第三節..
「リノンは、魔法で動く機械を見たことがあるか?」
「……魔法で?」
何故、魔法を映したらいけないのかという問いに、パパは逆に問い返してきた。
てっきり、すぐに答えを教えてもらえるものだと思っていた私は、口答えする代わりに低い声で応える。
「都会では見てないよ。……もっと散策してたら見つけたかもしれないけど」
ただでさえ魔法を捨てて技術開拓に舵を切った、人の営みだ。
漠然と探して見つかるかは、正直自信はない。けど、きっとどこかには、魔法と機械を結び付けたものがあるはず。
……そう思ったのも束の間。パパは、まだ口に出していない私の期待を、一蹴した。
「見つからないさ。そんなものは、無いからね」
「……ぇ。……無いって、なんで?」
オブラートに包まないしっかりとした否定に、私は子供のように寂し気に呟く。
そうしたら、パパは近くに床積みされていた本の中から、一冊を選び取った。
そして、薄汚れているその本を私の前で開いてみせた。
「ご覧。……見ての通り、魔法の記述は古来の文明からある。魔法は歴史と共にあり、それ故に人は魔法の存在を信じ続けていた」
パパが言うように、本の挿絵には光を纏った人の姿が描かれていた。
この手の描写は、私が魔法学校に入るために読み漁っていた歴史書にもあったはずだ。
人知の及ばない不思議な光の現象を、人は尊び、時には呪い……それでも文明の発展の中で在り続けた。
私が知っているのはそういう話。パパは、そんな『お話』の続きを説くように「ところが──」と付け加える。
「時代は移ろい、人は……技術改革の道を切り開き、文明開化を成し遂げる。より良い、便利な暮らしを求めて、遂には機械を作り出したんだ」
魔法を捨てた人の世の始まり。
アルヴィオスに来る前に寄った都会を、その集大成と呼ぶべきか。それとも、成れの果てと吐き捨てるべきか。
パパは本を閉じ……「何故、先人達は魔法を捨てたのか」って、苦笑混じりの口調で言う。
「それは──……機械が、魔法に反応しなかったからだ」
「……?」
なにそれ。
それは、魔法に反応する機械を作る技術を得られなかった……という話ではなく?
首を傾げる私を見て、パパはこちらの疑問を察するように頷く。
「もちろん、なんとかして機械と魔法を繋ごうと努力した記録はある。それでも、成功例はどこからも上がらなかった」
「そんなこと……って」
「うん。当時の魔法使い達が抱えた失望は、さぞ重かっただろう。だからか、彼らは魔法とは人の手に掛からない崇高な現象なのだと、逆に信仰心を煽っていたらしいね」
言いながら、パパは周りに積まれた本を指差していく。そのどれもが、魔法と人の結びつきを称えるようなタイトルを付けられている。
まさに、魔法英華の時代がありましたと言わんばかりだ。これには私も寂しくはあるものの、ちょっとだけ嬉しく思う。
だって、自分も魔法使いの端くれなんだから、特別感に悦るのは当然だ。
そう、分かりやすく顔を綻ばせる私に、パパは言う。
「人の世界の上に魔法なる概念が君臨しているとの声が大きくなる中、とある有名な学者の仮説が水を差した。──それが」
『 魔法は 存在しない 』
その一言は、浮かれる私にも冷水を被せてくるような……意味のわからない文句だった。
「……? ……どう、して?」
「まあ、あくまで『我々が居る世界には存在していない現象だ』という憶測だよ」
憶測……。
私達が居る世界には──。
「それって、やっぱり魔法はあるにはあるんだよねっ?」
世界が違うとか意味が分からないけれど、どうであれ、目に映るのだから魔法はある。
私は今まで見て来た魔法の姿を思い浮かべつつ、パパが肯定してくれるのを願った。
「……」
前のめりになる私に対して、パパは「いわゆる魔法──なるものが引き金だろうとされる現象が、古来から記録されている以上は頭ごなしに無いとは言い切れない」なんて言いながら、「なら、リノンは?」と、返す。
「リノンが憶えている魔法は……どんなものだった?」
「私が……おぼえてる魔法?」
ゆっくりと椅子の背もたれに体を預け……口も半開きのままに考える。
いや、そんなものわざわざ思い起こすまでもなく、白い火や蒼い矢は記憶に新しい。
それに、形を持たない魔力の放流や、即席の呪文に呼応する光と音。受験生達が放った色とりどりのパフォーマンスも、あれらは間違いなく、私が知る魔法の姿である。
そうだとも。だから胸を張って、そうパパに答えようとした時……一瞬、こちらをチラリ見るレイジィと目が合った。
「──あ」
またひとつ、思い出す。
レイジィとアルヴィオスの校門で再開した時に舞った、魔力の残光。
すると、私の視界に……あの瞬間に戻るような、数枚の花びらが舞った気がした。
「……あ……」
そして、またひとつ……思い出す。
蒼く、幼い翼。
魔法色に染め上がる、草原の花畑。
断片的に、数年前のあの子との記憶が目に映りこむ──!
「見ててリノン。──強くなるから」
目に涙を溜めながら、そうレイジィが言ったのは……私が、元気づけようと魔法を見せたから。
事故で両親を亡くして、独りで塞ぎ込んでいたあの子。
まだ、神童だと持て囃されていた私は、そんなレイジィにお姉ちゃんとして振舞い続け、──あの日、あの時、誰も来ない街外れの草原で……花を生む魔法を使った。
辺り一面は蒼緑の花畑。夕日にも照らされ、凄く幻想的な光景になったのを憶えてる。
その記憶を溢すように、魔力の残光が一枚の花びらを模して舞い落ちた。
「……とても、綺麗だった」
机の上で砕け散る花びらを見届け、私は真っ直ぐにパパを見た。
「今まで見て来た中でも、レイジィに見せたお花畑が、一番心に残った魔法だったよ」
その声は思いのほか大きかったからか、レイジィだけではなく、ミェルさんも私に顔を向けていた。
それに気づき、私は何でもないですと言うように、つとめて笑う。彼らが勉強に戻った後、パパが「そうか……」って。
「──リノンが咲かせた花は、いつまでもソコにあったか?」
言われ……私は、あの日の翌日のことを想い起こす。
とても綺麗だった花畑を、もう一度見に行こうって思い立ち、朝早くに草原に向かった。
でも、その場所はいつもと同じ光景で──。
「……無かった。花びらの一枚も……残ってなかったと思う」
あれはどうしてだったのか。
幼かった私の頭では、魔法の花は風に飛ばされてしまったんだとしか考えられなくて……。
今記憶を振り返ってみても、本物ではなかったからだとか、それらしい答えを当てはめられる。
そんな私に、パパは表情一つ変えずに言葉を繋げた。
「機械は魔法に反応しない。そのことから、こう考えた人がいる」
魔法とは──『夢』なのではないか。
「……ゆ め?」
夢……。その言葉に、微かながらミェルさんが溜息をつくように肩を揺らしていた。
聞いてか聞かずか、パパは続ける。
「リノンが持っているアルヴィオスが発行する教科書にも記されている。想いと魔力は表裏一体であり、強さが加わると小さな光が灯る」
──その光は他者から他者へと受け継がれ、やがて、脳が想いを映す『夢』を紡ぎ始める。
「それを、我々の世界では──魔法と呼んでいたのだとね」
「……」
夢だから……ここには、無い。
夢だから、目を覚ましたら見えなくなる……。
私たちの魔法は──。
……夢である魔法は……私たちの世界には、存在しない。
「それ……世界のみんなが、そう思ってるの?」
そうじゃないよね? って、私は独り言のように溢す。
そしたら、パパは「もちろんだよ」と言ってくれた。
「この世界は、何故か我々が見る魔法に反応してくれない。けれど、見える以上はあるのだと肯定する一派がいる。だけどやはり──現状に従順な人々は、魔法を否定してしかるべきだとも云う」
「……ひてい」
「そう。世にいう──『魔法否定論』が謳われ始めたのだよ」




