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第九節.──《 歩み寄る魔法 》




 魔法は、どこにあると思う?


 いわゆる魔法と呼ばれているモノは、ちゃんと存在してる。けどそれは、私達の想いと繋がった場所で起きていて。

 人は、それを夢として見ているだけ。

 洸想現象だなんて名前を付けて、触れたくても触れられない世界へと手を伸ばしてる。

 まるで、求める答えがそこにあると知っているかのように。



 私は、特層の講義で改めて学んだ『考え方』をペンに乗せて走らせていた。

 自室に戻ってからじゃ忘れる。聞いたこと、頭に浮かんだことを、歩きながら教本の隅に書いていく。


 魔法を肯定する人も、否定している人も、結局は夢仮説を踏まえないと魔法の正体を暴けないのは同じなんだと思う。

 それに魔法を夢と呼ぶのもどうだろう。ちゃんと言い表せているのか、そこも疑問だ。


「もっと別の言い方。想像……? 電波?」


 これといって納得できる言葉も思いつかないのに、絶対に他の表現があるはずだと思う私。

 たびたび立ち止まっては、独学では思いつきさえしなかった問いと手を繋ぐ。

 思考の海に沈んで行く心地よさに身を任せ、魔法とはなにかと言葉を巡らせる。


 しかし、それと同時に……邪魔する雑音が混ざってくる。


「魔法  否定論  か」


 悪魔にでも取り憑かれたかのように謳われるその主張。どれだけの人が口にしているかわからない言葉。


(どうして、魔法否定しようとしているの?)


 それは色々な事情があってのこと。

 頭では理解しつつも、私は他人の気持ちがわからないでいるみたい。

 相変わらずか。

 心の奥底で泣いていた幼い私さえ、いつまで経っても救えやしない。

 なら、どこへ手を伸ばそうか。

 どこなら手が届きそうか。

 そう考えて、考えて──。


(……あ)


 指先が、ある付箋に触れる。

 それには私の字で、「魔法否定論?」と書かれていた。


 私は諦めに似た息を吹く。

 すると、その時だった。


「リノンは否定論を勉強してんの?」


 突然すぐ隣から声をかけられたせいで、私は思わず教本をペンで引っ掻いてしまった。


「あ、なん……! レイジィ?!」


 見るとそこには、教本を覗き込んでいるレイジィがいた。


「なに驚いてんだよ。こんなの、いつもやってるだろ」

「そうだけど、急に来られるとさあ」


 そう、いつもの。

 オルンくんやミェルさんのような取り巻きもない。私とレイジィだけの掛け合い。

 辺りに響く私達の声は明るくて、懐かしくもあって。


 だけど、そうはならなかったでしょう?

 これは夢なんだ。私の胸の内で疼いていた、レイジィとの笑い合う映像なんだと気付いた時、喉がすごく痛くなった。



────



「──ぁ?」


 バサリと、何かが落ちる音がした。

 仄かに照らされた自室の天井が、ぼやけて見える。それに背中の暖かさと、手の甲に伝わるひんやりとした布の感触。

 ここがベッドの上だとわかると、私は拒否するように目を閉じた。


「……はぁ」


 いつの間にか、寝落ちてたんだ。

 面倒だけど起きよう。溜息ついでに身を起こした私は、ベッドから落ちたらしい教本を拾う。


(ちょっと、折れ目ついちゃったな)


 付箋と勉強痕で、ずいぶんとにぎやかな見た目になった教本。

 こうなっていくのが面白くて紙本にしたから、多少なりともにやけもする。

 でも、夢のように誰かと取り合いながら築いた痕ではなくて、私ひとりで向き合い続けた結果だ。


 くやしいかな、そう思ってしまったら、気さくに話しかけてくるレイジィを夢から連れて来そうになる。

 恋する乙女のつもりか? 嘘でしょ。


「やめよ。こんなの、きもちわるい」


 私は靄吐く気分を蹴りつけるように吐き出し、顔を洗いに行く。

 そして、今日の予定を確認して、私服に手をかけて──。



「……」



 止まった自分の手を見下ろしながら、どうしても考えてしまう。



 もし、昔ながらの関係に戻ることができたのなら。



 負い目を感じるような、おかしなことが起こらなければ、私達はきっと。



「ん……」



 机に置いた教本に視線を落とし、私は静かに思う。

 今だって、大丈夫かもしれないって。

 なんの根拠もない幼い私の願望みたいなものではあるけど、たぶん、ない話ではないかもだ。



「 あの子……私と仲直りをしたがってくれてるのかな 」



 二人で遊んでいた頃と変わりない日々があったっていい。



 なら、


   聞きに行こう。



 だってレイジィが私にお兄ちゃんらしく振舞うのが、一番気持ち悪いでしょ。




────




 授業のない日は肌寒い。

 多分それは、街へ降りていく生徒が多くて、校内から活気が失われるから。


 遠くの廊下。

 はしゃぎ声を上げながら駆けていく小さな生徒達を見て、私は息を止めていたことに気付く。

 

 気配を殺してどうするの。

 これから人を捜すのなら、逆に私を見つけてくれることも意識してよ。


「ん。──コホッ」


 私はわざとらしく、大きく咳をする。

 広い廊下に響いたその音に少しヒヤリとするも、これでいいと思い直した。

 そこからの私は、すれ違う生徒に声をかけていく。


「レイジィ・サク君を見ませんでしたか?」

「レイジィ・サク君は、どこにいましたか?」


 返ってくる反応は似たり寄ったり。

 知りません。見ていません。あの校棟じゃないですか?

 そして、私を見たことある生徒は一様に、言葉すら返してくれなかった。


「あの、」


 それでもめげずに、私は私服姿だった二人の生徒に声をかけた。

 その子は女の子で、見覚えがあった。

 試験の日に、魔力が歌うような飛矢魔法を放った子だ。


「え、あ……」


 同じ試験会場だっただけに、私が放ってしまった白い火を間近で見ていたんだろう。

 当然、口を噤まれる。私の謹慎は明けていても、みんなが知っていることじゃない。

 やっぱり警戒されて、会話が出来る空気にはならなかった。


 ところが、そんな雰囲気を弾き飛ばすかのような声が飛んでくる。


「リノン・カホウ君!」


「へ?」


 まるで待ち合わせしていた友達に声をかけられたような感じ。振り向くと、一人の男子が小走りでこちらに近づいてきていた。


「良かった。まだ話しかけてはいけないのかと思っていた」


 話したことのない異性に距離を詰められ、私は無意識に脚を引く。でも、すぐに気付いた。この男の子もまた、試験の日に見た一人だと。


「あ、オーロラみたいな飛矢魔法を出してた人……?」


 言ってて違ってたらどうしようとか思った。けど、彼は甲高い呻き声と一緒に拳を振るわせていた。


「素晴らしい! 見ててくれたんだ」


 派手な魔法過ぎて引いてましたなんて、冗談でも言えましょうか。

 魔法の感想を口にする代わりに、私は作り笑顔で彼の嬉々としたテンションに合わせる。そうしている間、彼はあの時の魔法に込めていた想いはなんだのと捲し立ててきた。


「あの……」

「おっと、申し訳ない! 名乗るのを忘れていたね!」


 おあずけされてた自己主張が雪崩れを起こしてるみたい。けれど、反応を返されないよりかは全然いい。

 彼は正してあった制服の襟をより正し、丁寧な物腰でお辞儀をした。


「わたくしは、キレン゠シィナ。ちゃん付けでもなんでも好きに呼んでおくれ」

「は、い。どうもです。……リノン・カホウです」


 つられて私も頭を下げる。


(……ちょっと待ってよ)

 その際に見た靴、指先、ベスト、首周りで輝く装飾。彼──シィナさんが身に付けているものがどれも高級そうで、宝箱に住んでる人かなと思ってしまう。


(どこかの国の貴族?)

 私が訝しんでいたせいか、彼はそれらをパッパと手で隠しながら苦々しく笑う。


「わたくしは必要ないと申しておるのだが、執事のじぃやが魔除けになるからと無理矢理ね」

「魔除けって……」


 一応、私も緩く笑顔を作るが、頭の中では執事のじぃやなる言葉が石となって鎮座していた。


(この人も、オルン君みたいな名家の跡継ぎお坊ちゃんなのかな)

 それとも親が軍国の魔法使いっていうミェルさんケースか。

 どっちでも、私じゃ顔を合わせるだけでも荷が重いな。

 そんなこと考えれば考えるほど私の場違い感が荒波を立てる。

 私はご用件を窺って事を進めようとした。

 ……の、だけども。


「答え合わせが出来る時を待っていた! 是非とも教えてほしいのだよ!」

「答え? なんの?」

「憎しみあっている関係でもない相手に向けた、透明な殺意についてさ!」


 本当になんの話だと思った。

 けどすぐに、試験の日に見せた最後の魔法のことだよと付け足してくれたおかげで、ようやくわかった。


 あの、白い火か。


 って言われましても。

 私もほとんど自暴自棄になっていたから、どうしてあんな魔法になったのか上手く説明できない。

 それでも憶えてる範囲ならと、私は白い魔法に込めた想いを辿々しく口にする。


「『燃やしたら元に戻るかな』??」

「……まあ。レイジィにお兄ちゃん顔は似合わないって思ってたら、自然とああなって」


(ホントに、なにを喋らされてるんだろう)

 他人の口から蒸し返されても、いい気分はしない。レイジィへの解釈不一致を拗らせただけの痛い話だ。笑いの種にもならないのに。

 シィナさんは「なるほどねー……」と、真面目に頷いている。

 満足はしてもらえたかな。そう思った矢先のこと。


「それなら、レイジィ・サク君とは仲良し?」


 今度はさっき私が声をかけた女の子が問いかけてきた。


「な、かよし……?」


 声を詰まらせて振り向く私。

 その子は軽く片手を上げ、「わたし、クライナ゠ミノです」と名前を教えてくれた。

 だから質問に答えてほしいと。


「どう、だろうな……」


 おのずと目も泳ぐ。助け舟はないぞ。私に、友達にもなれていない人に胸の内を晒す勇気があるか。


 あるわけないでしょ。


「あの子が私と仲直りしたいと思ってるなら仲良しに戻れるかもしれません」


 誰に言ったのかもわからない言霊の成り損ないだ。こんな可愛くない私の返答に、仲良しかと訊いた子は、


「彼を悪魔に壊させたって噂されてますけど」


 ……と。

 天井へ逃げていた私の視線が引き戻された。


「壊させてなんか……!」


 私が試験でレイジィと喧嘩して、当たらなかった白い火の代わりとして、別の事故に巻き込んだんじゃないか。

 私も耳にした、そんな噂。

 確かに、そう囁かれても仕方ないと思う。けど、私はあの子を陥れようなんて思ってない。

 レイジィは禁書から私を庇った。そうしたら魔法に似た光が、あの子の手を貫いて──。


 誰が広めたのか知らないけど、その噂は間違ってる。

 そう弁明しようとしたら、シィナさんが突然、私の顔を前に手を差し向けてきた。


「ありえないかと。噂通りだと、あまりに凡愚で美しさに欠けている」


「……美しさ??」


 私と女の子の声が重なった。


「え……違うよって意味かな?」

「わたしに聞かれましても……」


 彼は私の代わりに噂を否定してくれた……のかもしれない。なのに、何故か別の話が割り込んできたような。

 頭がこんがらがる私達置いて、彼はお構いなしに続ける。


「わたくしが惹かれたのは、貴女達の関係性の不可解さ。それを、やったやられたで済まされると……ね」


 興が冷めるんだと溜息をつかれて、もうどうしていいやら。


「シィナさんはなにを求めてるの?」


 私が怖々と尋ねてみたら、彼は一転して表情を緩ませた。


「端的に言いまして、優しさの先にある殺意が実らせるモノ……」


「はい?」


「いやはや、わたくしもこんな関係があるとは知らなかったので、上手く言語化出来ず申し訳ない」


「……あ、そうだったんですか……」


 何故か私に敬意を払うような仕草をするシィナさんに、もう苦笑いしか返せなくなった私。

 いっそのこと、「年下でもお姉ちゃんやってていいじゃない!」とでもぶちまけて逃げてしまおうか。

 そう考えていたら、


「あなた、さっきわたしに何を言いかけたんですか?」


 ありがたいことに女の子が話を戻してくれた。


「あっ、そうでした。レイジィ見ませんでしたか?」


 私は体ごと女の子の方を向いて、何事もなかったように振る舞う。


「ああ、あの人なら寮庭で見ましたよ。誰かと一緒だったような……」

「寮庭……! どう行けば早いですか!?」

「それだったら、わたしが来た道を──」


 生徒寮は私の部屋がある棟から随分と離れているみたい。反対方向だけど、それでも迷わずに行けるならなんだっていい。


「まだ、そこにいるといいですね」

「はいっ。教えてくれてありがとうございます!」


 作った笑顔──ではなく、自然と溢れた想いのままに頭を下げる。そうした私に、女の子は少しだけ低くした声で言う。


「……会ってなにするつもりですか? まさか、改めて焼こうみたいな」

「そんな、ことは、ないですよ。流石に」


 バッと顔を上げた私だったけど、否定に自信が持てていない。なにするつもりなのか。それは私が知りたい、自身の腹の底だ。

 女の子は僅かに目を細めた後、


「じゃあ、『仲直り』──ですかね?」


 そうなると信じているかのように、微笑んでみせた。


「あ……」


 彼女にそう言われて、不思議と視界が明るくなったように感じた。

 ──できるのだろうか。

 そんな風に思ったら、変じゃないかな。

 いいのかな。


 ここでなら、この胸の内をちょっとだけ晒してみても大丈夫かもしれないな。なんて想いが口を突こうとしたけど、


「……それはそれで」


 と、シィナさんが道の先へと、私を促した。


「さあ、行きなさい。──美しくあれ!」

「え? あ、はい! ありがとうございます!」


 もうこれ以上の会話はいらない。

 行きたいなら急いでって。


 おふたりの声は、私を走らせた。


 途中で振り返ると、眉を顰めた女の子がシィナさんになにか言っていた。

 美しいってなんだとか、私が聞きたかったことをぶつけてくれてるといいな。



 ──とにかく、私はレイジィがいるだろう場所へ向かった。



 たぶん、仲直りするために。




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