閑話1
1940年 10月
海軍の航空行政を一手に担う海軍航空本部の本部長室で、本部長である出雲 剛史中将は怒鳴り声を上げていた。
「海上護衛総隊向けの九九式艦爆を全て連合艦隊司令部が持っていっただと?一体何時から連合艦隊司令部が航空行政にまで口を挟むようになったんだ!」
「連合艦隊司令部曰く、潜水艦狩りに九九式艦爆は贅沢だと言っているそうで・・・・」
報告に来た海軍士官の言葉に出雲は顔を顰めた。
九九式艦爆が制式化された時、海上護衛総隊航空隊にも配備される予定であった。
海軍軍備拡張計画により、海上護衛総隊にも小型空母が配備されることが決まっており、海上護衛総隊航空隊は対潜哨戒と攻撃、それと限定的な防空戦闘を兼ねられる高性能多用途複座機を必要としていた。
そしてこの連合艦隊司令部による横槍で、九九式艦爆が手に入らないことになった海上護衛総隊は、愛知航空機と共に設計しては失敗していた水上偵察爆撃機を、今後こそは成功させると意気込むと、愛知航空機に艦上機への転用を内々に伝えて発注する。
「海上護衛総隊の堀長官は何と言っているんだ?」
「堀長官も大分激怒され、連合艦隊司令部に抗議したようですが、連合艦隊司令部は意に返さなかったそうです」
「このままでは、海上護衛総隊は旧式機で潜水艦狩りを続ける羽目になるか・・・・」
どうしたものかと考えていた出雲の頭の中で、光明が差した。
「・・・・確か空技廠が、新型艦爆のための実験機を作っていたな」
「そうですね、詳細は分かりませんが・・・・」
「宜しい、ならば直ちに空技廠の責任者と、愛知航空機の設計者を呼ぶんだ。あと海上護衛総隊にも連絡を入れ、艦爆隊員を何人か呼び寄せといてくれ」
「はい、了解しました。直ちに関係各所へ連絡を入れます」
数日後空技廠が設置してある追浜飛行場には、空技廠が製造した実験機が引き出されていた。
その機体を囲む様に、空技廠の技師だけでなく、愛知航空機から派遣されてきた設計士や、海上護衛総隊の艦爆搭乗員がいた。
連合艦隊司令部の専横に顔を顰めていた航空本部と、自らの製品に消化不良なことに不満を持っていた愛知航空機、そして横槍を入れてきた連合艦隊司令部に対する復仇の思いを持った海上護衛総隊、三者の思惑は合致し、海上護衛総隊と愛知航空機が計画していた水上偵察爆撃機と空技廠の実験機を組合せ、更に量産性を考慮した新型艦上爆撃機は、本人たちも驚く速さで開発が進み、半年後には先行量産機の製造が開始された。
この新型艦爆は、先だって制式化された零戦に匹敵する高速性能と、九九式艦爆より倍の搭載量を発揮し、連合艦隊司令部を驚愕させた。
彼らは自分たちの航空隊へと配備することを熱望した。
しかし航本部長である出雲中将は、過去の議事書や協定書を引っ張り出し、新型艦上爆撃機の優先配備権は海上護衛総隊側にあると理路騒然と説明した。
この新型艦爆完成の裏で、もう一機新たな機体が産声を上げていた。
それは空技廠が実験機として製造していた機体を、愛知航空機が量産性を考慮し、再設計していた物であった。
一式艦上偵察機 として生まれ変わった実験機は、川崎航空機から量産の目処がたったことにより提供された液冷式発動機、ハ四〇(1,650馬力)を発動機に据えると、実験機の時に装備していた爆弾槽の中に、各種撮影機材や機上電探を装備することにより、日本海軍で初めて本格的な艦上偵察機として生まれ変わったのであった。
後年米軍からこの一式艦上偵察機は、陸軍の百式司偵と共に賞賛の声を浴び、また戦場にあって恐怖の存在になるのはまだ先の話であった。
【メモ】
一式艦上爆撃機「彗星」一一型
全長:10.20m
全幅:12.92m
発動機:三菱 金星62型発動機(1.560馬力)
武装:九九式二〇粍機銃(翼内)×2艇
零式十三粍機銃(機首)×2艇
零式十三粍旋回機銃×1艇
爆装:30〜60kg爆弾4発
250kg爆弾2発
500kg爆弾1発
一式艦上偵察機
全長:10.20m
全幅:12.92m
発動機:川崎 ハ40(1.650馬力)




