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第12話

1940年 6月

ドイツ軍の侵攻を受けたフランスは、マジノ線から引き抜いた歩兵部隊を中心に、絶望的な防衛戦を行っていた。

イギリスから新たに2個師団の増援を得ていたが、勢いに乗るドイツ軍の前には、焼け石に水の状態であった。

そして同年6月16日、徹底抗戦を訴え続けていたポール・レノー首相が休戦派によって辞職させられると、副首相を務めていた休戦派筆頭のフィリップ・ペタンが新たなヴィシー政府の首魁となった。

独仏休戦協定が締結されると、ヴィシー政権を新たな政府と認めないフランス人の一部は、海を渡り、仏領植民地へと向かった。

そんな中、ヴィシー政権によって軟禁されていたポール・レノーが幽閉先から、フランス外人部隊とイギリス特殊部隊による救出を受け、イギリスを経由し、アメリカのニューヨークへ亡命した。

ニューヨークに到着したレノーは、先にアメリカに亡命していたギー・ロチルド男爵による支援の元、救国フランス委員会を設置し、仏領植民地に離散したフランス人にドイツに対する徹底抗戦を宣言した。



一方ドイツは自らの勝利を大々的に報道し、欧州全土は間もなく自らの物になると喧伝していた。

そして同年6月、日独伊防共協定を拡大した日独伊三国同盟を近衛政権は締結した。

この同盟が締結された三ヶ月後の1940年9月、近衛文麿は、泥沼化した中国内戦介入に解決の糸口を見出すべく、中国大陸の南に突き出したインドシナ半島への帝国軍進駐を決定した。

フランス領インドシナ半島は、日本が支援する国民党政府と正統政府の座を争っている民主党政府軍への補給路になっているため、それを断つというのが進駐の理由であり目的だ。

これを受け帝国陸軍は印度支那派遣軍を編成し、陸軍支援のため、帝国海軍も南遣艦隊を編成した。

この時、インドシナ半島にあるトンキン湾にはインド洋でドイツ海軍の装甲艦狩りをしていた最中に祖国が降伏し、帰る港を失った高速機動部隊が蟄居していた。



フランス極東艦隊は、1935年に成立した英独海軍協定により、仇敵ドイツがドイツが自国と同等の海軍を持つことを知ったフランスが、急遽建造を開始した新造艦で構成されていた。

同艦隊は、新型の三三センチ砲四門を備えた砲塔二基を前檣楼前に集中配置した高速戦艦「ダンケルク」、「ストラスブール」、新型空母「ジョッフル」、重巡二隻、大型駆逐艦六隻で構成されていた。



先月ドイツに降伏したヴィシー・フランス政府は日本軍の進駐を渋々承認した。

帝国軍のインドシナ北部半島進駐は、平和裏に行われるはずだった。

しかし、フランス極東艦隊の存在を無視することを海軍は危険視し、南遣艦隊に扶桑型二隻、伊勢型二隻を組込むことにした。

そしてインドシナ北部半島進駐は、現地軍の無抵抗もあり、順調に進んでいた。

しかしブノンペンを越えた辺りで予期せぬ出来事が起きた。

ヴィシー軍と印度支那派遣軍の間で、些細なことを原因にする武力衝突が発生した。

そしてこの武力衝突は、インドシナ北部半島全域に戦火を広げた。

派遣軍司令部からの緊急伝を受けた参謀本部は、事態の拡大を恐れ、派遣軍に対し一時後退を命じようとしていた。

しかし皇軍の指揮権を持つ近衛文麿は、派遣軍の後退を許さず、逆にインドシナ半島に対する侵攻作戦に切り替えるよう迫ったのであった。

統帥権を持つ現内閣に反抗する術のなかった陸軍は、派遣軍司令部に北部インドシナ半島進駐からインドシナ半島全土に対する侵攻作戦に切り替える様指令を出すと、海軍軍令部に対しても南遣艦隊及び海軍陸戦隊による支援を求めた。

この陸軍からの要請を軍令部総長室で聞かされた、伏見宮博恭王は今まで上げたことの無い様な怒鳴り声を上げた。


「近衛文麿は帝国を滅ぼす気か!」


伏見宮は自らの政治力を利用し、事変の沈静化を試みた。

しかし全てが後手にまわり、遂に悲劇が起きた。

トンキン湾に蟄居していたフランス極東艦隊を監視していた第二戦隊が、フランス極東艦隊から砲撃を受けたのであった。

突然の砲撃は、監視のため距離を詰めていた第二戦隊にとって奇襲攻撃となり、また戦艦同士の砲戦としては至近距離ともいえる一万五〇〇〇mから放たれた砲弾は瞬く間に「伊勢」、「日向」を包み込むと、反撃する暇もなく多数の直撃弾を受け大破、更に艦橋に直撃弾を受けた事により、艦長以下主要士官が全滅し、本来であれば指揮継承順位の低い、機関特務士官が最先任将校となり、戦闘海域からの離脱を指揮した。

そしてこの突然の砲戦を受け、大破しながら離脱を開始した「伊勢」「日向」を援護するべく「扶桑」「山城」が応戦を開始したが、混乱から立ち直れず両戦艦もフランス製戦艦から袋叩きにあい、護衛の駆逐隊が展開した煙幕の中を這う這うの体で、本土へ向け離脱した。

第二戦隊壊滅の報に、印度支那派遣軍支援のため展開していた空母「龍驤」は、指揮官である角田覚治少将の命令により、離脱を開始したフランス極東艦隊へ向け、航空隊を差し向けた。

「龍驤」航空隊は、九六式艦戦、九六式艦爆、九六式艦攻からなる約三十機の戦爆雷編隊で、フランス極東艦隊に強襲攻撃を仕掛けた。

一方フランス極東艦隊も、自艦隊の空母「ジョッフル」からB-339Bが邀撃のため発艦させていた。

このB-339Bは、元々ベルギーがアメリカに発注していたF2Aバッファローであったが、ベルギーがドイツの道路に変わってしまったため、代わりにイギリス空軍が買い取ったが、性能が今ひとつであったため、イギリスからフランス海軍へと引き渡されていた機体であった。

戦闘機同士の戦況は、日本戦闘機隊が優勢であった。

龍驤航空隊の戦闘機搭乗員が駆っているのは、九六式四号艦戦であり、三年前に制式採用された九六式艦戦の最新型であった。

高度六〇〇〇mで侵入した龍驤戦闘機隊は、自分たちより低い、高度四〇〇〇mで飛行していたフランス海軍戦闘機に急降下からの奇襲攻撃を仕掛けた。

この奇襲にフランス海軍戦闘機隊は、混乱に陥った。

しかしフランス海軍戦闘機隊は、自機が搭載する無線機を用いて、混乱を最小限に抑えると、帝国海軍戦闘機隊に突進した。

個々の戦いは、帝国海軍戦闘機隊が優勢であった。 しかし編隊同士の戦闘では、無線機を用いたフランス海軍戦闘機隊が有利に進めていた。

それでも帝国海軍戦闘機隊は、攻撃隊への突撃路を開くべく奮戦した。

フランス海軍戦闘機隊も奮戦したが、B-339Bの機体特性を活かしきれず、運動性に勝る帝国海軍戦闘機隊に格闘戦を挑んだために、撃墜される機体が相次いだ。

帝国海軍戦闘機隊の奮戦により、啓開された突撃路に殺到した攻撃隊は、対空砲火による被害を受けながらも、フランス海軍の高速戦艦に爆弾と魚雷を命中させた。

しかしこの攻撃で、フランス海軍高速戦艦が受けた被害は、贔屓目に見ても、小破ないしは中破程度であり、彼らの離脱を止めれるものではなかった。

帝国海軍は、この戦闘で貴重な戦訓を得た。

龍驤航空隊は、航空攻撃の後半、味方の戦闘機隊が無線機とレーダーを活用したフランス海軍戦闘機隊により拘束され、攻撃隊に少なくない被害を受けていた。

空母「龍驤」は攻撃隊収容後、フランス極東艦隊追撃の任務から外された。

航空隊を伴わない印度支那派遣軍が帝国海軍へ航空支援を強く要望し、連合艦隊司令部が「龍驤」をそちらへ振り向けたためだ。

そこで帝国海軍は小沢治三郎少将指揮の第二南遣艦隊の重巡戦隊と水雷戦隊による夜襲を決定した。

帝国海軍は、自分たちのお家芸である夜戦でフランス艦隊を撃滅し、第二戦隊の仇を打てると確信していた。

しかしこの夜戦で、第二南遣艦隊はフランス艦隊からレーダーによる奇襲攻撃を受け、混乱の末同士討ちを演じる醜態を晒し、フランス艦隊を逃がしてしまったのであった。

この結果に帝国海軍は戦慄した。

自らのお家芸でもある夜戦で醜態を晒し、剰えフランス艦隊を取り逃し、シンガポール入港を阻止できなかったのである。

列強の席にいる事で、何処か慢心があった帝国海軍にとって冷水を浴びせ掛けられた出来事であった。



インドシナ半島の戦闘は激化の一途を辿り、日本政府はヴィシー・フランス政府との取り決めを破って南部侵攻を決断。

近衛首相の決断は、東アジアと太平洋に激震を齎した。

進駐前から近衛政権の武断的行動を非難していたアメリカ合衆国と大英帝国は、石油や屑鉄といった戦略資源の対日輸出全面禁止と、在米英日本資産の凍結を実施すると発表した。



帝国臣民は自分たちが選挙で選んだ政権が引き起こした惨事に驚愕し、後悔した。

しかし一度動き出した歯車は止まることなく動き続けた。

日本は正に坂道を転がる石の様に戦争へと転がって行ったのだ。




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