第八節
『この子は、歩けば花が咲く魔法。』
今となっては、花なんかいらない。
それでも咲きたければ、どうぞ、ご勝手に。
避ける余裕なんてないから、そのつもりで。
レイジィの言葉を必死に思い起こして、理解の外にある話に喰らいつく。要は、人や物への思いやりに光を灯せば、蒼の矢が現れる。
子供でも出来る、簡単な事。
私は、この簡単な試験を乗り越えて、魔法学校の生徒としての明日を迎えるのだ。
その始まりの場所で、足を止める。
舌が渇く。呼吸など忘れた。かっこわるい。
それでも、こんな私を応援するように、ヒスイカズラの髪飾りは、下がりかけの陽の光を跳ね返してくれていた。
「──それでは、事象魔法試験、受験番号9番、リノン・カホウさん。始めてください」
「 はいッ──! 」
紋様が刻まれた扇形の一角──試験に挑む者の舞台の上で、私は、自分の背中を押してあげた。
いざ、的となる壁を見据える──。
さっきの女の子みたいに、片手で挑戦しようとも考えた。でも、ここまで歩く間に膨らんだ不安が強すぎて、もうっ……。
だから、形だけでも強がってやろうと、的に向かって両手を突き出した。
今は、やり切ろう。
そう強く思い、私を魔法使いに落とし込む。
「──」
息を、ゆっくり吸い……。
「──」
細く、時間をかけて吐き出す。
「────」
微かに香った潮の匂いと、喧騒も──。
次第に、肌で感じる全てが離れていく。
まぶたが重くなり、意識は──深い海へと落ちる。
そこは、彩られる魔法の着地点。
真っ暗な世界で一人。ここで、あるわけがない矢を探し始める。
どこを見ても黒。
形など作られず、色さえ滲まない。
「はぁ──」
黒を見限り、薄く目を開ける。
纏う魔力が、重い冷気のように足に絡みついている。想いを空かせた魔法のなり損ないだ。
では、強く抱いている気持ちを──魔法の糧に。
そうして思い浮かぶのは、お母さんの姿。
魔法学校に入るために、頑張って勉強していた私を、ずっと見守ってくれた。
「私、魔法学校に着いたよ」──この伝えたい想いを、大好きなお母さんに届くように。
──魔力は蒼く迸れ。
「──第一射、撃ちます!」
途端、魔法とも呼べない蒼の光が、突風を伴い走り出す。まるで視界を奪う砂嵐のよう。観衆の驚き戸惑う様子が波となり、隣の会場にまで渡ってしまう。
吹き荒れた風と光は、人々が混乱する様を堪能し終えたかのように、霧と消えていった。
「……ぁー」
こんなの、的に届ける以前の問題。
そりゃ、そうなるよね……と。私はどよめきから目を逸らして、冷や汗が滲む頬を撫でていた。
「──リノン・カホウ、継続するか?」
試験官は、こういう事に慣れているのだろう。観衆をなだめる役目を在校生達に任せて、こちらに問いかける。
もちろん私は──。
「はいっ。続けます!」
変わらないと分かっていても、再び両手を構えた。
────
二射目。──三射目。
そして、四射目……。
私の魔法は、当然変わり映えをすることもなく、起こしたことと言えば、暴発まがいに地鳴り。おまけに、何も起こせずに終わったり……。
さっきの女の子みたいに、目を惹かれる魔法を撃つならまだしも、光と突風と変な音しか起こさない子は見てられないだけだ。
話は聞き取れなくても、穏やかさのないざわめきに晒されて、
(……なんか、もう)
いよいよ私も、心が折れはじめていた。
オルン君はずっとにこにこしているけど、レイジィは……なんだか不機嫌そうに、そっぽを向いている。
キミが言いたいことは察しがつく。
でも、教えられたところで、上手くいかないのは当たり前。そんなの自分がよく分かっている。
そもそも想いを届けるってなに?
想いを届けたかったら、手紙でいいじゃん?
通信だって出来る時代だぞ?
わざわざ魔法に頼る意味とは?
一度疑い出したらキリがなく、もはや魔力に乗せる想いすら定まらない。
「……どうする? 続けるか、やめておくか」
「え。……ぁ」
試験官の声にも、そろそろ諦めた方が良いと諭すような響きを感じる。
正直言って、私も同感だ。このまま五射目に挑んだところで、矢など出来るものか。
やはり同じなのだ。小さい頃と……神童なんて呼ばれていた頃と。
……このまま続けたら、きっとみんな怒りだす。そんなの、私は見たくない。なら、ここで。まだみんなが、何も言ってこない今の内に──。
──いっそのこと、皆を黙らせちゃえば?
ふと、サテン先輩の声が過り、彼女の姿を探してしまう。
どこかで私を見ていたら、先輩はどんな顔をしているんだろう。黙らせはしてないけど、きっと、このままでいい。怒られるよりも、ずっといい。
──そう思いながら、私は舞台を降り……試験官へ歩み寄る。
「断念か?」
「あ、えと──」
はい──って、言おう。
試験官の声は事務的だけど、少しだけ見せてもらえた暖かさに、私は赦された気がした。
だから諦めたつもりはなく、また次の機会があった時に向けて、今は頷く。
私なりに、前向きな判断をしようとした時だった。
「──?」
誰かが近付いてくる足音に、振り返る。
「試験官。その前に、少し良いですか?」
勢いのまま、私と試験官の間に割って入ってきた人は──。
「ぇ。レイジィ?」
「……どうした、レイジィ・サク君」
不機嫌そうな顔が一転。
怖いくらい真面目な面持ちで、レイジィは試験官を真っ直ぐに見て言う。
「──試験前、そこにいるオルン・カト模範生が、受験生達の前で飛矢魔法の手本を見せていましたよね」
私は初耳だけど。試験官は、向こうで苦笑いをしているオルン君を一瞥し、向き直る。
「そうだな。それで?」
「しかし、このリノン・カホウ受験生は遅れて入場した為、見本を見ていません」
それゆえに、先程のような目も当てられない結果になった。レイジィは私を見下ろして、同意を促してきた。
反論したら足を踏んできそうな鋭い圧に、私は意図せず何度も頷く。
試験官は「何が言いたいのかな」と目を伏せ、持っていた観察レポートらしいパネルに、ペンを滑らせた。
何を言っても聞き入れそうにない雰囲気。
そんな試験官に、レイジィは──
「自分が、見本を見せます」
強い口調で、押し通そうとした。
「──見本? 今からか?」
「はい。その後に、彼女には五射目に挑んで頂きます」
「……え。レイジィ?」
その提案は、すごくフェアな感じをさせているけど……それなら最初にやってよとは言い出しにくいのはなんだろう。
戸惑う私をよそに、二人は続ける。
「こちらも責任ある立場ゆえ、勝手な判断は出来ないのだが」
「ならば、見なかったことに」
「……もう、戻りなさい。試験後に外でするなら問題ない」
「お願いします。どうしても、今、しなければ意味がありません」
「……何を言ってる?」
「どうか、今だけは目を瞑っていてください」
圧……いや、切実で真面目な懇願。
少し怖い。けど、試験官は彼に圧されているわけではなくて、困った様子で手元を迷わせる。
一瞬、私とも目が合うも、レイジィが私を背に追いやってしまう。意見を言わせない、窺わせない。そう意図した態度に、
「──まったく」
試験官は諦めたように溢す。
そして、彼の手元からメキメキと聞こえて──。
べきりと鳴った音に、少しびっくりした。
見ると、試験官がペンを……へし折っていた。
「お。……壊れてしまった」
使い古されていた物だったからな──と、試験官はわざとらしく呟いた後、
「話の途中で悪いが、ペンを交換してくる。戻るまで、大人しくしていなさい」
近くにいたオルン君に臨時の監視役を言い渡した。そうして、他の在校生にも声をかけながら退場していく。
そんな試験官の背を、わけもわからず見届けていた私に、レイジィは突然肩をぶつけてきた。
「リノン、よく見てろ」
「なっ、に?」
大人しくしてろって言われたのに、あの子は舞台へ近付いていき──、
「──皆様にお伝えします!」
観衆へ向けて、大きく声を張り上げた。
「先程、受験生に対し、こちら側の案内に見落としがありました!」
その言葉に習ったか、オルン君までも「静粛にお願いしまーす!」と、調子を合わせて声を上げている。
「これより、受験番号9番──並びに、その可能性のある他の受験生への公平性を期する為、今一度、飛矢魔法の模範演技を致します!」
そして、それを行うのが──レイジィ・サクであると。オルン君が楽しそうに理解を促していた。
彼らの宣言を聞いた観衆は、突然の事ではあるけれど、公平性を謳う姿勢に批判を浴びせはしなかった。むしろ、湧き立つ声は逆方向。
歓声。拍手。肯定。笑顔。
それは、レイジィが観衆を味方につけられる地位を持っていなくては、起こり得ない反応の波だった。
「……なにこれ」
色めく喧騒は、私の声も掻き消した。
そうして、舞台に立つレイジィ・サクという人気者。
しばらく見ない間に、そうなってしまっていたあの子が、一度、私と目を合わせる。
何を見せる気?
私の心の内を汲み取ったように、レイジィは一瞬、笑った。
静まる空気に、期待のさざめきが湧く。
その直後──彼の背から一対の光が噴き出した。
それは、見覚えのある蒼と黒の魔法。
幻想的で、ひと時も忘れたことのない──
「レジィの、──『翼』!」




