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本文シナリオ

〇海上の空母

海鳥が飛び過ぎる空。眼下には原子力空母。

  甲板上は無人、カタパルトのシューター席は座面が破れている。

  射出ランプに赤い光が灯る。

 無人車両によって給油口から燃料ケーブルを引き抜かれていく戦闘機(RDF)。古ぼけた装甲キャノピーには「0-1」の文字。

タキシングする0-1を見送る艤装中の「0-3」。

ナレーション(人が大空を手放して10年)

  緑に切り替わる射出ランプ。

アフターバーナーが、欠けたディフレクターを赤く溶かしていく。カタパルトで空へと射出されるRDF。

ナレーション(今は、魂無き鋼鉄の鳥だけがはばたく)


〇世界政府、管制室

管制官「0-1、離陸しました。ヒトフタサンマルで作戦空域に到達の見込み」

アルバーン「観測、続けろ」

  電光に照らされた管制室。男女がせわしなくモニターを目で追っている。

  アルバーン、紙コップのコーヒーを飲んでくしゃりと潰す。こぼれた液が指を濡らす。

アルバーン「・・・リゼ、すまない」

  正面の大型モニターに赤い光点。

  地形図には「TZADIK」の地名。光点には「YF-200RD」の文字。


〇防護シェルター「ツァディーク」

  対空砲火をかいくぐって高高度からパワーダイヴする「0-1」。

  後ろから追いすがるドローンたち。「0-1」の三次元ノズルが駆動する。

  爆発とともに急減速し、ヴェイパーコーンに包まれる「0-1」。その脇を落ちる火の玉となったドローンたち。エンジンから爆轟を上げ、再加速しながらジグザグ機動する「0-1」。

  カナ、滑走路の「プローム」のキャノピーから空を見上げる。割れたドーム天井からは焼けた空が覗く。カナが握った手の中には、ヒマワリの種をいっぱいに入れた茶巾。

  見開いたカナの目に、ターゲットボックスに囲まれた「0-1」の飛行機雲と、落ちてくる爆弾が映る。


〇世界政府、管制室(夜)

 地図から消える光点。衛星写真には爆炎に包まれたツァディーク。

管制官「・・・作戦完了。ゼロワンが帰投サインを出してます」

アルバーン「ゼロスリーと一緒に帰らせろ あとは任せる」

  アルバーン、ハンカチで手を拭きながら管制室から出る。

 外は夜。アルバーン、タクシーに乗り込む。

  タクシードライバー、ミラーでアルバーンを見ると、帽子をかぶり直して微笑む。

ドライバー「今日は早かったですね」

アルバーン「こんな時間から客待ちか?」

ドライバー「あんたを待ってるんですよ。3マイル乗せれば法外なチップをポンとくれる」

アルバーン、面白くなさそうに膝の上でパッドを立ち上げる。

動き出すタクシー。空の月にはブラウン管のような横線が入り、天球にはところどころヒビが入っている。

アルバーン「昔の友人が死んでね」

アルバーン、パッドの画面を見つめる。

アルバーン「最近な、『何でこうなっちまったんだろうな』って思うんだ」

ドライバー「人生なんてそんなもんでしょ、旦那」

アルバーン「ああ・・・そうかもしれない」

  パッドの画面には、「プローム」の前で肩を組むアルバーンとランザの写真。ランザは表情が硬い。

  アルバーン、指先でランザの顔を押さえる。

アルバーン「だが、いつも選んじまうのは俺だ」

  作り物の空の下を、タクシーは進んで行く。


〇防護シェルター「ツァディーク」

  グローブに包まれた手がジープの助手席に、ガスマスクのキャニスターを置く。

ランザ「2038,08,12。場所はツァディーク・シェルター。記録者、ランザ」

  ランザ、首からガスマスクを提げたまま、パイロットスーツを改造した作業服でジープを運転する。クラスターパネルには破れた地図。地図の街にはでっかいバツマーク。

  ランザ、目を上げる。街並みは崩れて、焦げた鉄骨が道路わきに突き出ている。

ランザ「核じゃない。全領域支配戦闘機(RDF)の相変化(フェイズトランサー)弾だ。

    初めのコンマ2秒で酸素を吸い尽くして、次の1秒で空間丸ごと押しつぶされる」

  ランザ、爆心地の空港でジープを停める。

  ガレキ撤去作業中のジェネットが顔を上げる。よく日に焼けて、青いバンダナを頭に巻いている。

ランザ「これがペルシャ式か? 派手に散らかすじゃないか」

ジェネット「タマシェク式ね。まずぜんぶ広げて、いっこずつ片付けてやるの」

ランザ、鼻を鳴らして空を見上げる。

高高度で静止するふたつの機影。RDFの0-1、0-3。

手で陰を作りながら、舌打ちするランザ。

ランザ「あのバカ鳥ども、いつからだ?」

ジェネット「ウチがシャベル突っ込んだあたりかな」

ランザ「2時間か。あと15分で戻るはずだ。準備は良いよな?」

ジェネット「もち」

ジェネット、点火装置を掲げる。

15分後、引き返していくRDFたち。ガッ、と点火装置のボタンを押し込むジェネット。

発破筒で吹き飛ぶガレキの山。一帯が土煙に覆われる。

咳き込むランザ。ジェネットは白い歯を見せる。

ジェネット「よし。ちょーじょー、ちょーじょー」

ランザ「何が重畳だ。安物の火薬使いやがって」

煙が晴れ、現れる“戦闘機”。可変前進翼を地面にこすりつけ、へたりこんだような姿勢。

キャノピーには「00」の文字。その隣に「UNAF(国連空軍)」のロゴ。

ジェネット「無人機じゃないね。戦前?」

ジェネット、キャノピーの下を拭い、風防排除のレバーを握る。

ランザ「戦中末期だ。装甲が自己増殖メタルになってるだろ」

ジェネット「はっ、どうりで頑丈なわけだ」

レバーが引かれ、砂を落としながら開くキャノピー。

覗き込むランザたち。ヒマワリの種が散らばった座席。驚くランザたち。

毛布にくるまったカナ。脱水症状で顔が赤い。こもった熱で輪郭が揺らいでいる。


〇焼け残った空港の整備倉庫

ジェネットがトラックの商人から目録を受けとり、サインする。

搬入口には大量のドラム缶と、軍用糧食のパック。燃料と食料を購入したところ。

商人「支払いは現物と現金だけですが・・・」

ジェネット「大丈夫、あいつ日本人だから」

ジェネット、ウインクして振り返る。ランザ、トラックの駐鋤で持ち上げた戦闘機にもぐり、下部を開いている。エンジンユニットに顔を突っ込みつつ、親指を立ててくる。

ジェネット「ほらね?」

商人「驚いたな。ありゃ“プローム”じゃないですか」

ジェネット「へえ、知ってんの」

商人「世界政府のクソ鳥どもの試作機ですよ」

商人、身を乗り出す。キャノピー、カナード翼、エンジンと視線を移して目を細める。

商人「いい時代でしたよ。まだヒコーキが人間を乗せる形をしてた」

ジェネット「語るね メカおたくの美的センスってやつ?」

商人「この歳になると何でも懐かしむクセがついてしまってね」

光学迷彩を起動し、ガタガタと空港から離れて行くトラック。空には相変わらずRDFの0-1。

ジェネット、ランザに近付いて行く。

ランザは断線を確かめたところ、工具ロッカーにテスターを置き、ひたいに巻いたタオルを外す。

ジェネット「有人機なんだね。あいつらのお兄さんなのに」

ランザ「長女だ 開発の連中は“彼女(SHE)”と呼んでいた」

ランザ、パイプ椅子を引き出し、がっぷりと座る。

ランザ「無人飛行のレベル・・・5だったかな? 最後はパイロット無しで飛ばそうとしてた」

ジェネット「『してた』?」

ランザ「プロジェクト丸ごと消えたんだ」

ランザ、嗅ぎタバコを鼻に乗せて深呼吸する。

ランザ「まあ・・・俺が甘かったのかもな」

カナ「ランザ!」

カナ、倉庫の奥から大きな保護ケースを引きずってやってくる。ケースの表面には双葉のマーク。

ランザ、そっと嗅ぎタバコをぬぐう。ジェネットは常識人ぶるランザに冷たい視線。

ランザ「おやおや、カナお嬢さま。こいつは凄いものを見つけたな!」

カナ「読んでよ、これ英語でしょ!」

ランザ「ああ。ちょっと待ってな・・・」

ジェネット、苦笑しながらコーヒーを水筒からタンブラーに注ぎ、塩を振る。

ジェネット「花の種でしょ。撒いても爆撃のターゲットになるだけじゃない?」

カナ「え・・・」

ランザ「ヒマワリの種だ。食料の増産は申請すれば通る」

ランザ、ケースから袋を取り出し、軽く振る。

ジェネット「根無し草の占い女と、ジャンク漁りのテロ屋で畑の申請だって?」

ランザ「・・・この子だったら、難民機関(RRA)が拾ってくれる」

ジェネット「人間を数字で見る連中じゃないか。文字も読めない現地民なんだよ!?」

タンブラーからこぼれる塩コーヒー。カナが不安そうに見上げる。

カナ「あの。ごめんなさい・・・」

振り向くランザとジェネット。ジェネット、ばつが悪そうに笑う。

ジェネット「ああ。何でもないよ。こいつに英語の指導してたんだ」

ランザ「下手で悪かったな」

ランザ、肩をわざとそびやかす。

ランザ「今後はアラビア語を話そう。ここではそいつが一番だ」


〇整備倉庫(深夜)

ハンカチをかけたランプの光のもと、作業台の上に置かれたタンブラーに塩が振られる。

作業台の上には衛星システムへの進入飛行ルートを記した極秘文書。

ランザ、塩コーヒーをすすって顔をしかめる。

ランザ「塩コーヒーか・・・不味いな・・・」

ぼんやりとした目。濁った虹彩にランプの灯が反射する。

過去がフラッシュバックするランザ。


過去のランザは、夕日の差し込む格納庫でスーツ姿のアルバーンにつかみかかっている。

過去のランザ「開発中止だと?」

過去のアルバーン「・・・ああ」

アルバーンの握りしめたこぶしから吸い殻が落ちる。指はやけどで黒い。

過去のアルバーン「分かっていただろう。有人機じゃ計画の要件を満たせない」

過去のランザ「修正がかかるはずだ。あんな無茶な計画――」

過去のアルバーン「人間には無茶でも、機械なら可能だ」

アルバーン、微笑んでランザの肩に手を置く。

過去のアルバーン「おまえの(リゼ)はよくやってるよ。年間6820時間の連続飛行にも耐えた」

エンジン音が空気を揺らす。扉の隙間から見える空に、飛び立つRDF。機体には「00」のロゴ。

ランザの瞳が、恐怖で揺れる。

過去のランザ「リゼを実戦に出したのか・・・テロリストと子どもも区別できないんだぞ!」

過去のアルバーン「構うものか。そうして見逃した紛争地のガキどもが、翌年には銃を持つ」

アルバーン、微笑んで格納庫の入り口に向かっていく。開いた扉に手を置き、空を仰ぐ。

過去のアルバーン「銃じゃなくてもいい。そいつの育てたひと粒の麦が兵士の飢えを満たし、あぶく銭をもらって組み立てたクルマが誰かの家を踏みつぶす。俺たちの甘さが、幾十もの国家から子どもたちを奪っていく」

アルバーン、ランザに振り向く。逆光で黒くぬりつぶされた顔。

過去のアルバーン「ランザ、もう逃げるのはやめろ。ここで決めるんだ」


ガチャリと音を立てるドア。

カナ「寝ないの?」

毛布を抱いたままのカナが、作業台に寄ってくる。ランザ、そっと文書を握りつぶす。

ランザ「起こしちまったか?」

カナ「ううん。ずっと難しそうにしてるから・・・」

ランザ「そりゃ大人だからな。ここにもいただろ、寝ずの番」

カナ「うん。ラグダが・・・あ、友だちのお姉さんなの」

ランザ「そうかい。俺が美人のねーちゃんじゃなくて、ごめんな?」

ランザ、クマのできた目を片手で押さえつつ、プロームの方へ歩く。

ランザ「なんでこの中にいたんだ?」

ランザ、装甲キャノピーの国連マークをなぞる。

カナ「ここなら安全だって言われたの。きっと精霊(ジンニー)が守ってくれるから・・・」

ランザ、微笑む。

ランザ「精霊か。なるほどな」

瞬間、空港に鳴り響くジェットの轟音。月をバックに空を飛ぶ「0-1」。

カナ、動悸でぜえぜえとえづく。足元に散らばるヒマワリの種。ランザ、彼女を抱えて頭を撫ぜる。

ランザ「大丈夫。ただのパトロールだ」

カナ「ま、また撃ってくるの?」

ランザ、こぼれたヒマワリの種を見ながら沈黙する。

ランザ「・・・すまない」

カナ「こ、この子、あいつらを撃ち落すための機械なんでしょ」

カナ、ランザのジャケットを握りしめる。手の中で潰れる教導団のエンブレム。

カナ「ラグダが言ってた。この精霊は復讐のために生きてるって」

ランザ「復讐?」

青く光る装甲キャノピー。驚愕するランザ。

カナ、泣き腫らした目でランザを見つめる。

カナ「この子、あなたが来てくれて喜んでるの。ずっと戦いたがってたから」

ランザ「誰がそんなことを」

カナ「分かるよ。あいつらを睨んでたもの」

ランザ、震える手でキャノピーをなぞる。砂が落ち、「LY」の文字が現れる。

カナ「あなたも知ってる。違う?」

さらに落ちていく砂。キャノピーに塗られた「LYXEX」の文字。

沈黙するランザ。

一文字ずつなぞり、ため息をつく。

ランザ「・・・LYXEX(リゼ)。おまえも待っていたのか」


〇世界政府空軍、喫煙室

アルバーン、缶のコーヒーを不味そうにすする。

彼の見ている壁のポスターには、空飛ぶRDFの編隊。タバコを押し付けられて穴だらけ。

管制官が入ってきて、電子タバコにオイルを注ぎ足す。

管制官「休憩中くらい、もっと楽しそうにするべきでは?」

アルバーン「楽しいことは若いうちに飽きたんでな」

アルバーン、コーヒーを下ろして廊下を見つめる。軍服姿の男たちが談笑しながら通り過ぎる。ワッペンに刺繍されたRDFに、アルバーンは渋い顔。

アルバーン「初期案のRDFはただの戦闘攻撃機だった」

管制官「はい?」

アルバーン、コーヒー缶でポスターを指す。

アルバーン「紛争地域の鎮痛剤だ。核でドンパチしてるところに突っ込んで、焼き尽くして帰るだけでね」

コーヒー缶ごしに、アルバーンの顔が無表情になる。

アルバーン「俺は甘いと思った。だから、ヤツらを天使(マラーク)に変えてやった・・・」

管制官「天使、ですか」

アルバーン「天使の行動原理は単純だ。『空を飛ぶやつは殺せ』『空を見上げるやつは殺せ』『空を汚すやつは殺せ』」

アルバーン、缶を握った手で指を三本立てる。

アルバーン「理屈は要らん。平和維持なんざ、『自販機にコインを入れたら缶が出る』程度の複雑さでいい」

管制官「ええ。読みましたよ、あなたへのインタビュー」

アルバーン「傑作だったろ?」

管制官「あんな暴言を吐かれる方とは・・・」

アルバーン「あのくだりはカットされると思っていた」

アルバーン、笑う。

アルバーン「百憶の人命のために一千万人を殺すことを選べるやつは少ない」

アルバーンの背中が陰に入り、黒ずむ。

アルバーン「だが、ひとりの命で千人の平和な未来が保証できるなら? 俺たちがやっていることは、それを1千万回繰り返す作業だ」

管制官「後悔はなさっていないので?」

アルバーン、顔を上げて管制官を見つめる。柔和な笑み。

アルバーン「幸い、悔やむヒマはないのでね」

アルバーンの横顔と、ポスターのRDFが重なる。

アルバーン「しかし、いつか罪には相応しい罰がくだるものだ」

管制官「なるほど」


〇シナイ半島、紛争地域(夜)

空に向かって空砲を撃つ突撃銃。歓声を上げる軍人たち。

崩れたトーチカの後ろには、撃墜されて炎上するRDF。キャノピーに「0-3」の文字。破損したボディには下品な落書き。

管制官の声「ゼロスリー、反応ロスト」

管制官の声「報復攻撃を実行します」

上空に0-1。装甲キャノピーには無数の弾痕。動翼も片方が機能停止している。

0-1、急降下。黒煙を裂くカラスのようなシルエット。装甲キャノピーの継ぎ目から、血涙のような赤い光の軌跡が伸びる。

兵士たち、悲鳴を上げて射撃を始める。

0-1、全身から装甲の破片を散らしながらバルカン砲を撃つ。

地上が射程に入った瞬間、無事な翼が可変してSEADモードに変形する。露出したフレームに鈴なりになったビーム砲口。加速とともに赤いスパークがほとばしり、地上をレーザー光線が薙ぎ払う。

爆炎が街を包む。キャノピーに景色を反射しながら、焼け付いたレーザー砲をパージする0-1。瞑目するようにキャノピーの赤い光が収まっていく。

管制官の声「ゼロスリーの回収は不可と判断。部隊を再編します」

アルバーン「ああ。ゼロワンを帰らせろ。今動けるのはあいつだけだ」

帰投していくぼろぼろの0-1。黒雲の向こうに朝日が昇る。


〇防護シェルター「ツァディーク」、倉庫(朝)

商人の指が金貨をたぐる。指のまたをひとつずつ渡っていくデフォルメされた鳩のイコン。

商人「去年、日本に行きました」

ランザは相変わらずプロームを修理している。HUDを着けて機能チェック中。

電子音を立ててバイザーに表示されるプロームの緑色のシルエット。

ランザ「観光か?」

商人「いえ。いささか複雑な用事がございましてね」

ランザ「分かるよ。商談だろ。傭兵、馬賊、軍人くずれに被害者ぶった家無しども・・・」

ランザ、HUDを上げる。充血した目が商人をねめつける。

ランザ「関東平野は今も白い砂漠なのかい?」

商人、肩をすくめてコインをポケットに戻す。

ランザ、HUDを膝に置き、眉間を揉む。

ランザ「まったく、磁気嵐さえなければな」

商人「うん?」

ランザ「あの頃はまだ核兵器が現役だったんだよ。やつら、レーダーも通信もダメにしちまう」

ランザの指が、分厚くケーシングされたプロームのクラスターパネルをなぞる。

ランザ「・・・こいつなら東京の空だって飛べたはずだった」

遠くで足音が響く。振り向くランザたち。カナとジェネットが踊っている。バンダナを振るジェネット。ジプシーのタップダンスのような振り付け。

ランザ、笑う。

商人、冷たい目をして、唇の隙間から煙を吐き出す。

商人「昨日、シナイ半島でRDFが堕とされました」

動きを止めるランザ。商人、ゴーグルの下で目を光らせる。

商人「下手人は自由戦士でした。トルコ経由で輸入した対空弾(ミストラル)でやったそうです」

ランザ「まさか」

商人「質量誘導ですよ。無敵のステルス・システムも重さだけは消せない」

ランザ、何か言おうとするが、すぐに黙ってかぶりを振る。

商人「今この瞬間、ヨーロッパ地域で動けるRDFは1機だけです。やるなら今しか・・・」

ランザ「だが――!」

商人「と言っても私は情報を提供するだけですからね。あなたは好きに決めればいい」

商人、アタッシュケースを拾って倉庫の事務所へ消えていく。


〇整備倉庫(夜)

机に向かい、無言で図面にペンを走らせるランザ。

紙には衛星軌道にミサイルを撃ち込むための簡単なベクトル計算式。

RDFの出力を書き込むが、目標数値にわずかに足りない。険しい顔になるランザ。

ジェネット「あの子、やっと寝てくれた」

ジェネット、粉末レモネードをマグカップの中でかき混ぜながら現れる。

ランザ「・・・ああ」

ジェネット「子どもは凄いね。あんな爆撃のあとでも、すぐ立ち直っちまう」

ランザ、ペン先がつぶれてインクが噴き出す。

見つめるランザ。子どものように口がぽかんと開く。

ジェネット「あんたも戦地生まれだっけ?」

ランザ「物心ついたときには疎開先の学校だった」

ランザ、ペンを放り投げて予備のペンを取り出す。

ジェネット「ソカイ・・・あー、極東戦争(FEW)か」

ランザ「いつも空を見ていたよ。『あのヒコーキ、爆弾か食い物のどっち運んでるんだろ?』ってな」

ジェネット「それでパイロットに?」

ランザ「さあな。きみだってきっかけがあってジャンク屋になったわけじゃないだろ」

ジェネット「ケル・タマシェク(ウチら)は生きる限り戦いと共にある」

ジェネット、バンダナを指先で巻く。

ジェネット「白肌人(フランク)とウラン鉱・・・あとは塩だね。こいつらを追っかければ喰いっぱぐれない」

ジェネット、倉庫の奥に固定されたプロームを見る。発光するキャノピー。磨かれた装甲に、ジェネットとランザの姿が反射する。

ジェネット「・・・決行は明日か」

ランザ「付き合わせてしまってすまない」

ランザ、立ち上がる。プロームのキャノピーに手を這わせ、LYXEXの文字を指でたたく。

ランザ「こいつを育てなければ、こんなことにはならなかった」

ジェネット「だから直すんでしょ」

ランザ、黙ってキャノピーを撫ぜる。

ジェネット、入り口に向かって歩く。ドアの隙間から空を見上げる。明るい月。

ジェネット「そうだね。綺麗な月を見ながら散歩できる世界も、たまには良いかも」


〇「ツァディーク」空港滑走路

パイロットスーツに身を包んだランザ。武装したプロームと、外される給油ポンプ。

ランザ「・・・スタンドアップ、LYXEX」

ディスプレイが立ち上がり、装甲キャノピーの内側に風景が表示される。

「LYXEX」のロゴとともに、計器盤に衛星軌道までの距離が出る。

三次元ノズルが収縮し、青いアフターバーナーが機体を前進させる。離陸していくプロームを見送るジェネットとカナ。カナの握る茶巾からヒマワリの種がひと粒落ちる。


〇世界政府、管制室

管制官「ツァディークから飛翔体! 航空機です!」

正面の大型ディスプレイに表示される赤い光点。

管制官「IFFに反応・・・RDFが鹵獲されてる!?」

アルバーン、ドアを開けて管制室に入る。光点に「YF-200RD」の表示が続く。

アルバーンの手の中でクシャリと印刷された報告書がつぶれる。

アルバーン「・・・ゼロワンを向かわせろ」

管制官「しかしまだ修復が!」

アルバーン「RDFが通常戦力で止まるものか。いいからやれ」

管制官「はっ」

コマンドと共に、赤い光点に追いすがる緑色の「0-1」の光点。

アルバーン、笑みを浮かべる。

アルバーン「待っていたぞ、ランザ」


〇ツァディーク、上空

プロームをかすめる赤いレーザー光。キャノピー内に鳴り響くロックオン警報。

ランザ、操縦桿のスイッチを切り替える。プロームのカナード翼が伸長し、格闘(WVR)モードに切り替わる。

入道雲に突っ込むプローム。その後ろから追いかける0-1。

雲を抜けた瞬間、0-1のすぐ頭上で機首の銃口を向けるプローム。急減速をかけながら撃ったバルカン砲が、0-1のキャノピー周りを穴だらけにする。

0-1、キャノピーの傷口から赤い光を放ちながら背面に入れ、腹部のレーザー砲口を開く。

プローム、増槽を投棄する。増槽にレーザーが命中し、燃料に引火して黒い爆炎が上がる。拡散したレーザーで黒く焦がされるプロームの機体。

0-1、急速に離脱しながら狙撃(BVR)モードに。エンジンに直結したウエポンベイから狙撃レーザー砲が展開する。カメラの映像に、ロックオンされたプロームの姿。

稲妻のような狙撃砲の光芒。同時に放たれるミサイルの嵐。

ランザのヘルメットに表示される無数の光点。その下にある「1600」の数字が、どんどん減っていく。ランザ、唇を曲げて笑みを作る。

火炎を伸ばしながら加速していくプローム。フレアチャフをばらまきながら下方に逃げつつ、円弧を描きながら垂直に天を駆け上がっていく。上昇途中で0-1のレーザーが命中し、尾翼が片方もぎ取られる。

ヘルメットに表示された数字は残り700。速度計の針がどんどん落ちていく。

背後から猛追する0-1の機影。レーザー砲の銃口が不気味に光る。

ランザ、座席横の赤いレバーを引く。

放たれる0-1からのレーザー。銀色の布に包まれるプロームの後部。

展開される、ドラッグシュートを改造したソーラーセイル。レーザーの照射を受け、プロームの機体が速力を取り戻す。そのなかで、加熱されたエンジンノズルが壊れていく。

200,150,70・・・と減っていく数字。ゼロになった瞬間、ランザがトリガーを引く。

爆散するプロームの機体。後方で同じようにレーザーの過熱で自壊する0-1。

2機の爆風のなかから空に向かって伸びる飛行機雲。プロームから発射されたミサイル。

成層圏を抜けた弾頭が無数の小弾をばらまく。衛星軌道上で、穴だらけになる人工衛星。

静かな宇宙空間に、爆炎が上がる。


〇世界政府、管制室

沈黙する管制室。

管制官「あの機体、制御衛星を・・・」

アルバーン「諸君、ご苦労だった。あとは俺が始末をつける」

RDFを示す光点がひとつずつ消えていく。制御衛星を失い休眠に入る戦闘機たち。

ドアが閉まり、ひとりで微笑むアルバーン。

ひと息つき、デスクの棚を引く。中には拳銃が一丁。

アルバーン「分かってる。罰は受けるさ、ランザ」

アルバーン、自分の口に銃を突っ込んで引き金を引く。

暗転した背景に乾いた銃声。


〇ツァディーク跡地

一面のヒマワリ畑を歩くカナ。

右手にはカバン。学校に行けている証拠。

畑を抜けた先に、墓に跪くジェネットの姿。

カナ「ジェネット、またお墓参り?」

ジェネット「あ・・・カナ、学校はどうだった?」

カナ「分かるでしょ。つまんないよ」

ジェネット、苦笑しながら塩コーヒーの入った水筒を口に運ぶ。

ふたりで路傍に駐車したジープに向かう。

カナ「ここを離れるんだっけ」

ジェネット「うん。昔の仲間から呼ばれちゃって」

カナ「また戦争?」

ジェネット「ビジネスね。ほら、どこも大変だからさ」

ジープの右側ドアを開けて、カナを入れる。ジェネットも運転室に入り、シートベルトを締める。

カナ「あ、流れ星・・・」

ジェネット、目を上げる。白昼の空に白い軌跡。

ジェネット、少し泣きそうになりながら微笑する。

ジェネット「ホント、綺麗な空になったもんだよ」

道路を進むジープ。その頭上で、傾いた日が空をオレンジ色に染めていく。



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