第六節.. ──前半
──。
図書館の奥の方から、何かが私を見てた。
(見てた? ……違うな。声をかけられそうになった感じか)
「──」
私やレイジィ達、そして数人の図書館の管理員。他に人はない。でも、確かに……本棚と箱の壁の奥から、音が聞こえる。
……人が、暴れてるような音が。
(……どうしよう)
パパはもういない。
思わず立ち上がってしまったけど、別に何が出来るというわけもなく、立ち竦む。
その私の様子に気付いたレイジィが、私に声をかけた。
「どうかしたか?」
「え……」
レイジィは、至って普通。
何かを気にしている様子はない。
……わかっててそう振る舞っている、とも思えなかったから、私はレイジィを頼らなかった。
「──なんでもない」
そうした私に、腑に落ちなさそうな顔が返される。だからと言って、レイジィは余計な詮索をしてはこなかった。
女の子達と勉強会を楽しんでいる手前か、変な空気にしたくないって気持ちがあったんだと思う。
少なくとも、レイジィならそう考えるなと思ったから、私は一人でこの場を離れた。
──こんな時に声をかけるべきは、もちろん管理員一択。私は、迷わずそれらしい人に近づいた。
「あの……」
「はい。何かお探しですか?」
冷静そうな女性。
変なことを言っても、ちゃんと向き合ってくれそうな人に思えた。
「……向こう、なんですけど」
私は指を差して訴える。
「あの暗がりの向こうって、誰かいるんですか?」
そう言うと、女性は表情を変えずに私と同じ方向を見る。「他のスタッフがいると思います」と返されるけど、「どうして、暴れてるような音を立てているんですか?」と続けて訊く。
「……暴れてる?」
「……はい」
私達は少しだけ、見合わせた。
女性は怪訝そうに顔を歪ませたけど、図書館にいる全てのスタッフに連絡をとってくれた。
それによると──。
「暴れているような作業をしている者はおりません。……音はまだ聞こえてますか?」
「えと……はい」
私は変なのか。そんなに神経質だったっけと思っていた。
嘘はついていない。だけど、いたたまれなくて。
女性は少し考えたあとに、「あなたのクラス証明書を見せて頂けますか?」──そう、手を差し出した。
勘違いでしたと言ってレイジィ達の所に戻っても良かったのに、私は先に進んでしまった。
女性は私のクラス証明書を見ると、一際、目元が鋭くなる。
「トクソウ・キョクショケイ。あぁ……なるほど、分かりました。でしたら、少しばかり人を集めて調査します。ご同行願えますか、リノンさん?」
「? え、私も行くんですか?」
「出来ればで構いません。ですが、一緒に来ていただけますと、こちらも大変助かります」
「……」
クラス『特層・局所系』の、リノン・カホウ。
あなたがいてくれたら、調査がスムーズに行える。
──ここで働く彼女がそういうなら……そういうものなんだ。
私が、なにかのお役に立てるなら。それだけでも、「はい」と、返事をする理由になっていた。
レイジィ達を尻目に、私は女性の後に続いて──図書館の奥へ。
途中、作業をしていたのだろう男性スタッフ達が駆け寄ってきた。「緊急ですか?」や、「守兵を手配しましょうか?」などといった皆の第一声に、女性は一つ返答で連れ込む。
「まずは、安全の確認から致しましょう」
それを聞くたびに、私の胸が苦しくなっていくようだった。
さらに追い打ちをかけるみたいに周囲の照明はか弱くなっていき……やがて、私達は本棚が途切れる暗い通路に出る。
(音が……大きく聞こえる)
壁に何かを叩きつけながら怒鳴っているような。──それか、誰かに懇願している声みたいだった。
それが響いてくる方……。嫌が応にも目を向けてしまう。
その私の様子を見て、女性は私が見据えていた通路の先へと進んでいく。
後を追いかけたくなくなった。そう思ったのは一瞬で。やはり私は、皆に置いて行かれまいと、彼らの後ろへ付くのだった。
────
赤い霧は、息のよう。
暗い通路の先で、弱弱しい照明を浴びて浮かび上がる大きな鉄の二枚扉があった。
そこから漏れ出しては漂う、赤い色。それを目で追い、見上げた扉には……こう記されていた。
「──禁書 旧 保管庫……?」
「リノンさん、音はこの先から聞こえますか?」
女性の問いかけに、私は少し驚きつつも、「はい、この中から聞こえてきます」と答えた。
「……はぁ」
すると女性は軽く額を押さえて、わざとらしく溜息をついて見せた。
でもすぐに顔を上げると、連れて来た男性スタッフの一人に、「やはり、ウィスの守兵を呼んでください」と言づけた。
「──来てくれそうですか? ……はい、それは良かったです」
通路の壁に備え付けられていた通話機で、然るべき所と連絡をとってくれた男性スタッフのオッケーサインを見て、女性は親指を立てた。
……それじゃあ、私達はここで守兵さんが来るまで待機なのかな。そう思った矢先のこと。
「では、我々は保管庫のクリアリングをします」
心の準備は良いですね?
女性は扉に向き直り、そう事務的に私達に問いかけた。さらには、別のスタッフから銀色の長くて細い棒を受け取ると──、扉を開こうとし始めた。
「え、あの、守兵さんは待たないんですか?」
心の準備もなにもない。
守兵さんを呼ぶということは、当然、私達だけでは手に負えない事態になりうるからでしょう。それなのに、無防備なはずの面々だけで前進を選ぶのか。
一見して、女性の暴走にも見えたために、私は思わず口を挟んでしまった。
だけど、それに対して女性は、
「リノンさん、守兵は救助隊です。何かあった時に共に行動していたら……我々は、一網打尽にされます」
そうなったら、一体誰が助けてくれるのか。
それを避けるためですよと言いながら、銀色の棒を扉の鍵穴らしき所に刺し込んだ。
直後、女性の手の捻りと同時に、扉から重い金属音が鳴る。
瞬間
赤い霧が
扉の隙間から勢いよく
吹き出したように見えた
女性も男性達も、それに気付いていないのか。それとも、慣れた事だと割り切っているのか。
私だけが、背骨を引っ張られたように硬直していた。
そうとは知らずにか、女性は扉に手を掛けながら言う。
「リノンさん。保管庫の中にある棚は、いくつかのブロックに分かれています。ですので──」
ああ
いやだ
「手短に済ませましょう。音のする方へ……正確に、我々を導いてくださいね」
音はもう聞こえないと、嘘をついてしまいたかった。けど、できなかった。
ここからは、あなただけが頼りですからって……。そう言葉を付け足されて、私は──「はい」と、言ったのだった。
開かれる扉の音なんて、聞いていなかった。
ただ、現れた道の先を前に、私は……何もせずに立ち尽くすわけにはいかなかったのだ。




