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第四節..




 魔法否定……論。


「こんなこと、今となっては何処の誰が、いつ言い始めたのかはわからない」


 でも──と、パパは自分の手を胸に押し付けて、虚空を見つめて言う。


「……機械と魔法を共振させようとした者から、その事実に直面していく。魔法そのものに懐疑的な思想を抱える人であればあるほど、否定の沼に嵌っていったようだね」


 宙を駆ける記憶の軌跡を手繰るかのような、その目。

 否定の沼というモノに溺れゆく人を、助けもせずに見下ろしている……みたいな、冷たさを感じる。

 うん。冷たくてもいいのか。

 私たちの居る世界には存在しないと謳うだけならまだマシだもの。

 それなのに魔法否定論は、魔法の存在自体が無いものとしているんだ。

 ……意味不明なことこの上ない。そう思う私の心は、パパの目に添うように冷えていく。


「魔法を否定して……その人たちは、何がしたいの?」


 そうしたら、あまりに素朴な疑問が口を突いて出た。


「そう……だな」


 パパは私が漠然と思ったことを、「単なる派閥闘争とかいう大人たちの諍いにも思うだろう?」と言語化してから、それだけじゃないと言うように首を横に振る。


「人の文明は、朧げな魔法から離れて独自の道を切り開く段階に来ているんだ」


 朧げな、魔法……。

 魔法への希望も羨望も、信仰心すら捨てたモノ言い。

 違う──そう思っている人の言い草だ。パパ自身の言葉だなんて思えない。

 私は、変なことを口走ったと気付いてもらうために声を挟もうとする。──だけど、


「 そうだ……ッ。人々はッ! 」


 怒気に

 気圧され


「 ──いい加減、天使と悪魔が見せる幻から逃れねば! もう、人の世を囚われぬ為に、未来を掴み取……!」


 ──……。

 猛った口が不意に止まり、舞う埃が行き場を失ってる。


「パパ……?」


 それは……。

 その父親の姿は、見た事のないほどの激昂ぶりで……。

 けれど、雄々と語るパパの目には、一瞬──光を灯したように輝いていた気もして……。

 私は、なにか、触れてはいけないモノに触れてしまったかのような気にさえなった。

 怯みながらも、恐る恐る様子を窺う私に、パパの視線が戻ってくる。そして繕うように咳ばらいをした後、パパは、おもむろに別の本を拾い上げた。


「──というのが、否定論者の謳い文句だ。だが、一概に魔法を否定したところで、実は世間を席巻するほどの影響力はない」


 リノンだって、そんな声が世間に割り込もうとしているなんて、知りもしなかったんだろう?

 そう聞かれ、少し戸惑う心を残しつつも、家に引き籠っていた時分を思い出す。


「うん……」


 確かに、通信系機器に触れたことはあるけど、誰かと繋がろうとか勇者めいた行動は取らなかった。

 魔法学校に合格するための勉強は、全て独学だったし。外にいる人間はみんな害悪なんだと思い込み、悪童たる心を育んでもいたくらいだ。

 私が世間の声なんか聞くわけなかった。だから、レイジィ達が知っていそうな、魔法の肯定や否定の話は、ここに来て初めて耳にしたのだった。

 笑える。お恥ずかしい限りであるな。

 私が頷くと、パパは開いた本をザラりと撫で、「そういうものさ」と笑った。


「なにしろ、それまでの世界は魔法ありきで回っていたからね。否定する方がどうかしている」


 だが、しかし──。

 パパが見せた本には、魔法否定論者の言葉を核心的に補強しうる、ある記述があるという。

 その本の背表紙には、現代では記号化されて使われている魔法と言う意味を持つ古代文字と、幾つもの図形が重ねられた模様が刻まれていた。

 おとぎ話に出てくる魔法陣みたいで、とても綺麗な本だと──。


「先生。その書は……」


 私がその本に目を奪われそうになった時、突然、離れたテーブルで取り巻きの女の子達と勉強会をしていたはずのレイジィが声を掛けてきた。


(? レイジィ?)


 なにごとかと。

 見れば、レイジィだけではなく、ミェルさんも何か言いたげにこちらを振り返っていた。

 ……そんなみんなの視線に、パパは落ち着いた表情を、彼らに向ける。


「安心しなさい。……これは『レプリカ』だよ」

「……」


 そう言われ、レイジィとミェルさんが顔を見合わせている。


(……なに?)


 急にどうした。私も混ぜなさい。

 一応、そんな感じの目で訴えてみたが、レイジィは……静かなパパの視線に負けたように「──あまり、ビビらせないでください」と言って、あちらでの話に戻ってしまった。


(待ってよ、なんなのさ……!)


 怖いことじゃないなら、まあいいか?

 そんな空気を流されても、私の冷や汗は流れませんが。

 ミェルさんの、まるで物珍しそうな……むしろ、今にも飛び掛かって来ようとしていそうな視線が残っているが、パパは構わず続けてしまう。


「リノン、これを見てみなさい」

「もう……なに?」


 パパの手の上で開かれたページ。

 少し粉っぽい紙に描かれていたのは、幾つかの重なった円と……それらを囲うアーモンドの形をした図形だった。


「これは?」


「──我々が居るこのウィス・アルヴィオスが建つ地で、かつて栄えていた古代魔法王国。かの国に収監されていた囚人が描いたとされる図形。……有志曰く、この世の次元構造図だ」


 ……。


「……じげん、こうぞう……ず」


 またこれ、むずかしそうなのが出てきましたなと……。

 古代の人が精神を病んだままに描かれた絵……に見えるけど、そう捉えるのはもったいないってことか。

 これを理解しないで構造図の話を進められてもツライので、パパにこう聞いてみる。


「こんなのが……魔法を否定する武器になるの?」

「根幹を示す。そういう意味では、この構造図は魔法否定派にとって、大変喜ばしい発見さ」


 つまり、それはどういうことかと言うと。


「魔法は──想うしか出来ぬ弱き人を憐れんだ天界の者が施した、悪戯である。しかし、人は文明を築き、発展させ、後に機械を作り力を得た。それゆえ、人はもう天界の施しなど必要としない」


 だから、魔法なんて夢幻は、人の営みには過ぎた力なのだ……と。

 次元構造図が示す、人の世を大きく包み込む天界の存在が、魔法否定派達の感情を逆撫でている。パパはそう言い、紙本を閉じた。


「だがこれは、魔法肯定派にとっても主張を通す上で、非常に優良な材料となっている。どうであれ、魔法は古来より存在し続けている証明だ……とね」


 続けて、この構図の詳細については、今後リノンが調べたいなと思った時にでも目を通してみなさいと言われ、私は閉じられた本を見つめた。

 忘れられそうにないデザインの本なだけに、探せばすぐに見つかりそう。……その前に、迷わずにこの図書館まで来れるかが問題だけど。


「でも、そんな大昔に夢なんだよって言っても、狂人扱いされてたんじゃない?」

「当時はそうだね。しかし、現代人は千金の記録としている。研究者をやっている身としても、よくぞ夢仮説を残してくれたと諸手を上げるよ」

「……」


 研究者をやっている身として……も。


 それじゃあ、パパ個人としても……なのかな。


 それだと、さっきの声の荒げようから察するに、パパもそっちの考えを持っているのかな。



「──あの……パパ」



 そうなの? って聞くのは怖い。

 なら、どう聞いた方がいいのか。二度、三度、息を詰まらせて、私は質問を原点に帰すように……投げかけた。



「パパは、魔法を……映像に残されると……嫌?」



 天界の者の施しだと言われた魔法を、人が生み出した機械で捕える。

 本当は、そんなこと出来ないのかもしれない。けど、仮に出来たとして、パパはそれをどう捉えるのか。

 私は、そのことが知りたかった。


「……」


 口は閉じられたまま。

 答えてくれないのは、やはり愚問だからなんだろう。

 パパの、もう一度説明し直そうかと言っているような視線に、私は思わず目を逸らしてしまう。

 ごめん、やっぱり聞かなかったことにしてって言いたくなって、脚が攣るくらい力が入る。でも、パパはそんな私を制するように手を向けた。



「──『配慮』とは」



「え……?」


「魔法の有無を明確にするための議論は過熱し続けた。政治や教育の場、更には異文化交流の妨げにすらなるほどだったらしい」


「……」


「そこで、人々は一度この決着のつかない議論を落ち着かせようとして、機械と魔法をあえて干渉させない国際法を設けた。それが世に言う──『アルヴィオス条約』。魔法を映像に映さないのは、条約による配慮がされているからだよ」


 パパは、その国際条約を犯す暴君になる予定はないと目を伏せた。


「アルヴィオス……条約」


 機械は魔法に反応しないけど……魔法と機械を結びつけるのは無意味だと分かっているけど、あえて、その行為を条約によって禁ずる。

 その配慮が、魔法の肯定と否定のぶつかり合いを……静めている。


「それを受けて、……リノンは、どう考える?」

「んぇ?」


「リノンは、魔法使いの道を進むのか。はたまた、一歩引いて、魔力なる天の施しについて探求していくのか」


 私の父親……とも呼べないような表情で言うパパの、真っ直ぐな視線。

 その強く、鷲掴んでくる眼差しに囚われた私は……上手く、言葉を返せずにいた。


「え……っと」


 進路の話にも聞こえる。

 私が、魔法肯定派に回るのか、それとも否定派に回るのかを訊かれているようにも思える。


 ──どう答えよう。

   ──なんて答えたらいいんだろう。


 私はただ、生まれて物心がつく頃から、ずっと自身に纏わりついていた魔力について……そして魔法について知りたくて、ここまで歩んできた。


 そこに、肯定も否定もない。

 強いて言うなら、見たものは信じた。翼も、矢も、花も。

 ヒスイカズラの髪飾りで結われた髪に手が逃げようと、なにも起こらずに指と擦れた髪が鳴るだけ。


 ね。……リノンは、どうしたい?


 知りたかった魔法の正体は、天使や悪魔が人間に授けた想いの力……夢であると言われている。

 脳が想いを受け取って、勝手に映像化して見せるもの。

 そこには肯定と否定があって。


 そんな話になるなんて期待していなかった私では、どう考えるかとか問われたところで新たな道を見出せるわけもないじゃないか。


 ああ、そう。

 そして私が口を打って出した言葉は──。


「……わたしは、まだ……世の中を知らない」



 だからさ、パパ。



「もっと、勉強してから……答えに来て、いい?」


「……──」

 すると、パパは唐突に立ち上がる。

 いきなりだったから、怒らせたのかと一瞬不安に駆られたけど、


「いつでも来ると良い。その時の為に、リノンに合わせた資料作りに籠るとしよう」


 あったのは、昔ながらのパパの顔。

 魔法を知りたいとした私に道しるべを作ってくれた時と同じように、パパは楽しそうな表情を滲ませていた。




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