第二節..
この前の取り巻きは男の子だったけど、今度は女の子ですかと。
さらに私を加えて、レイジィはお兄ちゃんのような顔つきで歩き出す。
あの子って、あんなんになっちゃったんだなぁ……って思い、私はあえてもなく離れて歩こうとした。
その時、
「──?」
私の後ろから、スッと追い抜く人影があった。
……都会で嗅いだことのあるソープの匂い。
流行りのアクセ。着崩した制服。
歩く姿は、レイジィにも似た気品があるという……。そんな女の子が、極自然に私達の間に入り込んできた。
(……え、なに?)
私にとっては突然のことだったけれど、レイジィ達は最初からいたぞというように、彼女を──「ミェル」と呼んでは、迎え入れていた。
(ミェル……さん……?)
全然、目も合わなかった。それが余計に気を滅入らせた。
幼馴染みが一人いるとはいえ、馴染みのないグループについていく私か。
笑えてきますね。……笑えないけど。
────
図書館へと続く道。
賑やかに香る植物の息。外庭園の遊歩道にて、女の子達とレイジィの会話が弾んでいる。
その少し離れた後ろ。
音もたてずに付いていく私は、……誰かの召使いみたいだ。
「──それよりさ、進路どうするか決めてる?」
楽しそうなはしゃぎ声は最初、他愛もない観光客みたいなやりとりだった。だけど、不意に出て来た『進路』という言葉で、なんだか落ち着いた空気が流れ始める。
「魔法学校に入るからには、それなりのことは考えてから来るよね」
「確かにー。ただ魔法を勉強するだけじゃなくて、学費に見合う成果を上げてこいって親に言われてるしなー」
「ああ、わかる。でもさ、具体的に何をしようってのは考えてるのか?」
あのレイジィは、自分はまだなにも掴めていませんって時のレイジィだな。
……なんかそう思う。
「そりゃあね、アルヴィオスの生徒だもん。進路の一つや二つ、サクッと決めて──」
「ないよ、この子は。わたし達みたいな凡人は地元に帰って、魔法なんて忘れて普通に生活出来たら、それでいいんだよ」
「……魔法を忘れる方法を習いに来てる民じゃん」
「うん、そうだよ。レイジィ君達みたいに、ウィスの特待生になったところでだもん。ね?」
「ちょ、こっちに振らないでよ。まだわかんないでしょ? 当方、凡人なんかじゃ終われませんのよ」
「言ってな。……あ、でもミェルはちゃんと決めてるんだっけ。ねぇ?」
「──え」
レイジィと女の子達が私の前を歩いていた子に振り返る。
ミェル──という子は、返事をするよりも先に、寝起きみたいに伸びをしてみせた。
それに構わず、レイジィが興味あり気に聞き直す。
「ミェル・シロクラ……だっけ? 進路どうするんだ?」
「……ミェル゠シ・ロクラ。ウチは……なんてことないさ」
すると彼女は、徐に指で窓を作ると、みんなを写真に収めるような仕草をしたと思ったら、なんと……。
「──魔法を否定する奴らを黙らせる一枚を撮る。配慮なんて知るか」
……って。
正直、私には彼女がなにを言っているのか理解できなかった。
もし、魔法を映像──記録──に残そうと言っているのだとしたら、それはアルヴィオスが禁止している行為になるはず。
それを、こんな魔法学校のど真ん中で声を大にしていたら、怒鳴り込んでくる人がいてもおかしくない。
「……」
でも、それを指摘する勇気は私にあるわけないでしょう。だからせめてもの拒絶として、私は、このミェルって子から二、三歩距離を置くことにした。
「ほら、ミェルって、こんなこと言っちゃえる人だから」
「あー……つまり、世の中に一石を投じようってか?」
「ヤバ過ぎだよね。政治家がやってることじゃん」
「……魔法の肯定は、魔法使いの責務だと思うんだけど」
そうでしょ? と、微かに首を傾げた彼女に、下々の民達がそうだそうだと声を上げていた。
……そうなんだろうか。
魔法は目に映るのは確かだ。蒼い矢も白い火も、確かに人の目に焼き付いた光だったはず。
そんなものに、是も非もないと思う。それなのに世の中は、『肯定』と『否定』の声を魔法に纏わせているらしい。
……なんだそれ。なにがしたいんだ。
それでも、『魔法』と『配慮』というフレーズには、少しハッとするものがある。
だってその言葉は、私が最初に知りたいと願った魔法に関する知識なのだから。
──聞いたら答えてくれるかな。なんて……。
空気である私の微々たる切望は、レイジィ達の大波のような反応に飲み込まれてしまう。
「政治関係なら、魔法肯定勢力お抱えの論客なんていうポジションがあるな」
「そう。ウチはそのポジションに着く為に、実績を積みにウィス・アルヴィオスに来たから」
「──ところが、そんなシ・ロクラさんに思いもよらぬ悲劇が起きたのでした」
「……」
「ミェル、自信満々だったのにね」
「コラそこ。カッコ悪いみたいに言うなよ」
あの子……なにかやらかしたのかな。
レイジィが、どうしたのかって。なにがあったのかを問い立てた。
そしたら、目を逸らしたミェルさんの代わりに周りが言う。
「この子、この前のクラス分けの試験でミスって、狙ってたクラスに入れなかったの」
「そうそう。隣の会場から白い魔法が邪魔してきてね。最後の一矢を魅せられずに終了よ」
「……白い……魔法か」
言われ、鼻白んでいるのは……私もだよレイジィ。
(それ、私の──、あの火のことだよね……?)
後になって冷静に思い起こしても、狂ってたと自身を責めてしまう愚かな火。
あんなものを放った本人としては、悪いことをしたと、名乗り出たほうがいいのだろうか。
そうだよね。
試験の妨げになってしまったのなら当然、ごめんなさいをするべきだ。けど、レイジィは私と目を合わせながら首を横に振る。
来なくていいって。黙ってろって。
それでもと、私は歯を食い縛る想いで逆らおうとする。だけど、その前にミェルさんが声を大きくして言った。
「あの魔法、誰が撃ったのかなぁ」
その声色は、すでに犯人が誰か。そして、その事態に関わっていたのはどの人物かくらいは知っているぞと……含ませたような、威圧が込められていた。
ここで名乗ったら処されるのではないかっていう恐怖が……。
尚も喋るなと目配せするレイジィと、痛くなるくらい締まる自分の喉に、私は従うしかなかった。
場がシン……としたのは、ほんの数秒程度。
その沈黙を、ミェルさんは「……なんて、どうでもいいんだ」って、軽やかに流してしまった。
「……それよりもぉ」
そして、わざとらしくふらつくような足取りで、レイジィの胸元へと近づいていく……?
「ミスして評価が落ちたおかげで、アナタと同じクラスになれたからさ。……逆にウチは嬉しかったよ?」
「……ぁあ?」
「……??」
彼女がレイジィにどんな表情を向けたのかは、私からは角度的によく見えない。
どういうこと、かな。
「俺とクラスが一緒になっても、論客の糧になるものなんて、そんなに無いと思うぞ?」
「……」
ミェルさんへのメリットの程を疑ってみせるレイジィを前に、彼女はゆっくりと身を引いた。
「そうだね。……じゃあ、ウチが魔法肯定の論客になるとして、なにを勉強したらいい? 教えて?」
「それなら、図書館で」
「だめ。口頭で。いますぐに」
「──……」
レイジィって、あんな風に詰めたら黙るのか。
ミェルさんは、強くなろうとしたあの子を参考に……もしくは先生のように思っていたのかな。
熱心に詰められて困ったように目を細める私の弟分を眺めていると、何故か私が勉強になっていること気付いて、ちょっとおかしくて息を吹いた。
「はーい、そこまでにしなミェル。人気者をいじめて遊ぶな」
「まだ、いじめ足りてないから、もうちょっといい?」
「よくないよ、化け物め」
「ばけものて……ひどいなぁ」
軽口を叩き合い、ミェルさんはそのまま先頭に歩み出ると、懐く生徒みたいにレイジィの手を引いた。
早く行きましょう。そう訴える笑顔に、あの子は一瞬だけ、私を促すような視線を向けてから連れらされていった。
(ボーっとしてて、置いてかれるなよ。……だな)
見えない魔法でも撃っているかのように伝わる所作の意図。
それでも、オルン君みたいな人の心の引き出しを勝手に開けてくる輩がいないだけに、あのレイジィが何を考えて私に気をかけているのかは不透明。
──キミは誰? 本当にレイジィ?
もう一度、そう言ってやれたら、私もあの子に困り顔をさせられるんだろうか。それとも、また冷笑?
……どちらでもいいけど。
(それよりも……)
魔法の肯定と否定については、やっぱり引っかかる。
それが、魔法を記録に残さない世間の配慮にも繋がっているかもしれないと考えると、より一層……。
レイジィは何か知っていそうな口ぶりだった。そして、あのミェルさんに至っては挑戦的な考えを持っている。
教えてと乞えば、ヒントはくれるだろうか。そんな風に思い、彼女を見ていた。……のが、よくなかったのかな。
「……フッ」
「ぅ」
空気になりそびれた私の視線に気づいたミェルさんが、鼻で笑った気がした。
そして彼女は、すぐそばにいる人に向けるとは思えない大きめの声を上げた。
「ああ、そうだ。なんか試験の日に、アナタが贔屓した子がいたらしいと……カト家の坊ちゃんから聞いたんだけど」
「は?」
唐突に、──剣で斬られた気がした。
私の心臓が跳ね、思わず彼女から視線を逸らしてしまう。
レイジィはどうだろう。ちょっと気に入らない文句だと言うように聞き返したけど。
「オルンか……アイツ……!」
「事実? 戯言?」
どっちでもいいよと付け加えて、ミェルさんは声色を変えずに問いただす。
「──ハァ……ッ」
それに対して、レイジィが強めの溜息を吐いた。
「そういうのは自分で判断してくれよ。論客になる奴が、他人の感想に流されるなって」
「ぉ……ふむ。確かに」
ぶっきらぼうに返されて、ミェルさんは「この会話は、なかったことにしよう」と、口に手を被せていた。
「はぁ……」
図書館へ、私たちは何事もなかったように、再び歩き始める。
彼女らのはしゃぐ声を耳の後ろへ流しながら、私は思う。
ミェル・シロクラは、魔法を肯定する不思議な人。
それと、近付いたら火傷を負わされそうな──恐ろしい都会人だと……。
────
案内された魔法学校アルヴィオスの図書館は、付属先の魔力研究所ウィスの地下にある。
行き方は、本当にややこしかった。私ひとりだったら、きっと案内板を持ち歩いたとしても辿り着けずに、お腹を減らして途方に暮れていただろう。
そういう道のりを、不意に現れる景観に圧倒され……。度々、足を止めそうになりながらも、レイジィとミェルさん達から離れ過ぎないように進んだ。
アルヴィオス……それとウィスは、どういう目的で作られたんだろう。そんな素朴な疑問を持ったのは私だけではない。
深い深い地下の底から、空高く伸びる赤い光の柱。それを囲う螺旋階段を降りる女の子達が感嘆の声を上げつつも、この不可思議な光景に好奇心溢れる気持ちを、思うままに口に出していたから。
そして、階段が終わる場所にあったのは、発酵したパンみたいに膨れた形をした建物。
どうやら、それが目的の図書館らしい。
「本当は地上階にも図書館はあるんだけど、ユウセ先生がいるのはいつもこっちだから」
「あ、へえ……」
間違いなく私に言ったであろう台詞を、誰に言ったかわからない風に呟くレイジィ。
私達は階段を降り切り、パンに切れ目を入れたような入場口をくぐる。
「……おぉ」
中は、公共の図書館のイメージとは程遠い、廃棄された本の積み置き場といった印象。
かろうじて調べものが出来るようなスペースは設けられているものの、周りは無数の本が纏められたガラス箱がレンガ積みされてたりする。
かろうじて整理整頓がされた様子は見られるが──
「わっ!?」
取り巻きの子が、床に積まれていた本に足を引っかけて倒していた。
雑に置かれてる所は、とことん雑だって感じ。
「気を付けて。適当に置かれてるけど、何故か貴重品扱いされてる本ばっかりだから」
「えー……。絶対踏むんだけど」
愚痴る女の子達に、私も心の中で同意する。ゴミなのかレポートなのか見分けがつかない紙のたまり場を跨ぎ、私達はどうにか机が置かれた所まで来れた。
「みんなここで待ってて。参考書取ってくる」
レイジィは糸目の笑顔で言い、私の横を通り過ぎようとした。
「──」
ちょっと待ちなさいと。私は体を傾けて道を遮る。お姉ちゃんをパパの所に連れて行かないのか──と、訝しんだ顔に想いを込めて、レイジィをこちら側に引き戻す。
そうしたら、この子は変な笑顔を取り払ってから、「リノンも、ここで待ってろ」……なんて囁いてきた。
「耳に息をかけるな……!」
私の文句もどこ吹く風。コイツはわざと肩をぶつけてから、ここのスタッフだと思われる人がいるカウンターに行ってしまった。
「……」
知らないグループに、ひとり残される気まずい瞬間である。
女の子たちが手近な席に着く。私は……とりあえず隅っこへ。
物珍しそうに周りを眺めるふりをしながら、空いていた座席にふわりと座る。
そして静かに一息つく。するとなんでか涙が出そうになって、咄嗟に目尻を拭った。
「見てこの机、木製だよ! 初めて見たぁ」
「はしゃぐな都会者。……引っ掻いたりするなよ?」
「爪割れるから、そんなことしないし」
あの子たちは、露骨に離れた所に座った私なんて気にも留めていないみたい。
感じ悪い子だと思われてないみたいで、ちょっとよかった。……でも、なんだか頬の辺りをチクりと刺してくる視線に、私は気付いてしまうのだった。
「──ぅ」
その視線の元には、頬杖をついてこちらを眺める……ミェルさんがいた。
合わせたくなかった目と目が合う。いや、そんなはずない。きっと彼女は、私の後ろにある本棚を遠目で物色しているだけ。
そう断定して、私も遠くに視線を逃がそうとした──のだが。
「神童のリノンさん。キミはそこでいいの?」
「えっ!?」
囚われた獲物は、捕食者からは逃れられないのだ。
あまつさえ『神童』と呼ばれ、連れ去られた巣の中で腹を晒された気分である。
頭が真っ白になっていく私に、ミェルさんは「勉強しに来たんなら、一緒にやったほうがよくないか」と、善意に満ちた目で訴えてくる。
避けるような真似をして心配させていたのかと、一瞬頭を過った。けれど、急には気の利いたセリフなんて出てくるはずもなく。
「あ、はいっ。ワタシは、別件なので……!」
さらに拒絶するような態度をとってしまう。
印象は、最悪だろう。なのにミェルさんは、
「そう? まあ──席は空けておくから、気が向いたらおいでね」
にっこりと笑って、赦してくれた……というか、なんにも気にしていない様子だった。
てっきり私を、レイジィが贔屓した特別な奴と断定して、言葉でめった刺しされるのかと思った。だから少し意外だったり、安堵したり。
ちょっとだけ拍子抜けもしたせいで、私は「ぁ、はい。……どうもです」という抜けた返事をしていた。
そんなことより、彼女に神童のリノンなんて言葉を使わせたのはオルン君だろうか。オルン君なんだろうな。
口が軽いと言いますか、無邪気と言いますか。
なんとなく、レイジィが彼に呆れる気持ちがわかってきた。なので今度あったら、あの偉そうな制服をひん剥いてやりましょう。
さて、私の心に住む悪童が調子を取り戻してきた頃。
人少ない図書館内に、レイジィの声と……聞き覚えのある男性の声が響いた。
「──先生、書類を踏んでます」
「悪いことじゃない。踏みつける為に置いてある」
声の方を見ると、なんとも形容しがたい人物がレイジィを率いて、さっき私達が跨いだ床の紙を見下ろしながら踏み歩いていた。
彼はミェルさん達を見つけると、どうしたのか、俯き、手を何度も叩き始めた。
「アルヴィオスに入って早々、こんな旧保管庫前で勉学に励むか」
拍手──にしては重々しく、強い感情を乗せた音。これには女の子達も、若干引いていた。
だけど、手を叩き終えた後は顔を上げ、一人一人に優しそうな表情を向けていた。
「良い。よく学び、よく捉えなさい。夢は逃げんからな」
「夢……ですか」
「ぇ? ねぇミェル、どゆ意味?」
「いつでも寝ていいんだからねってコトにしときなさい」
ヒソヒソと。
でも私の耳まで届くくらいの声は、女の子達の困惑の程を物語る。
そこにレイジィが割って入り、机に置かれた数冊の古本に注目させていた。
「授業でわからなかったのって、どの分野?」
「相関基礎ぉ」
「魔力立法理論について、もうちょっと詳しく知りたい。ミェルは?」
「……魔法使い史学かな」
そうしてあの子達の勉強会が始まって……男性はふと、私を見る。
私も見返すが、なんの緊張もない。ただ、久しぶりに見るその姿は……やっぱり別人に思えて。
立派なはずの教員制服を埃で汚し、研究員バッジを付けた黒のクロークの端がほつれている。
頬も見るからにこけていて……これは誰かさんが、嫌でも気に掛けちゃうわけだ。
「……」
こちらへと歩む靴音は、肩の荷を下ろすように軽くなっていく。
バツの悪そうな顔。そんな彼に、私から声をかけた。
「お母さんが、ちゃんと食べてるか心配してたよ。──パパっ」
すると、パパは張り付けたような笑顔なんかせずに、
「リノンもな。少し、やつれているぞ」
とかいって、机に手を置いた。
その様子の奥から、レイジィかミェルさんか……誰かの視線を感じたけど、今は気にしないでおく。
「私はいいんだよ。ここに来るために、頑張りたくて頑張っただけだから」
そう誇らしげに言ってやると、「……そう、だったな」って、パパは歯切れ悪く笑った。
「? ……ん」
座ってどうぞ。私は向かいの席をあげる。
パパはちゃんと言うことを聞いて、座ってくれた。
それならと、今日なにか食べたいものはあるか聞いたら、答えてくれそうだなと思ったから、
「パ──」
つい、私は魔法学校の生徒であることを忘れそうになった。
そして……それを思い出させてくれたのは、娘の言葉を遮るように放たれたパパの一言だった。
「聞きたい事は、決まっているな?」
──声が喉に詰まる。
けれど、同時にパパとの内緒の約束が封を切られたのだとわかり、逆に喉が澄む。
……そうだね。
私は、僅かに滲んでいた笑みを溶かしながら……三年前にも口にした、あの質問を投げる。
ねえ、パパ。
「──どうして、魔法を映したらダメなの?」




