第八節.──《 用意された進路 》
サテン先輩と話せた日は、結局レイジィに会えなかった。
アナタを信じて、元気な顔を見せてくれるのを心待ちにしてる。こんな、柄じゃない臭めのセリフを口にしなくて済んだはいい。
けど、言葉にした方が願いは叶うと……私は勝手に思ってる。
それから丸一日が過ぎて、ちょっと嬉しいお知らせが届いた。
洸想現象──つまり、魔法の授業への参加が正式に許されたのだ。
私が本当に学びたかった事だもの。
状況が状況だとはいえ、多少なりとも浮かれはする。
私は早速制服に袖を通し、
「──よし……っ」
教本や勉強道具を詰め込んだ手提げ鞄を持った私は、空を駆けるような足取りで自室を飛び出した。
────
アルヴィオス校舎の端にある広場。
ここに、私と同じクラス『特層』に割り当てられているらしい生徒が集まっている。
話によると、特層さんは私を入れて六人だったか。ということは、私を迎えて全員揃ったわけだ。
恥ずかしながら、ここに来るまでに迷子になりかけたので、多少集合時間を過ぎてたのかもしれない。
そうだったとしても、みんなの雰囲気は穏やかといいますか……。なんだろうな。
(……みんな嫌な顔しないな)
なんなら誰もが臆病そうで、レイジィの取り巻きとは毛色が違うみたい。
試験の日にアレコレした私を見ても、特になんの反応もしない様子。他人に関心がないか、心ここに在らずなのか。
どっちにしても、私の肩の荷はおのずと軽くなる。……よかった。
そうして少しずつ、私の緊張がほぐれてきた時。広場に設けられた何かの操作機器を弄っていた、特層を担当する先生だと思われる男性が私達に目を向けた。
「あぁ、全員出席だね。……けど、ちょっと待ってて」
あと一人だけ来てもらう予定になってる、と。そう、先生が言った──すぐ後に。
「……あ」
空から、こちらへと降りて来る飛行車があった。それは都会からアルヴィオス駅まで私を運んでくれた飛行機……『天使のマカロン』にも似た、カッコ良くも可愛い車で──。
「っわ?」
みんながそれに目を向ける中、飛行車は風を巻き上げながら着地する。と同時に、運転席の乗降口が開く。
あんな都会の乗り物に、誰が乗ってるんだろう。こう思ったのは、きっと私だけじゃないはず。だって、こんな突然の来訪だ。ただ空気のように入って来た私ではお話にならないような、『特別な人』のお出ましに他ならないのだから。
「──カト特待生。生徒達よりも後に来ないでくださいね」
「……かと?」
先生が呆れ気味に言う。
カト……。その名前を聞いた私は、聞き覚えのない響きだと一瞬思うも、
「申し訳ない。色々とゴタついておりましてさ」
車の中から聞こえた、その声。
そして、忙しなく現してくれた姿に、私は思わず彼の名を呼んでいた。
「 オルン君? 」
短髪に白いメッシュを入れた男の子。
相変わらず、威を匂わした黒い制服を着こなしている。
「あ、神童さんだ。おはよう」
「……あの、だから、しんどうって言わないでよ」
オルン君は「ごめん、そうだったねぇ」などと笑い、車から降りてきた。
あれでも、この人は何しにきたんだろう。
ウィスの特待生は、私達に課せられる試験も免除になる人達だ。アルヴィオスの生徒という枠には収まっていないなら、特層のクラスにどう言った用があって顔を出したのか。
そういう疑問を抱いていると、オルン君が言う。
「えーと、今回は一人だけ『局所系』がいらっしゃるんだよね? 誰かな?」
すると先生が、私に掌を向けて、「それは彼女、リノン・カホウさんです」と返した。
それを聞いたオルン君は、わざとらしく驚いたような、それでいて大笑いしかけたような調子で私を向いた。
「そっか、神童さんなんだ。……あー、ご縁だねぇえ」
「しん……」
どうやら、オルン君の中での私は、神童というキャラクターとして固定されているらしい。
どうせレイジィだ。あの子が、私のことを彼に喋り過ぎたのだ。だから、こんな……。
今度会ったら、ちゃんと叱ってあげねば。
それはそれとして、私はオルン君に聞く。
「……あの、ご縁ってどういう意味?」
でも、これに言葉を返したのは先生だった。
「私語はそこまで。全員揃いましたので、クラス『特層』の学習会を始めましょう」
「あ……」
そう。そのつもりで来た事を思い出す。
オルン君を見ると、彼も先生に同意しているような笑顔を咲かせている。
そうだね、関係ない話はどうでもいい。
ここで気持ちを入れ替え、私は鞄を持つ手が力むのを感じていた。
────
「神童さんは、アルヴィオスを退籍したらどうするか決めてる?」
「……え」
先生の講義が一区切りついた頃である。
一旦小休憩を挟みましょうと先生が言うや、オルン君は突然、特層生徒の輪から私を連れ出した。
それでは『局所系』をお借りしますと。
唐突な彼の言動には誰もが呆気にとられていて、先生を含め、オルン君を止めてくれる人はいなかった。
これ──私、なにされるんだろうって怖かった。一応、みんなから遠く離れた所まで来た辺りでようやく手を離してくれたけど、警戒心はそのままにしておいた。
ただでさえオルン君を見てると、どうにも試験の日に私の事をあれやこれやと喚かれたのを思い出してしまうから、ここは凛然と。
私は彼に負けないように見据え直し、まず説明を求めた。
けれど、オルン君から返ってきたセリフが、退籍後の進路について。
もう、魔法の勉強とはかけ離れ過ぎてて、意味が分からなかった。
「あの、オルン君。……私、魔法の授業を受けられるって聞いてたんだけど」
心細くみんなを見れば、先生が手振りをつけながら生徒たちに教示していて……とても楽しそう。
ここに来る前の私は、あそこに混じっている自分を夢見ていたんだけどな。
それなのに、
(なんで、進路の話を?)
……。
思えばレイジィ達も、そんな話をしていたか。
もしかしたら、魔法使いというものは私が思っている以上に、退籍後の進路が重いのか。
そう考え始めた私ではあるが、オルン君の表情から笑みが抜けないところに、いまいち真面目な雰囲気を掴めないでいた。
「それはごめん。けど、一応聞いておく責務……みたいなのが、こちらにあってさ」
「せきむ?」
そう……なんだ? と、疑心濃色の視線を送る。
でもオルン君の態度は変わらない。世間話なら、わざわざ責務なんて言葉はつけないでしょう。
なら、組織的な理由がある……のかなと、私は勘繰った。だから、私はちゃんと答えてみようとした、のだけど。
「ん……と」
答えが、出てこなかった。
アルヴィオスから巣立って、どうするか?
そんなの……。
正直いいまして、そんなことを考えた試しがなかった。
ただ私は、魔法学校に入学して魔法を勉強し、三年前に保留にしたパパとの会話の続きが出来れば満足だった。
けど、オルン君の質問は必須なんだとも思い至る。入学した以上は、私達は公私ともに魔法使いとして認められるんだし。
退籍後の進路は明確にしておかなくちゃ、折角の肩書きが宙に浮く。そうしたら、学校側にも……勉強を応援してくれたお母さん達に対しても立つ瀬がないじゃないか。
──うん。だとしても、そんな急に、私が魔法使いになって何がしたいかと聞かれても言葉は詰まるし、顔が強張っていくのが自分でもわかる。
オルン君は、こんな口を籠らせる私を見て哀れだと思ったか、助け舟を出してくれた。
「この学舎は年制が無いから、居たければずっと居られる。学費なんかは追加でかかるけどね」
「そう、だね」
『アルヴィオスという学校は、好きなタイミングで卒業を申告できる。』
このフレーズは、魔法学校の紹介動画でも取り上げられていて、何年も本校に在籍してる生徒もいれば、二ヶ月ほどで卒業を選ぶ人もいるのだと。
オルン君はその中で、私がどこまで学び、どこで区切りをつけるのかと改めて訊いていた。そう理解した私は──。
「……魔法使いになったら……」
言葉が、口の中で石のように転がる。
「……」
私は思い描こうとする。魔法使いになって、お母さんが待つ実家に帰ってから……親に、何を言うのかを。
──でも、なにも思いつかない。ただ、遠くで混じり合う人の声と、遠くの街から届く機械の音に包まれるだけ。
こんな私を前に、オルン君は埒があかないと感じたのだろう。「単刀直入に言うよ?」と、息を吸う彼の笑顔が、徐に消える。
彼は真っ直ぐに私を見据え──。
「魔法学校アルヴィオスは、神童さんを正規の職員として迎えたい」
この一瞬。
雑音も、背景も、余計なモノ全てを白く塗り潰すような声が、私に刺さる。
「 なんで?」
それなのに、顔を無にした私の素朴さったらないな。
氷の中から返事をしたみたいな私の反応に、オルン君はまた笑顔になった。
「なんでそうなったか? じゃあ、次は順番に解いていこう」
そう言うと、オルン君は立ち話も疲れるからと、その場に座り込む。それに神童さんもと誘うので、私も渋々彼の隣に腰を下ろした。
──。
そして、ゆっくりと。
オルン君は話の紐を解いていった。
「──まず、神童さんに割り当てられたクラスは?」
試験があった日の翌日だったか。
自室にアルヴィオス生徒認証が届き、そこで初めて私のクラス名を知らされた。それが、
「……特層・局所系」
教本によると、『特層』とは、魔力次元の濃淡に左右されずに、一定の洸想現象を引き起こせる想念体のこと。
……『局所系』は、人の世界と重なり或る魔力次元の中でも、名前が付けられるほど怪奇的で、特別な一点のこと。
不本意ながら、新たに加わった一点には、『リノン・カホウ』と名付けられたらしい。
せめて仮名であってほしいし、なにより恥ずかしくて、お母さんに言えたものじゃない。
オルン君が言うにアルヴィオスは──というより、魔力研究所ウィスは、そんな局所系の魔法使いを抱え込みたいようだった。
それを聞いて思い出されるのが、図書館の女性スタッフの反応……。私のクラスを確認しただけで目の色を変えた、あの様子。
アレを見た後では、こんな勧誘が来るのも頷けるか。
と、ここまで聞いたところで、私はふと、根本的なことが気になった。
「──ねえ、待って。……オルン君って、単なるウィスの特待生ってわけじゃないの?」
私が知る限り、特待生と言ってもアルヴィオスの生徒としてクラスを宛てがわれているのはレイジィも同じ。学校側からの扱いは、私たちのような一般生徒と変わりないはずである。
それなのに彼は、魔力研究所の代弁者としてやって来たと思わせる物言いをした。こんなの見せられたら、私でなくても違和感を持つだろう。
彼はこの質問に何を今更と呟くも、
「一応、ここに籍を置いている以上、僕の名義は伝わってると思ってたんだけど……そっか」
自惚れてたか……と、自嘲するような小さな呟きを空気と一緒に吸い込む。
そしてオルン君は「神童さんとは三度目ましてだから、婆様に習って特別に」と、姿勢を正してみせた。
「じゃあ……改めて自己紹介をするわ」
「ぁ、はい」
つられて、私も背筋を伸ばす。
それがおかしかったのか、オルン君は一度顔を逸らし、込み上げた笑みを払い捨てる。そして──今一度、私に向き直った。
「……僕の名前はオルン・カト。魔力研究所付属魔法学校を抱える古孤島を管理する家系の──跡目を継ぐ役を担っている」
「……」
「大丈夫?」
「あ、え。……は、い」
多分私、失礼な顔をしていたと思う。だって、冗談かと思ったから。
オルン君のチャラい容姿からして、その重い荷は不釣り合いだ。らしくない。でも……。
彼の自己紹介を、真面目に受け取ってしまって良いのかどうか……。そう頭の中でグルグルと回り始めるも、オルン君はさして気にせず話を進めた。
「近い将来に、僕は古孤島の管理者になる。だからこそ、魔力研究所が『リノン・カホウ』を欲しがっているのならば、僕はそれを推す。──それが古孤島の安定に繋がるなら、支持して、こうして足を伸ばすんだ」
「あ……そう……なんです、か」
話が飲み込めていない私。それでも、目の前にいる彼は、田舎育ちの自分とはかけ離れた世界にいる人だったんだと理解はしている。
でもそれは、ウィスの特待生って時点で、凡そは分かっていたことではある。そのせいか、どれだけかけ離れているのかが掴めないでいただけ。
お婆様に「この家系に生まれたからには腹を括れ」と諭されたことを苦笑混じりに話すオルン君からは、レイジィの取り巻きに混じっていた時と変わらない軽さを感じてしまう分、私を余計に混乱させた。
「ごめんね。今の神童さんはサク君のことで、頭いっぱいでしょ?」
「え? いや、そんなことは……!」
私の泳いでいた視線を、あの子の名前で釣り上げられた。
そのことが気恥ずかしくて、私はペンを握るような手の仕草でもって、「魔法の勉強も頑張ってるから」と弁明していた。
「はは。……そ?」
「うん!」
それでも、オルン君から見た私は……やっぱり、レイジィが気になって仕方のない子だと映っていたのだろう。
それもそのはず。自分でも気付く。うわずる声や背に滲む冷や汗。必死になって、『なんでもない』と主張する私自身に。
だからかな。オルン君は自分のことを語るのをやめた。その代わりに、
「──サク君が禁書に触れたって話は聞いてる」
私の歩調に、合わせて来た。
「方々で色々と騒がれてるけどさ、神童さんが気に病む必要なんてないから」
「や、でも──」
オルン君にそう言われても、あれは私が呆けていたせい。
だから、レイジィが変なのに巻き込まれて……挙句、おかしくなってるって。
そう説明しようとしたけど、オルン君はカラカラと笑った。
「大丈夫。……ってか、僕が『大丈夫』にするんだ。──古孤島の管理者となる者は、禁書が起こす事故に対しても冷静に対処すべし……ってね」
「……」
私なんかが気にしたってしょうがないんだ。
レイジィに起こったことを静められるのは、オルン君のような、住む世界が違う人達だけなんだ。
サテン先輩が言うように、私にできるのは、ただ信じて……彼らの雄姿を祈るだけだって。
──いいのかな。 本当に。
私は、風に誘われるように顔を上げて、オルン君を見る。
すると、
「神童さんは、黙ってるだけじゃ物足りないんだね。だったらさっき言ったこと、前向きに検討してみてほしいな」
そう言われて、アルヴィオスの職員になるって話を思い出す。
そうすれば私も、いつか必ず力になれるからと。
「……」
「──」
……オルン君は、思い立ったように人差し指を私の前で躍らせる。
やがてその指からは蒼色の魔力を纏い始めて──。
「試験の時、神童さんは僕の飛矢魔法の見本を見てなかったもんね」
続け様に、空に向けて払われた彼の人差し指から、一筋の蒼い光の矢が放たれた。
音もなく、アルヴィオスの校舎を駆け上がった細い水柱のようなその魔法に、私は目を奪われる。
「……きれい」
思わずこぼれた私の呟きに、オルン君は、「そうだねぇ」って小さく応えていた。
でも、魔法は夢なんだと、誰かは訴える。
どんなにきれいだと思おうとも、否定されうる泡沫の光なんだって。
──だからって、なんなんだろう。
このささやかな夢を見終えた私は、そのまま、校舎を見上げ続ける。
そうして……そこに私の進路があるのかな、なんて期待を芽吹かせながら……ゆっくりと、唇を閉じた。
それは、──ああ、こう思わせることが目的なんだと思ったせい。
オルン君の魔法から伝わった想いを汲み取った私の心……悪童が、胸の内から囁き続ける。
行っちゃ駄目だよ って。
子供のように、ただそれだけを。




