーキを見つめた。


(バースデーバースデー……)


 多少なら浮ついてもいい。

 周りの空気に合わせてみようと呪文を唱えるけど、表情はやる気を出さない。

 もはや、景観を眺めるだけの人形になった気分。


「……。ん」


 流れ去るだけの視界に、ふと、橋の脇にあった立体パネルが入り込む。

 ポイ捨て禁止。ゴミはゴミ箱へ。

 逆走禁止。進行方向は左側。

 色々と注意を促す文言とイラストが、次々と現れる。そして、そのどれもが手で描かれたものだった。


(……想いを、込めて)


 だけどその中に、一際派手な色合いで目を引くパネルがある。

 子供が指を差して、親に意味を聞いていたソレ。私も興味が沸き、すれ違いざまに親子の隙間から覗きこんだ。



 あ──れ……。


「記録媒体……」


   使用──禁止の


「注意マーク!」


 自動路に逆らい、足を返す。


 待って



 『──パパ、どうして魔法を映したらダメなの?』



 待ってよ。



 ……けど、無理だ。

 無茶をすれば、人とぶつかってしまう。


 「……あ」


 そうこうしているうちに、立体パネルは静かに遠ざかっていった……。


「──っ」


 落ち込むな。立体パネル自体はまだあるんだから。

 見渡して、違えば次を見て。

 あの注意マークが描かれたものは中々見つからない。──けれど、やはり大事な注意喚起なんだろう。もう少し進んだ先に同じ色をしたパネルがあった──!


 今度こそ、よく見よう。見間違いなんかじゃない。ここは本当に魔法を映さない所なんだと知るために。

 そう思って近づいた──瞬間の事だった。


「──っわ?!」


 突然、立体パネルの端を掠めた蒼い光が、水滴を撒き散らすようにして過ぎ去った。


「……なに?」


 音もなく進む光は尾を延ばし、そのまま空へと昇って……消えた。

 驚いた拍子に手離してしまった鞄を拾い、結局確認し損ねた注意マークに目をやるが、やはり光が来た方を見る。


 そこは校門にあたる所。

 すると人集りの中から、また同じように蒼い光が飛び出した。……映らないわけない。

 映像に残されないようにしているだけだ。



 だって魔法は──目に映るもの



 もう、なんだろう……なんて思わない。とにかく、私は悠長に運ばれるのを嫌い、皆の所へと急いだ。





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