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第七節..




 刻印




 最近、その言葉を学校内でよく耳にする。


 それも……レイジィ・サクという名前付きでだ。



 自室でのリモート授業を終え、私は教本にペンを走らせる。

 気になった用語には下線を引き、覚えた解説は余白を埋める文字にする。


「……」


 言葉なく、目を落とす題字は──『天界』。


「  」


 お伽話で聞く言葉。

 私達が住む世界を包み込む、天使と悪魔の世界。どんなに人々が魔法を捨てようが、それだけは確かに在るといわれる天の園。

 ……とはいえ、頭を使わなきゃ理解なんてできない言葉だ。

 私はペンを止める。そして、教本にある文章を呟くように読み上げた。


「──人を弱き生き物と哀れみ、魔法を与えたもうた崇高なる天の住人達……」


 ……哀れみ。

 哀れまれた私達。


「……」



 だったらさ。

 そう、私はなんの畏怖もなく、部屋の天井を見上げながら願いを口にする。



「──天使様は、……レイジィを助けてくれるのかな」



 ……なんて、さ。




────




「刻印なんて、洸想現象上の思い込みさ」


 以前、私に教本を渡してくれた先生が言う。


「身体は想いに敏感だからね。それなら、強い想いで上書きしたらいい」


「……それで、レイジィの刻印は治るんですか?」


「さぁ……ね。けど、学校側も黙ってはいないし、彼も協力的らしいから。心配することないよ」


 ……そうですか。と、私は目を逸らす。

 そうする私に、先生は笑顔を見せた。

 彼は、出会い頭にデリケートな質問をしたにも関わらず、丁寧に答え、私の不安を拭おうとしてくれた。

 去る背に軽やかに振る片手。

 本当に大事だと思わなくていい。

 そんな風に思わせようとしている先生の顔は、もう見えなくて。


 胸の内で絡まる糸屑は、ただ転がっただけだった。



 ──私が、なんとなく部屋を出たのは、またレイジィと会えるかもと思ったから。けど、やはりあの時は、たまたま鉢合わせただけだと知る。

 クラスが違う。ただそれだけで、こんなにもすれ違うものなのか。

 気配を感じられないものなのかと、思う。


(……なんとなくって理由だけで、もう何回、校内をうろついてるんだ私)


 海を漂う流木か。

 もし会えたって、顔色伺って「調子はどう?」みたいなことしか言えない。そんな私にレイジィは、こう言うだろう。


「……『なんでもない』──」


 それは、私ではなんの役にも立てないから。

 レイジィを守れるお姉ちゃんにもなれていないから。

 だからこそ、あの子は言ったのだ。

 なんでもないって。


「……はぁ」


 降りようとしていた階段の前で立ち止まり、私は、このやり切れなさを嘆く言葉すら見つからなかった。



「──、」


 その時、下の階から話し声が聞こえてきた。


「サクさんって、あんな感じの人だっけ?」

「壁引っ掻いてたもんね。……やっぱりアレじゃない? 例の──」




「あー……。悪魔に惚れられたってやつ? 流石は人気者ってか」

「笑えない笑えない。てゆかさ、普通に考えてウィスの特待生をやってる彼が抗えないっておかしくない?」


 そう、ですね。


「わかる。魔法なんかで性格変わるとか、サクさんらしくないというか……」

「──じゃあ、原因はあの噂……?」




「あの噂? ……あ、試験の日にサクさんがイジメてたって子が、仕返ししたとかいう噂のこと──?」


 生徒のだろう声と、階段を上がってくる音。

 それに気付き──矛先がこちらを向いてくる予感に気付き──。


「 っ」


 私は、誰かの目に入る前に階段から離れた。


 レイジィがどうなったとして、その原因が私にあったとしても、



 私になにが出来る。



(──それとも)




 私に、なにか出来るのか?




────




 私の部屋は、どこだっけ。


 私が知らない人、私を知らない人が行き交う校内をうろついた報いだ。何気ない視線からも逃げ続けて、私はいつの間にか、知らない区画に迷い込んでいた。


 ──外との壁がない、開放的なホール。

 見上げれば、ケーキのロウソクに見立てられる背の高い六塔。それらに天窓から見下ろされ、私は上がっていた息を……震わせながら吐き出した。


「──カホウ?」


 すると、その時。

 隅にある小さな憩いスペースから私の名前を呼ばれた。


「……ぁ」


 見ると、……そこにいたのは、サテン先輩──と、そのご友人の女生徒だった。


「ねえ、サテン。なにする気?」

「気になるなら、クルもおいでよ」


 サテン先輩は、まるで親戚の子をからかうように「クラス見学しに来たのかな?」と、私に歩み寄る。

 その後ろから、クルと呼ばれたご友人が追い越し、私達の間に割り込んでくる。

 前にもされた対応。

 安心出来ない人物からサテン先輩を守ろうとしている、当然で、冷静な判断だと思う。


「──もうっ」


 だけど、サテン先輩はそんな彼女を後ろから抱きしめる。突然のことにクルさんは驚いていたが、どうしても話したそうにするサテン先輩に諦めたようで。


「……話すだけだからね」


 そう、私に顔を向けた。


「あ──、はぃ」


 ありがとうございます──なんて声を、息に乗せる前に。

 まず、サテン先輩が柔らかく、私と会話を始めた。


「──若者よ、悩んでいるか?」


 多分、あたしらそんなに歳離れてないよと、クルさんが小声でツッコんでる。

 私は──。


「……入学して、まだ日が浅いので……色々と」


 悩みまくってる。

 だろうねって、サテン先輩は微笑んだ。


「例えばなんだろう。迷子になりやすいとか、魔法学校の勉強ってお伽話と違って現実的ぃ……とかかな?」


 わざとらしく、きっとここに来た誰もが思いそうな例えをあげられ、私はノリの悪い渇いた笑いを返す。

 そうだけど、そうじゃない。

 そう言う思いが魔力にでも乗ったか、サテン先輩はもう一つ、例えに加えた。


「……レイジィ・サク君とかでもいいけど」


 幼馴染みなんだっけと聞かれて、私は「そうです」って、無意識に声を強くしていた。


「彼、大変忙しいそうだね。でも、それはカホウが悩みに入れる必要あることなの?」


 必要あるかと聞かれたら……私は昔から、あの子のお姉ちゃんをしているからと答えたかった。

 だけど、そんな説明がややこしくなる話をする余裕はなく。


「──レイジィは、私を庇って……変なことになったらしいので」


 そう言うしかなかった。

 それを口にした途端、クルさんがサテン先輩ごと、私から一歩離れようとしたのがわかった。けれど、それはサテン先輩が押し返してしまい、無かったことにされていた。


「トラブルメーカーじゃん……」

「クル、そんなこと言わない」


「……」


 サテン先輩は、「それで?」と、なにも言い返せないでいた私に変わらない調子で聞く。


「自分にも責任があると思ってるけど、なにしたらいいか分かんない感じかな?」


 頷く。でしょ。

 その通りにもほどがあるとさえ、私は思う。


「そぉ……。そっか」


 サテン先輩は、少しの間だけ言葉を切る。

 その間に、私から相談を持ちかけていこうか。沢山考えたことを一つ一つ伝えてみて、私でも出来そうなものはあるか。


 しかし、私がそれを口に出すよりも先に、サテン先輩が問う。


「カホウから見て、レイジィ・サク君は強い人?」


「え。あ、そうです……ね。強くなっちゃってたと思います」


 私の返答に、サテン先輩は「だよね、わかる」って、小さく笑った。


「うん。それさ、アルヴィオスの関係者のほとんどが思ってることなんだよ」


 そして、クルさんにも同感を引き出させた後に、サテン先輩は懐かしむように言葉を紡いでいく。


「──レイジィ・サク君がアルヴィオスに来た時ね、皆が『蒼い天使が現れた』って大騒ぎしたんだー」


「あおい──てんし?」


「うん。それでいて魅せる魔法、高水準の学力まで持ってて……この人は、才能に溺れずに相当な努力をして優秀になったんだろうなって、大人達は関心してたよ」


 そう聞いて、私はまた思い出す。

 そうなるレイジィの、始まりの光景。

 強くなるからと私に言った、あの光景を。


 サテン先輩は、「彼への勝手な印象を言うね」と前置きをしてから述べていく。


「彼は、どんなことが起こっても真正面からブチ当たって、問題を解決しようとする覚悟がある人……けど」


 その分、孤独にもなりやすい。

 今までも立ちはだかる壁を打ち破って来た彼だからこそ、今回も大丈夫だろう。そんな空気が、今のアルヴィオスに漂っている。

 皆、レイジィを信じてる。でもそれは、すごく他人事で、軽口や変な噂も混じるくらい楽観的。

 どうせ大丈夫。

 気付いたら終わってる。

 そういう雰囲気があって、サテン先輩は自分を含めながら「危ない話だよね」と言い、クルさんにもたれかかった。


「実際に、レイジィ・サク君の隣に立って、──『信じてる』って言える人は、本当に少ないと思うんだ」


「……」


 そうだろうか。

 そう……だったんだろうか。

 あの子に取り巻く人達の中に、そうしてくれる人は──?


「今の彼に、そういう人がいるならいい」


 サテン先輩は、真剣な顔で、「でも、そうじゃないなら──」と続けて、




「……カホウが、信じてあげる人になって隣にいたなら……きっと」




 それが、私が出来るかもしれないことだよ。


 ──なんて、教えてくれた。



 きっと……。



 大丈夫……なのかな。



 私が隣に行こうとしたら、レイジィは、また「なんでもないから」って、拒まないかな。

 サテン先輩にそう言われても、枯れない不安が私の顔に滲んでるのがわかる。

 でも、それを口に出すのも悪いかなとも思って。


「クルも同じこと考えてる? ……アタシ達のお話でもあるもんねぇ?」

「やめて。人前で刺してこないで」


 先輩のお二人が仲良くしている様子に、私は作った笑顔を向けていた。




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