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絶体絶命のピンチで『あなたを愛することはない』はおかしくない?

作者: 満原こもじ

「わたしがあなたを愛することはないです」

「う、ウィアー君……」


 しまった、セリフを間違えたか?

 言うべきことがあったら言っとけと言われたので、つい本音が出てしまったのだが。

 教諭はアタフタしているが、公爵様は愉快そうな顔をしているな。

 大失敗ではないと思いたい。


 今わたしがどういう状況なのかって?

 授業料を払えなくて、貴族学院をクビになりそうなの。

 幸いわたしの成績がよかったので、教諭達が惜しんで後援者を探してくれた。

 その後援者候補の公爵様との面接なのだが。

 さて、わたしは合格? 不合格?


 ――――――――――エドウィン・モアキャッスル公爵視点。


 貴族学院から連絡を受けた。

 優秀な女生徒が授業料を納入できず、退学になりそうだと。

 援助してくれまいかとのことだった。

 僕が才能のある者に援助していることはよく知られているから。


 問題の女生徒はウィアー・ニール男爵令嬢。

 いや、元男爵令嬢か。

 どうやら実家から縁を切られたらしい。

 

 ニール男爵家と言えば貿易で成り上がった、商家上がりの貴族だ。

 高位貴族との伝手を求めるのに、成績優秀な娘なんて格好の素材じゃないか。

 娘の授業料を払えないほどニール男爵家は経営が傾いてるのか?


 しかし教諭が首を振って、報告書の一部を指差した。

 ウィアー嬢は先妻の子?

 ははあ、継母に疎まれてという、お涙ちょうだい通俗小説によくあるパターンか。

 だから貴族学院も同情的なんだな?


 早速ウィアー嬢と面会した。

 まあグズグズしていると新学期が始まってしまうから。

 一通りの挨拶の後、言うべきことはないかねと聞いたら、『わたしがあなたを愛することはないです』と来た。

 実に面白い個性だ。

 僕の好みではある。


 僕に金で身体を買われると思ったのか、それとも生い立ちから愛情に関して不器用という意味なのか。

 どっちとも取れるが、いきなり言うかね?

 僕は条件面で言いたいことがあるならと聞いたつもりだった。

 しかしウィアー嬢にとってこの宣言は、条件より大切なことなのだろう。


「気に入った。ウィアー嬢は責任を持ってモアキャッスル公爵家で預かろう。籍はどうなっているんだい?」

「既に実家からは抜かれていると連絡がありました」

「手回しのいいことだな。都合がいい」


 無論都合がいいとは、後からニール男爵家に口を出される筋合いがないだろう、という意味だが。


「ですが貴族の姓を持たないと学院には通えないものですから」

「うちの持つ男爵家の姓がある。それを名乗らせよう。君は今日からウィアー・バイロンだ」


 この自立心の強そうな少女には、何となく僕の養女にするより別姓を名乗らせた方がいいと感じた。


「ウィアー・バイロン……」

「ハハッ、気に入ったかい?」

「はい、ありがとうございます」

「では役所まで付き合いたまえ。手続きを済ませてしまおう」


          ◇

 

 ――――――――――ウィアー視点。


「素敵な絵ね」

「ああ、お嬢か」


 絵描きの卵ルパートだ。

 彼もまた公爵エドウィン・モアキャッスル様に庇護される一人。

 まだ公爵家に来たばかりのわたしに気さくに話しかけ、色々教えてくれた人だ。


 エドウィン様は本当に様々な者に庇護を与えているけれど、皆が皆有望なのかはわたしではわからない。

 ただルパートは才能あると思う。

 だって彼の絵はこんなにも心を温かくする。


「次のコンテストはイケそう?」

「どうかな。難しいと思うけど」


 悲観的だな。

 エドウィン様は芸術家の卵を抱え込むのが好きらしい。

 ただ芸術家というものは縦横の繋がりが重要らしく、有名な芸術家の弟子か、有力な画商の推しというのでなければ、なかなか独り立ちできるまでにならないのだそうだ。


 エドウィン様はパトロンとして有名だけど、ハズレを引く公爵とも言われているみたい。

 ありがたいのか迷惑なのか。

 しかし一人でも有名人が出れば悪い噂を払拭できそうではある。

 わたしも画商を知らないではないけど……。


「……今のままじゃルパートを売り出しても難しいわ」

「えっ?」

「いや、こっちのこと」


 わたしは父の仕事を手伝わされていたから、商人とも縁があるのだ。

 しかし金をかけないと画商は乗ってくれない。

 そしてエドウィン様は皆に平等に手をかけてくれるけれど、誰かを贔屓してプッシュしてくれる人ではないのだ。

 また由緒あるモアキャッスル公爵家と言えども、さほど裕福というわけではない。


 つまりわたしの出番だ。

 ガツンと儲けてエドウィン様庇護下の食客達を売り出そう。

 わたしを拾ってくれたエドウィン様に恩返ししてみせる。


 幸い公爵家領は王都に近く、広い。

 打ってつけだ。

 まずは庭師と相談してからだな。


「お嬢、学院の方はどうなんだい?」

「特に問題はないわ」


 というか授業料と実家の干渉という、一番の問題がなくなってるから、精神的にも時間的にもすごく余裕あるけど。


「お嬢が来てから、公爵様の機嫌がいい気がするんだ」

「そうなの?」

「間違いないね」


 わたしの研究と商才が期待されているんだな?

 頑張ろう。


          ◇

 

 ――――――――――ニール男爵家当主ダロン視点。


 妻や他の子供達が、ウィアーの癇癪と暴力で命の危険を感じると言っていた。

 家族仲が悪いとイライラするのがわからんか。

 ウィアーを追い出したが、それからどうも商売がうまくない。


 くそっ、学院に通ってる合間にこき使ってただけなのに、何でウィアーの影響力が大きくなってるんだ!

 わけがわからん。

 俺としたことがウィアーの手腕に気付いてなかったとは……。


「よう、男爵様」

「何だ」


 親父が爵位を買ってから二〇年は経っていないが、俺は立派な貴族だ。

 というのに、昔からの商人仲間は気安い。

 いいこともあるが、こいつらが恐れ入るくらい、もっと高位の貴族を相手にできるようならなければダメだな。


 ああ、返す返すもウィアーは惜しかった。

 飼って利用する方向で考えるべきだった。


「ウィアーちゃんをモアキャッスル公爵家に潜り込ませたのかい?」

「えっ?」

「ハハッ、とぼけんなよ」


 モアキャッスル公爵家にウィアーがいる?

 このしたり顔からすると確実な情報みたいだな。

 知らなかった。

 懲罰のつもりでニール男爵家から籍を抜いて放逐したから、野垂れ死んでるか浮浪者みたいになってるかだと思ってた。


 しかしウィアーがどうして公爵家に?

 あっ、学院の伝手か?

 もう少し情報が欲しい。


「あんたに上昇志向があることは知ってたさ。しかしまさか公爵家とは驚いたぜ。大胆な策だな。さすがに男爵様ともなると違うわ」

「ま、まあな。何で知ってるんだ?」

「目端の利くやつは皆気付いてるぜ。が、ウィアーちゃんが抜けて、肝心のあんたの手が足りてねえんじゃねえか?」

「……」

「図星かよ。まあ布石が生きてくるといいな。あばよ」


 ウィアーの評価は商人仲間でも高いのか。

 しかも俺が戦略的にウィアーをモアキャッスル公爵家に送ったと思われているらしい。

 助かった。

 ウィアーを切ったとなったら、俺の見る目が疑問視されかねなかった。

 ウィアーとモアキャッスル公爵家の情報を集めなければ……。

 

          ◇

 

 ――――――――――四ヶ月後。ウィアー視点。


「ほう、ワタとはこのように美しい花を咲かせるものなのだな」

「エドウィン様は御存じではありませんでしたか。これは外国産の収量の多いワタなのです」


 王都公爵家邸で、庭師と相談しながら試験的に栽培してみた作物のお披露目だ。

 父に輸入したワタの仕分けを手伝わされた時、紛れ込んでいた種を取っておいたもの。

 無事育ってよかった。


「公爵領で栽培を奨励していただけるといいと思います。結構な儲けになると思います」

「うむ。して、この実は?」

「ツルレイシです。これも外国産のものです」

「おお、苦い苦い! 珍しい!」

「苦味が健康にいいとされているのですよ」

「そちらはトウガラシか?」

「あっ、触っては危険です! デタラメに辛いトウガラシなのです。下手に触ると手がただれます!」

「おお、珍しい! 面白い!」


 エドウィン様は目新しいものを好むようだ。

 どうやって栽培することを認めさせようかと思ったけど、この分なら簡単だな。

 一定の需要があることはわかってるから……。


「今まで輸入でしか手に入らなかったものです。公爵領産のものなら、輸送コストを考えれば外国産に価格で勝てます」


 知り合いの商人に声をかけよう。

 絶対に乗ってくる。

 モアキャッスル公爵家と縁を持てるチャンスなんてそうそうないから。


「うむ、素晴らしい! まだあるのか?」

「あります。植物はわたしの得意分野です。国内のものでも今まであまり顧みられてなかった植物があるのです」

「ふむ?」

「商品作物の産業化を少しずつ進めましょう。資金ができたらエドウィン様の庇護下にある芸術家の卵を売り込みます」

「よし、ウィアー嬢に指揮を任せる」

「えっ?」


 わたしは捨てられっ子だよ?

 任されても、誰もついて来ないことない?


「領の経営は現在父が行っているのだ。新しい産業には興味があるはずだから」


 つまり先代を説得しろということだな?

 了解です。

 幸い学院の夏季休業期間に入る。

 わたしがモアキャッスル公爵家のサクセスロードを敷設してみせる!

 

          ◇

 

 ――――――――――ニール男爵家当主ダロン視点。


 ダメだ。

 俺がウィアーをニール男爵家から追い出したことが、商人仲間にバレつつある。

 ウィアー・バイロンなんて名乗っているからだ。


 ウィアー・ニールと名乗っていてくれれば……いや、籍を抜いたのだった。

 せめてウィアー・モアキャッスルだったら、俺が養女として送り込んだと思われただろうに。

 いつからバイロンなんて絶えた男爵家の姓を名乗っているか知らないが、これもウィアーの意趣返しだろうか?


 格の高い公爵家に出入りするのは難しい。

 しかし実際にウィアーと接触する者も出始めるのではないだろうか?

 使える娘を排除したことが共通認識になると、俺自身が見限られそうな情勢だ。

 何とかせねば……。


 ウィアーを取り返すしかない。

 そうだ、少々の諍いがあって家を飛び出した娘。

 その娘がモアキャッスル公爵家に保護されているから迎えにいく。

 あるいは奪われた娘を取り戻す、でもいい。


 いい機会はないか。

 ちょうど王家主催のガーデンパーティーがある。

 バイロン家の名札をぶら下げてるなら、おそらく披露のためにウィアーも出席する。

 脅してでもいいからウィアーを手に入れなければ。

 何故なら我が娘なのだから!


          ◇

 

 ――――――――――王宮庭ガーデンパーティーにて。ウィアー視点。


 何げにわたしの社交界デビューだ。

 ニール家にいた頃わたしは日陰の存在で、パーティーなんて出席したことがなかったから。

 しかも公爵たるエドウィン様のエスコートで登場と、注目浴びまくり。

 テンション上がるわ。

 どうぞよろしく。


 何人かに紹介してもらったけど、皆さんエドウィン様がパートナー連れてるなんて珍しいという反応だったな。

 そういえばエドウィン様って独身だ。

 親しい女性がいるわけでもなさそうだし、何でだろ?


「さて、僕はもう少し挨拶回りしてくるよ」

「はい、ではわたしは学院の友人達もいますので、そちらで楽しんでおります」

「王家のガーデンパーティーは夏野菜が最高なんだ。料理の主役じゃないから、見過ごされがちだけどね」


 ほう、エドウィン様が最高って言うくらいか。

 興味あるな。

 植物に関しては譲れないから、ぜひともチェックしていかねば。


 友人と話したり料理に舌鼓を打ったりしている内にその時はやって来た。


「我が娘ウィアーではないか」

「えっ?」


 我が娘と言うからには……やはり父だ。

 商人特有の貼り付けたような笑顔を浮かべた、恰幅のいい男が話しかけてきた。

 でもわたしはニール家の籍を抜かれてるんだよな。

 何と呼びかけるべきだ?


「……ダロン様。お久しぶりです」

「おお、ダロン様などと他人行儀な!」


 いや、わたしを他人にしたのはあんただからね?

 今更何の用だろう。

 大方商売の方でてんてこ舞いだから手を貸せってことなんじゃないかな。

 それ以外に父がわたしの機嫌を取る意味がない。


「……お義母様はどうなさったのです」

「置いてきた。今日はウィアーと話したかったのでな」


 あれっ?

 たまたまわたしを見つけたから話しかけてきたのではなくて、わたしが標的なのか。

 じゃあ実家の商売かなりピンチ?

 しかし父の大声とオーバーアクションで、チラホラ興味深げの人もいるな。


 嫌な予感がする。

 父が商人顔のまま言う。


「そなたがヘソを曲げて家出したことに関しては許す。またそなたを守りきれなかったことについては謝る。だから帰ってきてくれ」

「……」


 ははあ?

 追い出したって言うと体裁が悪いから、わたしが出て行ったことにするのか。

 どうせわたしが戻ったって、扱いは変わらないんだろう。

 こき使われるだけだな。


 だけどわたしに頭を下げたところを、パーティーの列席者に見せておく狙いがあるんだと見た。

 父にしてはやるじゃないか。


「……お断りいたします。わたしはエドウィン様にお世話になっておりますので」

「おお、モアキャッスル公爵家は娘を取り上げるのか!」


 エドウィン様がわたしを強引に連れ去った体にするのか。

 まずい。

 わたしが実家を放り出された証拠なんてすぐには出せない。

 このままだと下世話な噂が飛び交ってしまい、エドウィン様とモアキャッスル公爵家に迷惑がかかってしまう。

 どうすれば……。


「どうしたんだい? ウィアー」

「エドウィン様!」


 父の笑みが強くなった気がする。

 この状況を想定していたんだな?

 ああ、エドウィン様が悪者にされてしまう!

 

「エドウィン殿! 娘をお返しくだされ!」

「返せとな? これは異なことを。ウィアーは既にニール男爵家に籍はないと聞いているが」

「そのような事実はありませぬ!」


 くっ、役所にも手を回してあるのか。

 金を積んで籍を戻すとかの裏技があるんだな?

 商人は権利関係に強いから。


「ウィアーは実家に帰りたいのかい? 今のままがいいのかい?」

「もちろん今のままがいいです!」

「ああ、娘よ! 我が儘を言わないでおくれ。父が悪かったのなら謝るから!」


 何という三文芝居。

 でも父に同情が集まっているように思える。

 逆風だ!


 エドウィン様が笑いながら手袋を父に投げつけた。

 えっ? これって……。


「ハハッ、水掛け論は野暮というものだな。ダロン殿。せっかくの華やかなパーティー会場だ。一つ花を添えようではないか」

「……花を添える、とは?」

「貴殿が取るか僕が取るか。ウィアーを巡る決闘だ!」

「「「「「「「「わああああああ!」」」」」」」」

「貴殿もまた貴族、よもや逃げはしまいな?」

「「「「「「「「わああああああ!」」」」」」」」


 逆転だ!

 さすがエドウィン様!

 貴族の集まる場での盛り上げ方をわかってる!

 決闘で決まることに文句を言うのは無粋というものだから。


 だけど父は剣術の心得なんかない。

 何だかんだ理由をつけて受けないのでは?

 それはそれでしらけると、父やわたしから群集の興味が薄れそうではあるが……。


「お戯れを。エドウィン様にはとても敵いませんよ」

「ふむ、年齢の差もあるしな。ではこうしよう。ダロン殿は好きな武器をどうぞ。僕は無手でいい」

「「「「「「「「わああああああ!」」」」」」」」


 ここまで譲歩されては父も断われまい。

 エドウィン様やるっ!

 でも危なくない?

 無手で勝負になるの?


「……後悔なさいますな?」

「僕の言い出したことだからね。ここにいる皆さんが証人だ!」

「「「「「「「「わああああああ!」」」」」」」」


 一大イベントになってしまった。

 あっ、陛下までこっち見てる!

 これわたしを取り合う勝負なんだよね?

 何だかいたたまれないんだけど。


 父が近衛兵からサーベルを受け取った。


「いざ」

「尋常に勝負!」


 父は慎重だ。

 突きを繰り出そうと構えている。

 対するエドウィン様は特に構えもせず、ただフラフラしてるように見える。


 ……隙だらけみたいだけど、エドウィン様は生まれながらの大貴族。

 剣術の心得くらいあるよね?

 いや、でも今は無手なのか。


「ダロン殿、武器を持ってる方が攻撃しないと。それがマナーだよ」

「くっ!」


 マナーなの?

 余裕があるのはエドウィン様だな。


 と、満を持して父の突き!

 鋭いと思ったけど、突き出した腕を取ってエドウィン様の背負い投げ!


「勝負あり! エドウィン様の勝利!」


 近衛兵の宣言により、勝負は定まった。

 割れんばかりの大歓声だ。

 仰向けにひっくり返っている父に、エドウィン様が言う。


「僕の勝ちだ。ウィアーは僕がもらう。たった今からウィアーは僕の婚約者だ!」

「えっ?」

「義父殿、今後ともよろしくね」

「「「「「「「「わああああああ!」」」」」」」」


 メッチャクチャ盛り上がってるけれども!

 わたしの取り合いを婚約という形に落とし込んだのか。

 決闘での結果だから父は諦めざるを得ない。

 エドウィン様もモアキャッスル公爵家も、これでスキャンダラスな噂を気にする必要がなくなる。

 そしてモアキャッスル公爵家と繋がりができたと世人に思われるので、ニール男爵家も救われる?

 あれ? いいことばっかりだな。

 何か騙されたみたい。


 エドウィン様が言う。


「愛するウィアーよ。いいかな?」

「……はい」


 いやもうこんな場面で拒否できるほど、わたしは空気の読めない子じゃないわ。

 でもエドウィン様はいいのかな?

 わたしが婚約者で。

 家格が違い過ぎるんだけど?


「ありがとう」


 手の甲にエドウィン様がキスを落としてくれた。

 うわー、顔が火照る!


 陛下から声がかかる。


「ホッホッ。公、面白い余興じゃったぞ」

「恐れ入ります」

「さあさ皆の者よ! 宴はまだまだ続きますぞ!」


          ◇

 

 ――――――――――三日後、公爵領に向かう馬車の中で。ウィアー視点。


「何が何だか」

「ハハッ、いいのさ。僕は最高の婚約者を手に入れた」


 ガーデンパーティーの日、公爵家邸に帰ったら大騒ぎになった。

 ようやく旦那様が婚約する気になったの、私は最初からウィアー様がいいと思ってましたの。

 わたしってエドウィン様に気に入られているという目で見られてたの?

 全然気付かなかったわ。


 絵描きの卵ルパートが旦那様と並びの絵を描かせろって言ってきた。

 他にも結婚衣装をデザインさせろの詩を読ませろの歌わせろのてんやわんやだ。

 いろんな食客がいるなあ。

 領から戻ってきたら皆の要望に応えなければならない。

 皆拘りが強そうだから大変なんじゃないかなあ?

 嬉しいことなのに憂鬱だ。


「あのう、エドウィン様はわたしが婚約者でいいんでしょうか?」

「もちろんだ! ウィアーほど才能豊かで面白い令嬢は見たことがない!」


 あ、エドウィン様は目新しいもの好きだからか。

 いや、わたしは家格差とかを気にしてるんだけど。

 領にいる先代夫妻はわたしのことなんか認めないんじゃないの?


「僕も二七になるまで独身だったからね。両親も大喜びしてくれるはずだ」


 エドウィン様はわたしより一二歳年上なのか。

 でも捨てられたわたしを拾ってくれて。

 決闘で決闘という選択肢を提示して、鮮やかに勝利して。

 

「どうしたウィアー。ぼーっとして」

「いえ、エドウィン様は素敵な方だなあと思いまして」

「ハハッ、僕に惚れてしまったか」

「はい」


 エドウィン様は笑うけど、惚れてまうやろこんなん。

 ただ……。


「……どうしていきなりだったのです?」

「ん? 婚約の話がか?」

「はい。ちょっと腑に落ちなくてですね」


 気配の『け』の字もなかったわ。

 普通は前兆みたいなものがあるんじゃないの?

 甘い雰囲気みたいな。

 エドウィン様は芝居ががってるところがあるから、考えてることがよくわからない。


「ウィアーは僕と初めて会った時のことを覚えているか?」

「もちろんです」


 学院でエドウィン様と面会した日。

 そこでわたしは救われたのだ。


「君は言った。『わたしがあなたを愛することはないです』と」

「あ」


 わたしは家庭ではほぼ無視されて育った。

 愛想みたいなのを期待されても困る、という意味だったのだが。


「自分を高く売りつけなければいけない時にあの言い草だからな。正直面食らった」

「申し訳ありません」

「ツボだ」

「は?」

「あの場面でああ言える令嬢が他にいるだろうか? 完全に僕のツボだった」


 エドウィン様も変わった人だなあ。


「僕を見ると気に入られようと媚を売ってくる令嬢ばかりなのでね。ウィアーは実に新鮮だった。そして僕は心に誓った。ウィアーを惚れさせ、妻にしてみせると」

「高く買っていただいてありがとうございます?」

「そこは疑問形なんだな。才能も大したものだ。僕の知らない知識がポロポロ出てくるじゃないか」

「父の商売を手伝わされてたせいもありますね」

「何でも血肉になるものなのだなあ」


 わたしにはやらなければいけないことがある。

 珍しい植物の栽培から新産業を興すこと。

 得た利益でエドウィン様の庇護する者達を売り出すこと。

 成功をもって、わたし自身をエドウィン様に相応しい妻だと世人に認めさせること。


 嫁をもらえないから捨てられた娘を娶ったなどと言われては、エドウィン様の名誉に関わる。

 そんなのはわたしが許せん。


「エドウィン様はわたしを救ってくださった恩人ですから」

「うん。ウィアーと一緒なら、まだまだ面白いことがあるだろうと思ってるんだ」


 エドウィン様に優しい目を向けられる。

 が、少々困る。

 わたしは自身を面白みがあるなんて思ってないからだ。

 どの辺が気に入られてるのか、もう一つわからないと言うか。


「天然素材だ」

「天然素材、ですか」

「そのままのウィアーが好きだよ、って意味さ」


 うわああああ、ドキドキするわ!

 しかし好き勝手していいんだと理解した。

 わたしは恩知らずではないので、絶対にエドウィン様の力になってみせる。

 永遠の忠誠と愛をあなたに。


          ◇

 

 ――――――――――ニール男爵家当主ダロン視点。


 公爵エドウィン様のおかげで、最悪の事態は避けられた。

 しかし商人仲間達から俺に向けられる目は優しくない。


『男爵様よ。あんた結局ウィアーちゃんを追い出したんじゃねえか』

『金を生まない家族を大事にして、金を生む娘を追い出すのか。さすがに貴族様はしがない商人とは違うぜ』


 嘲笑されている。

 が、モアキャッスル公爵家と縁戚になったのは事実なのだ。

 逆転は可能。

 妻と二人の子供達の前に本を積み上げる。


「な、何ですの? あなた」

「お前達の要望通り、ウィアーを追い出した」

「父上、ウィアーは公爵エドウィン様の婚約者になったと聞いたのだが」

「どうせすぐに追い出されますわ」


 ウィアーが追い出されたら、モアキャッスル公爵家との繋がりが切れる。

 ニール男爵家の危機だということが理解できんのか!

 ああ、やはりバカどもだ。

 俺は家族のことを何も見ていなかった。


「ところで父上。この本の山は何ですか?」

「なあに、ウィアーがいなくなったのでな。人手が足らんのだ。お前達に商売を学んでもらい、ウィアーの代わりを務めてもらう」


 妻よ、息子よ、娘よ。

 何を固まっているのだ。

 お前達がバカにしていたウィアーでもできることなのだぞ?


 ウィアーの癇癪と暴力で命の危険を感じると言っていたな。

 ウソなのだろう?

 あるいは大いなる誇張なのか。


 まあどちらでもいい。

 過ぎた時間は戻せない。

 お前達が働くしかないんだ。


「あ、あの。あなたはわたくしに淑女でいてくれと言ってくださったのでは?」

「うむ。ウィアーが俺の片腕として働いていた時はそれでよかった」

「で、でも……」

「ウィアーのやっていたことをすべてやれと言っているわけではないんだ。三人で分担してくれればいい」


 安堵する三人。

 こっちはため息を吐きたいよ。

 俺の仕事を手伝おうという気概を持たなかったことに。

 お前達一人一人がウィアーの三分の一の能力を持っているか、危惧されるということに。


「まあ肩肘張らなくともよい。ウィアーでもできていたことだ」

「そ、そうですよね」

「手分けしてでもいい。三人でこれらの本を読め。一〇日後にテストする」

「「「ええっ!」」」


 俺はもうお前達に甘くしない。

 お前達の言う通りにして今のこのざまなのだ。

 ニール男爵家存続のために、仕事だけではなく苦労も分かち合え。


 特に息子よ、お前は俺の後継ぎなのだ。

 愛情を込めて鍛えてくれる。

 覚悟しろよ。


「さ、寒気がします」

「気のせいだ。商売が上向けばいい婚約者も得られるだろうからな」


 ハハッ、息子と娘のやる気がちょっと出たか?

 先は長いが、厳しくいくぞ。

 5/17、ちょっと書き加えました。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 どう思われたか↓の★~★★★★★の段階で評価していただけると、励みにも参考にもなります。

 よろしくお願いいたします。

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波に乗り遅れてしまいました。今、私が読んだのは修正版ですね。 確かに、義理の家族のワタワタが良い感じにオチになっていますね。 なんだかんだニール家もギリギリ踏みとどまりそうですね。 こういう展開も嫌…
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