第五節..
機械と魔法を、あえて干渉させない配慮。
魔法の有無を巡る諍いなんて望んでない。
……聞こえてましたか、ミェルさん。
「──さあ、リノン。話はここまでにしておいた方が良さそうだ」
妙な騒ぎで出鼻を挫いただろうと、パパは言う。聞いた途端、積み木をひとつ落とされた気分になった。
「え。……知ってたんだ。そうだよね。……知ってるよね」
「まぁ、リノンが歩くと、よく花が咲くからな」
「」
その花は、きっとお喋りなんだろうな。
私は、「遅れている勉強もあるだろう」と、ちょっと呆れたような顔をするパパに、苦笑で返す。それと……続けて、離れたテーブルで女の子達とお勉強会に勤しむレイジィに目を移した。
この視線に気づくかな。……と思ったけど、あの子は素知らぬ調子でミェルさんと話している。
「……」
なるほど。別にいいけど。
それよりもと、最初に言いそびれていたことを思い出す。
パパに、今日何か食べたいものはあるか聞いておこうと、私は追うように立ち上がる。
すると、その折に。
「ん……」
パパの視線の先。
この図書館の管理員だと思われる女性が、入り口近くのカウンターから手招いていた。
「なに? 呼ばれてるの?」
「……さて、なんだろうな。郵便物でも届いたかな?」
パパは床に散らばる薄汚れた書類をグシャリと踏み、ふっと表情を取り払ってしまう。
それは、親が外に出た子供の顔を知りえないことと同じ。子供もまた、親の外の顔は知りえないのだと気付かされるような、新鮮な表情。
その時の変わりようは冷たくは感じたけれど、少し……面白くも感じた。
「そうだ、リノン」
──と、パパは私に向き直る。
郵便物で思い出したと言うや、続けた声を潜ませた。
「……めんどうな話なんだが、ここはアルヴィオス条約のせいで、郵便物の検閲が厳しい。だから──」
パパは、もしリノンがお母さんに連絡したい時は言いなさいって。
そしたら秘密のルートを使い、手紙でもなんでも届けてあげるから……って。
「……パパ、何者?」
「さぁてな。誰にも教えるなよ?」
さも怪しげな道に立っているかのような、近寄りがたい人だって印象を抱かれるわけである。
そんな人物に対して、物怖じせずに近づけるレイジィは流石だなと。そう感慨深く思っていたら、パパが行ってしまう。
「あ……」と、私はその背を引き留めようとした。──ところが。
「カホウ先生!」
突然、ミェルさんが私よりも先にパパを呼び止めた。
「おい、シロクラ……!」
「ご挨拶だけだって言ってるでしょ?」
レイジィがミェルさんの手を引こうとしたが、サッと躱される。
そして、ミェルさんはパパを前に優等生らしい笑顔を作ってみせた。
「……?」
「──はじめまして、カホウ先生。ウチ……わたくし、ミェル゠シ・ロクラと申します」
最初、パパは面食らった顔をしていた。だけど、ミェルさんが名乗った瞬間、目が伏せ気味に変わった。
「ロクラ……ああ、軍国の魔法使いの子か」
「っ。はい、魔力研究者の中でも、著名なカホウ先生にご存じ頂けて、とても光栄です」
一瞬、ミェルさんが声を詰まらせるも、すぐにレイジィをもたじろがせた、あの雰囲気を醸し出す。
私のパパにも、そうするのか。彼女はさらに、「わたくしは、先生の魔法に関する知恵をお尋ねしたく──」と間髪入れずに言葉を押し込もうとした。
しかし、パパはそんなミェルさんを一手で制した。
「あなたの親御さんの魔法は、とても美しかったと憶えている」
「え、あ」
「軍国の剣とも謳われていたか。──非常識なほどに熱のこもった魔法には、狂気を感じたものだ」
ミェル゠シ・ロクラさんも、親に負けないよう頑張りなさい。
パパはそう言って、笑顔をみせることもなく歩いていく。
「ぁ……はい。頑張り、ます」
去る背に置いて行かれたミェルさんに、レイジィの「あしらわれるって言っただろ」って、溜息がかかる。
椅子に戻った彼女は、着崩していた制服を直しながらも、なおパパを見据えていた。
……変なやり取りを見てしまった。ミェルさんが言いたかったのはなんだろう。
論客になる為に名前を売りたかったのか。それとも、魔法を学ぶ生徒として知識人と握手したかったとか。
分からなかったら本人に聞けばいいんだろうけど、私には、アホらしく振る舞う勇気はございません。
下手に近付いて噛まれるのは嫌なので、ここは大人しく座り直しましょう。
「ふぅ……」
空気に戻った私は、視線の先にあった教本を手に取る。
遅れている勉強。魔力への知見。魔法との向き合い方。世間の認識と魔法の可不可について。
ぱらぱらとページをめくる度に飛び込んでくる、マナー語録みたいな文字列。
炎の魔法や氷の魔法、ドラゴンの召喚魔法だとか。そんな子供が夢描く魔法が使えるようになる教本って代物ではないらしい。
私好みの、知る為の教科書。そういう印象である。
「──ん?」
その中に一つ。
一番興味を引かれた文字を見つけ、私の指が止まる。
少し目が泳いだ後に、章題を見つけた。
「『魔力次元の……可能性』?」
この言い回し。
魔力も、次元分けされているのか。
つまり、魔力は人が持つエネルギーではないよって、言っているみたい。
(触れないけど、そこにあるものみたいな。……合ってるかな)
──思う事はあれど、私は記された内容を、一文字ずつ噛みしめる。
「……『魔力には、濃淡がある。想念に纏い、生物や物に移ろう』」
いわゆる魔法は、その魔力の濃くなった場所で光を生んでいるのだと。
そして、『非常に濃い魔力に纏われた人は──』と、続く文字が、私の目を止めたところだ。
「『いつかの自分の想いを受け取るような事例が報告されている』……?」
いつかの?
いつの……?
私は一度、教本を閉じた。
椅子の背もたれに寄りかかり、暗がりの先にある天井を見上げる。
「……いつかの、自分の想い」
そんなのあったっけ、と。
瞼を閉じて、昔を思い出す。
けど、そういった印象深い出来事はなかったと思う。
「いつかの、か」
それって、いつでもいいのかな。
例えば、過去だったり……未来だったり。
そんな、いつかの私の想いが、今の私に届くようなことが起こるのかな。
もし届くのなら、いつだろう。
今、いつかの私の想いを受け取りたいと望んだら、届くのかな。
「…………」
呪文を唱えない、瞑想みたいなひと時。
耳を捨てて、目も捨てて。
匂いも感じず、感触も忘れて。
ただ、訪れてほしい想いを……待っていた。
そうする あなたを
何度 抱きしめただろう
想いを届けられるのなら よかったのに
それが出来れば よかったのにね
私は 私を感じようとしている夢のわたしを 後ろから抱きしめる
これから起こる事
これから駆け抜ける事
全部に勇気を出して終えられるよう 今の私の想いを届けるように
「──っ!? なに?」
そうしていた時、私は妙な悪寒めいたものを感じ、咄嗟に身構えた。
目を大きく開き、図書館の奥に目を凝らす。
「……?」
わけのわからない、見られたような感覚だった。
小刻みになる呼吸に、僅かな恐れが混じっている。
私は
こんな私を見下ろし また 想う
ああ
── 始まってしまう と




