第九節
【 強くなるから 】
幼い頃に聞いた想いと、蒼い翼。
久しぶりに見るソレは、黒が蒼を生む翼。
ざあっと流れる水と似た魔力の動きは、力強さを見せつける。
羽ばたかないでいるのなら、獅子が毛色の濃さで力を誇示する装飾のよう。
そんなのは、威に染まったアナタの成れの果て。
そうなってしまったのかと、私の心は沈む。
いつまでも憶えていた幻想的な光景が──『雄々しさ』の一撃で、崩れていく。
私がそう思っていようと、周りはそれを待っていたと言わんばかりに湧き立った。
「サク君ー! 良い見本を見せてよー!」
拍手と声援で煽るオルン君につられて、会場を囲む空気が、みるみる一色になる。
レイジィ・サクを応援しよう。
彼の模範演技を、みんなで楽しもう。
……どうやって?
小さくて可愛かった面影もないのに。
それをどこに捨ててきたかも分からないのに。
どうやって、あの子の振る舞いを楽しめと?
「……」
色づく会場の中で、独り……立ち竦む。
これでは、解釈違いに頭を悩ませる私が……間違っているみたいで。こんな私を置いたまま、話は進む。
「──魔法は『送り』そして『届ける』。それを顕著に表したのが『飛矢』なんだ」
彼は言いながら、手をかざす。
それを合図に、一枚の羽が飴細工のように溶けたと思うと、彼の腕を渡って矢に変わり──飛翔した。
蒼い一閃は迷わない。
光の欠片を撒き散らす事もない。
ただただ一途な想いを光としたような飛矢は、好奇の中を駆け抜けて的に当たった。
会場に響く、壁の呻き声。解けた光は、水みたいに飛び散って……日の光と混ざり合う。
これが、レイジィが見せた一射目だ。
「……うわぁ゛」
誰でもいいから、私の複雑な気持ちを代弁してみてほしい。溶岩みたいだから。
レイジィの模範演技の妨げにならないよう、オルン君が身振り手振りで観衆の拍手を鎮めている。けど、褒めたい気持ちもわかる。
あの子の魔法は、一切の無駄がなかった。
それでいて……綺麗な閃きだったもの。
どうすれば、あんな魔法が出せるの?
私の心の内を見透かしたかのように……違う。同じことを思った人達に向けて、レイジィは言葉を繋げていく。
「今見せたのが、魔法の基本。もう一度やりましょう。見逃した人も、ちゃんと見ててほしい」
そうして放たれる、二射目。
雑念など微塵も感じられないくらい、真っ直ぐに飛ぶ魔法の矢。一途な想いの再現。
その純心で悪童が焼かれるぞ。
もはや、嫌がらせにしか見えなくなったけど……あの子を褒めたい気持ちも、微かに芽吹く。
強くなるから。そう言葉にした通りに頑張って、今の姿があるんだなって。
となると、もう幼呼びのレジィなんて溢せない。今度から、レイジィ『さん』って、呼んでしまいそうだ。
「──ご覧頂けたように、例え届ける先が人でなくても、想いを込めれば、しっかりと行き着く」
では、『想い』とは?
レイジィが、飛矢に込めた想いは、なんだったの?
「一言に想いと括っても、『嬉しい』や『悲しい』。『許せない』気持ちも、心踊るほど『楽しい』など、多々あります」
……目が、合った。
私を見ながら、あの子は、
「自分が矢に込めた想いは、とある人への『期待』です」
(……ぇ)
「──懐かしむ想いを翼に変えて、変わろうとする姿勢を応援したい。だからこそ、この飛矢はどんな所にも、届く!」
舞う──レイジィによる、演……舞台。
期待してる。その気持ちを全身で表現しながら、蒼い矢を放って、放って──放って!
強い想いを受け止めた壁が唸るも、怖いと感じる人はいるのだろうか。
むしろ駆り立てられるように、拍手が──歓声が巻き起こる。
「……あぁ、そんなに……」
綺麗で、圧倒される演技──情景。
見習おうとした気持ちが迷子になりそうだけど……静かに、手を合わせるくらいはいいでしょう?
拍手にはならない。
ありがとうと伝えるものでもない。
では、なんなのかと聞かれても困るけど……。
多分きっと、私は
あの子の気持ちが届いたような気がして
安心した……の、かな?
──
レイジィが舞台を降りてからも、会場のざわめきは収まらなかった。
「勉強になったろ?」
得意げな顔で戻ってきたレイジィが言うので、私は目を背けてしまう。
「……ソゥデスネ」
渋々と応えるのが精一杯。
ここに来て、いじっぱりが出るとは可愛くない。ヒスイカズラで伝わってほしい想いもブレてしまいそうだ。
私は「そんな事よりもさ」と、レイジィを応援してくれた観衆に頭を下げているオルン君へ、視線を移してあげる。
「オルン君にもあんな事させてさ……。ちゃんとお礼言いなよ?」
「ははっ」
アレがいつものオルンだしな──って。
レイジィは言われなくてもそうするさ、なんて言うや、私に一歩だけ踏み込んでくる。
「それで……やるよな。五射目」
「──は?」
まるで、自分の模範演技で私のやる気が復活した……みたいな言い方だ。
レイジィの中の私って、そんな人?
「いや、私はもう……今日は、その」
すごいな、イメージされた私って。
学んだから、もういつでも撃てますって意気込んでいるらしい。
でも現実の私は、そんな神童じゃあるまいしと消極的。ちゃんと飛矢を撃てるようになる為には、もっとしっかり勉強しないとダメだ。
──そう、思っている。
訂正してあげた方がいいのかなって考えていると、レイジィは「勘違いするな」って。
「俺は公平性を通したいだけ。リノンも付き合ってくれなきゃ、出張った意味がないから」
「あ、……確かに」
なんか、ごめんね。そこまで言えたらいいのだけど、撃つ気は起こらない。その落ちた気持ちが、レイジィとの壁になっている。
──ただ、意地悪なのが『公平性』とかいう大義名分。この子の顔を立ててあげるのも、姉としての箔がつくかもしれない。
打算的だな。……それでもいいのか。
でもまず、私自身で、その気持ちを掬い上げる前に、聞いておきたい事がある。
「……ねぇ」
ここは恥ずかしがらずに、真っ直ぐ彼の目を見る。
「 期待してる人って……私?」
──。
耳が澄む。
会場の喧騒が、一段とよく聞こえる。
そんな音に混じるレイジィのため息が、いちばん強く届いた。そしてこの子は、どうしたか。自分の腰に手を置き、めんどくさそうに言うのだ。
「──そうだよ? だから俺は、リノンにチャンスを与えたいんだ」
「チャンス?」
「……あのさ。見返せなくて、悔しくないの?」
「……?」
「なんだよ、その顔……。俺は悔しいよ? みんながリノンに驚かないところとかさ」
弟らしい……そんな可愛い事を言ってくれた後に、レイジィは「言わせんなよ」とボヤいて、顔を逸らした。
照れてるのかな。少し興味本位で彼の顔を追う。すると、
「──まずは四回の試射だ。いきなり五射目を撃つんじゃなくていい。だから」
「付き合えって?」
目を合わせてくれないレイジィが頷く。
「……当てられないよ?」
「……そんなに自信ないか」
「ありませんね」
当然でしょ──と、言わずして語る。
そしたら、レイジィは、少し考える素振りを見せた後──、
「わかった」
そう言い、歩き出してしまう。
私があまりに後ろ向きだから、がっかりさせてしまったか。
焦った私は彼の手を掴む。
「どこ行くの?」
「向こう側」
「むこう?」
この子が向いているのは、的がある壁だけど……。
何をする気なのか。その問いを口にする前に、レイジィは向こうを見ながら言った。
「想いを届けたいけど、人じゃないと無理。リノンもそういうタイプなら──俺に撃てよ」
「……あ、え?」
思考が……止まりそうになる。
この子が何を言い出したのか理解できない私に、今度は──しっかりと放たれる。
「 的は俺だ。当ててみろよ、ノーコン魔法使い 」
レイジィは、私の手を振り解き、歩いていく。その遠ざかる背中を見ながら、
「……なん。……あぇ?」
私は、ただただ戸惑う。
何が始まった? 何を始められた?
どんなに考えても、ソレをするのが正しい理由が思い浮かばない。
率直に言って、期待を暴走させてるように見える。
どうして、今?
どうしても、今しなければ意味がないって、試験官に言ったのは何故?
溶き解したい疑問は頭にこびりついたまま。
けどこれは、お姉ちゃんとしての性なのかな。あの子がそれを望んでいるなら、私もそうしないといけないような気がしてきて。
「──リノン! 始めるぞ!」
「ぁ、えあ。 うん!」
しかたないな。
レイジィの声に押され、私は舞台へと駆け出した。




