優しい恋人。
結論から言うと祐樹くんは、話しやすい男の子だった。
知らずに告白してきたんだ?なんて突っ込まれてもいけないので、こちらの情報を渡しつつ祐樹くんのクラス、趣味、部活なんかを誘導しながら聞いていく。頭のメモリーに叩き込んで、忘れないようにしないと。
「美咲とは一緒のクラスになったことなかったね。あったら、たぶん知っていたし。明日も、明後日も一緒に帰ろう」
薄く目を細めて笑う、祐樹くんは眩しい。
紳士的なのか、わたしを家まできちんと送り届けてくれた。
連絡先を交換し合い、おやすみなさい、と告げられる。今のところバレてはいないようだ。
もしかしたら、たくさんいる彼女の一人なのではと疑心暗鬼になったが、そうでもなさそうだ。
情報収集しながら、そうして何日も経過し――……それどころか、すでに一か月が経過しようとしている。別れを告げることも告げられることもなく、いおうとするタイミングで、いいそびれることが何度も続いて。
そのうちに、いよいよ理想の彼氏、のような祐樹くんのことが気になってきてしまって――……。
祐樹くんの自宅にテスト勉強しに行ったとき、神崎先輩に会った。そうして祐樹くんが俺の彼女、と端的に紹介する。一瞬驚いた後、そうなんだと眩しい笑顔で返された。
「兄貴のこと、どうかした?」
「ううん、大丈夫」
当たり前の話なのだが、神崎先輩がわたしのことをなんとも思っていないのは知っていた。テスト勉強は身に入らず、祐樹くんに再び気を使わせてしまった。祐樹くんに申し訳ない。傷が深くなる前に本当のことをいって別れよう。
素直に申し出ないのは、彼にとって失礼だ。
ひきょうな私に好きになってもらう価値なんてない。
息が詰まり、祐樹くんの腕を掴んで覗き込むように顔を見る。
「いいたいことがあって」
「……何?」
「わたし、神崎先輩のことが好きだった。あの日、告白しようとしたのも先輩で――靴箱を、間違えてしまったの」
祐樹くんは黙ったままだ。
それはそうだろう、怒りで我を忘れても仕方ない言葉だろうし。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
涙をこぼした自分を殴りたい。こんなことをいわれて、泣きたいのは祐樹くんだろう。ペンケースと教科書を片付け、早々に部屋を出ようと立ち上がろうとした。ぐい、と腕を思い切り引かれ、引き留めらる。
「ええと、確認するけど、兄貴はもう好きじゃない?」
「うん……」
もう神崎先輩の事をみても、なんとも思わない。わたしが先輩にあって一番に驚いたのは、そこだった。
「俺の事は?」
言葉に詰まる。わたしは神崎先輩を恋愛的な意味で好きじゃなくなったんだろう。あれだけ好きで、告白しようと思っていたのに神崎先輩のことよりも、もうすでに完全に祐樹くんで頭がいっぱいになっている。こんなにあっさりと他の人を好きになるものなのだろうか。もしかしたら、さっさと次に乗りかえる軽い女――いや実際にそうだ。そんなことを考え、自己嫌悪に陥る。
回答を待っている祐樹くんを見返した。
けれど、もう一切の迷いはない。
「すごく大好き、だよ。祐樹くん」
「俺もだよ。じゃあ、ひとまずは大丈夫かな?」
別れを告げられるかと思ったのに、そのまま受け入れられてしまった。
「気を使ってくれなくても――……」
「なんで!?」
いつの日かの素っ頓狂な声を再びあげる。
思わず、笑ってしまった。
いいのだろうか、本当に。
でも許してくれた祐樹くんに対しては、感謝しかない。小さくもう一度「嘘をついてごめんね、好きだよ」、というと祐樹くんは「いいよ、俺もだし」といいながら笑った。