第一節..
「──ねえ、パパ。……どうして魔法を映したらダメなの?」
三年前の事。
魔力研究所付属魔法学校《Vis ax Alvios》の紹介動画を観ていた私は、ふとそんな事を訊いた。
「んー……」
魔力研究所──ウィスの研究員であるパパ。
久しぶりに家に泊まってくれたあの日の、あの表情。答えづらくて困っている──というよりは、せっかく灯した火を消すのは勿体無いと思う時のような表情をするパパに、私は同じ質問を投げかける。
「こら、リノン。お父さんにダル絡みしてんじゃないよ」
「じゃ、お母さん知ってるの?」
パパの読みかけていた厚い本を閉じさせたお母さんが、空いたコップを掬い取りながら首を横に振った。
なら自分で調べるよと意気込んでも、結局は何も掴めなかった。
そんな私に、パパは静かに言った。
「……それは、配慮しているからだ」
「はいりょ?」
誰に……なにに配慮して、魔法を映像に映さないのか。
その一言で、余計に訳がわからなくなっていたところに、パパは魔法学校の古い参考書を私に渡して、もう一言。
「いつかリノンが、魔法学校の生徒になって会いに来たら……その時に、教えてあげるよ」
お母さんには聞こえない声で、こっそりと囁いたパパだったけど、私は思わず「約束ね!」と声を大きくしていた。
──魔法を知りたい。
そんな想いが燃え上がったあの日。
今こうして、魔法学校アルヴィオスの生徒となった私は……その終着駅に、辿り着こうとしているんだ。
────
「リノン・カホウ君。教本は、紙本で良かったのかい?」
「はい。紙のほうが性に合っているので」
試験後に言い渡された謹慎令が、数日をもって取り下げられた日の事。
私は呼び出された教室で、教員から魔法の歴史書なる教本を受け取っていた。
滑らかな本革を指でなぞっていると、知識の扉に触れたようで自然と頬が緩む。
「授業に関しては、しばらく自室でリモート学習をしてもらうからね」
「あ、はい。わかりました」
話は終わり、彼女は外廊下で待つ数人の生徒達に向き直る。その時の、生徒達とのフレンドリーな掛け合いからして、きっと人気のある先生なんだって伝わる。
そんな空気を裂くように、もう一度声をかける勇気なんか持ち合わせていないけど……。
私は、ただ一心に、その勇気を出した。
「あの、先生! パ……ぁ、ユウセ・カホウ先生に会いたいのですが──!」
────
これで、独学から卒業できる。
教本を赤ん坊のように高く掲げた私は、渡り廊下にリズミカルな足音を響かせる。
外への開放感が素晴らしいこの場所は、開かれた私の道を表しているみたいだ。
「──ふぁ」
教本を胸に抱え直し、それはそれとしてと、パパの名前を出した時の先生の顔を思い出す。
「パパ、煙たがられてるのかな」
ユウセ・カホウと聞いた瞬間の、あの怪訝そうな表情。加えて、関わりたくないような物言いで、「図書館に入り浸っているはずだ」って。
近寄りがたい雰囲気なのは、娘としても、そう感じた覚えがある。
魔力に囚われた狂人。地元でも、そんな風に囁かれていると、お母さんが嘆いていた事も思い出す。
となると、研究に熱中し過ぎて、体は枯れ木みたいになってるか。
(お母さんの予想、的中してるっぽいな)
ちゃんと食べる生活を送ってもらう為に、私が手料理を振る舞う感じになるのかも。
じゃあ、そうなったら何を作ろうかな……と、そんな事を考えながら、階段を上がる。
壁にかけられた案内板を見るに、図書館へは長旅になりそうだ。
ゆっくり行こうかな──と、一息つこうとした時だった。
「──喋るのも、まだダメでしょ」
「クルは心配性だなぁ」
上の階から、二人分の声が降りてくる。
「あたしの時は大丈夫だったでしょ?」
「そりゃサテンは──あ」
「……ぁ」
私と、彼女達の目が合う。
……サテン先輩だ。それと隣にいる女生徒は、多分友達。前に校門や試験会場外で、先輩に声をかけていた姿を覚えてる。
(──そうだ、お礼言えてなかったはず)
試験でやらかした私を庇い、その後も観衆の目から遠ざけてくれた。でも、それきり会えなかったから……ずっと、胸に先輩の事が引っかかっていた。
それをようやく外せる。
私は第一声、サテン先輩へ「ありがとうございました」と告げようとした。……ところが。
「……いくよ、サテン」
友達の人は私に手を向け、「黙れ」と言わんばかりに睨んでいた。
そして……先輩を隠すように階段を降り、通り過ぎるまで、私達が発言する事を許さなかった。
「……」
友達の人から伝わる、サテン先輩を守りたいって想い。それに圧倒されて、何も言えない。
でも私がそうなっていても、先輩は彼女の目を盗むように、小さく手を振っていた。
「──過保護のクルだこと」
「当然じゃん。だってサテン、この間も別の子に──」
遠ざかっていく、先輩達の背中。
私は、その姿を呆然と眺め……サテン先輩の振った手に、色んな言葉を付け足していた。
おはよう。元気? 大丈夫?
試験の事は、気にしないでね。
──今は、話しかけないでいいよ。
……。
私は、何か伝えられたのだろうか。
出来れば言葉にして伝えたかったけど、あの友達の人の警戒心からして……しばらくは話せないな。
悪いのは私だ。
自分の中でそう締め括り、私は諦めるように、階段に足をかけた。
────
図書館はもう少し先か。
「……んー」
なんとなく、ここまで来てみて思った事がある。
それは、改めて感じる魔法学校アルヴィオスは、時を止めた渦潮の中みたいだなって。
都会を模倣する場所は、得てして不思議な物で溢れていると、田舎に帰省した人はよく言う。
きっと、ここはその典型なんだろうな。
(あー。そういえば、ここって孤島なんだっけ)
風に運ばれてくる潮の香りも、より海の雰囲気を演出していて面白い。
遠くの街から聞こえる機械音や、どこかしらから響く生徒達のはしゃぎ声。
中庭を見下ろせる展望路を歩き、私は耳を遊ばせながら、外の景色を流し見ていた。
……そこに、突然騒がしい女の声が差さる。
「──?」
見ると、テラスの方に数人の女生徒に囲まれた男子生徒がいた。
浮き足立つ事もなく、柔らかい眼差しで女の子達と言葉を交わす姿。それでいて、力強さを滲ませた、品の良さそうな佇まいをする彼。
……ああ、レイジィ・サクさんだ。
そうわかった瞬間、サテン先輩に抱いた気持ちと同様のモノが胸に湧く。
私が放った白い火の被害者として、観衆の怒りの引き金となったレイジィ。けど、当のあの子は、問題ないとして皆の声を鎮めようとしていたらしい。
それが、私を庇うためなのかどうかは置いておくとして……私からの一言は、あるべきなのだろう。
でも、何を言ったらいい?
謹慎中、ずっと考えていた事なのだけど、結局なにも思い浮かばなかった。
もちろん……今もだ。
「──あ、リノン」
「ぅ」
まるで、憧れの先輩に声をかけられずにいる女の子みたいになっていた私に、レイジィが気づいてしまった。
そして、女生徒達から離れ、私の目の前に来る。適当に何か言って逃げたかった。けど、さも当たり前のように構いに来たこの子を、あしらう術なんてなかった。
「ふーん……。謹慎、明けたんだな」
「……おかげさまで」
茶化すでもなく、咎めるでもなく。
レイジィはあくまで友人として、何事もなかったかのような物言いをしていた。
……皮肉を言う前触れか。
言いたければ言えばいい。胸に抱えた教本を唯一の盾として、私はレイジィが言い飽きるのを待った。
しかし、この子はというと──。
「なら、行くだろ? ユウセさんの所」
「……え」
図書館の方を指差して言う。
もしかして、私の考えが見透かされたのか。
なんでと訊く私に、レイジィは教本をノックしてみせた。
勉強しに来たって、私が最初に言ったのだ。なら、こうして持っている物が全ての答えだと、言葉なく告げられた。
「俺らも図書館に行くんだ。……勉強の仕方を教えてって、しかたなくてさ」
「あ、そう。……さすが人気者」
レイジィは「嫌味かよ」って。
ふと女の子達を見ると、やはり私に見覚えがあるのか、そのような雰囲気で声を潜ませ、何かを言い合っていた。
「そっちも勉強だろ? わからない所があったら、教えようか」
「は……? なんでレイジィが、そんなこと」
「お節介か。なら、ほっとくけど」
なんなんだ。
この子が何を考えてるのかわからない。
単に女の子達の手前、カッコつけたいのかなんなのか。そうは考えるけれど、私をまっすぐに見返してくる目からは……あの時の台詞が溢れているようだ。
「ほら、リノンも一緒に来いよ。一人じゃ、迷うだろ」
「ぇ。……あ、ごめん。ぁりがと」
正直言って、道に迷っていたかもしれない。
渋々彼の後ろにつくと、女の子達の警戒心が露骨に出た。でも、レイジィは彼女らを「俺がいるから、心配ないよ」と得意げに言い退けてて……。
なんだか、複雑な気分である。
都会っ子丸出しの女生徒にチヤホヤされて、お兄ちゃん風に振る舞う、かつての弟分。
(……チャラチャラしてて、気持ち悪いな)
何人も女の子を連れて歩く弟分を見る私の顔は……多分、ナイフみたいに尖っているのだろうな。
それでも、まだ私はこの子に期待されているんだと思うと……。
しかたない。ここは姉らしく、慈悲で包んでやろうかと、思い直すのであった。




