3 ソーラーパネルと初配信と彼女の事情③
「……その、今日の配信はどうだった?
楽しかった、かな?」
ミヤビたちとの約1時間余りの配信を終えた後。
キュウハチ荘の一室、各種設備が揃えられたメンテナンスルームにて。
俺の電脳や人工心臓にプラグを差し込み一通りのデータを取り終えた管理人が、固い声でそんなことを聞いていた。
常駐の感情予測AIが導き出した属性は上から不安、自責、罪悪感、期待、後悔。
まさか無理やり付き合わせた事に負い目でも感じているのだろうか?
だったら最初から「お願い」とか言うなよ、と思わなくもないけど……まあいい。楽しかったか、だったか?
そんなわけあるかよ。大体自己紹介の後はミヤビが中心になってリスナーと駄弁っていただけじゃないか。顔も知らない人間と初対面の奴のやり取りを見てどうやって楽しめと? 正直、今日一回でもう勘弁だ。
今後の平穏のためにも、ある程度ここで線引きはさせてもらおう。一応言い合いにならない程度に濁して、と。
「まあ、そこそこ。
でも流石に毎日は無理。私は一人の時間が好きだから」
「うん。分かった。
今後は無理に誘わないでって二人に伝えておくね」
「……よろしく」
彼女の態度に緊張や不安は見えない。どうやら嘘はついていないようだ。
一応の期待を込めて、小さく頷く。
とはいえ全面的に信頼するつもりはなかった。人間の心なんて環境や状況でいくらでも変わり得ると痛いほど知っていたから。
「……ほんとはね、二人とも迷ってたんだよ。アキさんの事情を考えたら、そっとしておいてあげた方がいいんじゃないかって。
でも『辛い時は強引にでも引っ張ってあげたほうがいい』ってミヤビちゃんが言いだしてね、僕もそれに賛成したんだ。
だから二人の事はあんまり毛嫌いしないであげてほしいな」
「……。別に、嫌ってはない」
「それじゃあ好きになった?」
「っ」
見透かしたように微笑する管理人が気に食わなくて、視線を逸らす。
はあ。これだから人間は嫌いなんだよ。まるで自分が正義のような顔をして、勝手な都合を押し付けてくる。
数秒の沈黙。
ピコンという音が箱状の検査機械から鳴れば、管理人が眼前の空中結像ディスプレイへと険しい顔を向けた。
「うん。内部数値は事前のデータから変動はないみたい。
全体稼働率は76.2%。動きの悪い下腹部、右腕、口元を中心に、周辺部品に余計な負荷がかかってる。
今はまだ何とか大丈夫だけど、もしこの状況が長く続けば……」
「そう」
常時実行している自己モニタリングの結果通りだ、今更驚きはない。
元々、あいつの手によってこの素体に押し込まれた時点で、パフォーマンスは下降傾向にあったのだ。
そのおかげでこうして自由になれたんだから、むしろ感謝しているくらいだ。
願わくは、完全に機能不全となる最期の瞬間が早く来てほしいものである。
「勿論、君たちの整備士として僕も全力を尽くすよ。部品を改良したり、接続方式を変更したり、きっと何か方法はあるはず。
だからどうか……諦めないで」
「……」
情熱を孕んだ瞳が俺の体を射抜く。
感情予測の結果は言うまでもないだろう。こんな場所に勤めているくらいだし、俺たちフィーに対する熱量だけは本物なのかもしれない。
それでも、一介の整備士程度に俺の状態を何とか出来るとも思えなかった。
少しでも機能が落ちれば警告が出るように、全体稼働率――全部品の中で正常に稼働するものの割合は100%を維持することが前提の数値だ。
前の持ち主のあいつも警告が出たと知れば自慢のコネを使って何度もメンテナンスしてくれたが、結果はご覧のあり様。ついぞ不調を治すことは叶わなかった。
そうして期待に応えられなくなって捨てられ、管理団体に拾われた後も同じ。
どれだけ部品や設定を変えようと、必ず同一箇所で機能不全が起こる。
原因不明の致命的な欠陥。
人間の言葉に言い換えるなら不治の病だろうか。まるでお涙頂戴物のドキュメンタリーでも始まりそうである。くそったれ。
「……そう。勝手にすれば?」
まあやるだけなら自由だ。精々自分の自己満足のために、無駄な時間を費やせばいいさ。
あっ、と消え入りそうな声を上げる管理人を置いて、メンテナンスルームを出る。
『……あの宵ヶ浜事件から今年で8年になります。
フィーが加害者になるという前代未聞の殺傷事件。
果たしてそこにどんな理由があったのか。フィー亡き社会に生きる我々は今一度考え直さなければいけません』
リビングでは自動音声製の下らないニュースが流れていた。それもミヤビとヒナタが座るソファーの前に置かれた旧式の液晶テレビから。
宵ヶ浜事件――俺たち|自立型汎用アンドロイド《フィー》の危険性を知らしめ、後の全国一斉自主回収という暴挙に繋がる契機となった最低最悪の出来事。
そんな俺たちの運命を決定づけたと言える事件に思うところがあったのか、ニュースが当時の映像を映し始めたところでミヤビが黙ってチャンネルを変えた。
まあ気持ちは分かる。
俺だってあれさえなければ今もまだあの家に……て、今更な話だな。
どんなに願ったって時計の針は戻りはしない。立場も心情も、交わりようがないほど離れてしまったのだ。
「お。なんだ、帰ってきてるじゃないっスか。
メンテナンスはどうでしたっ? やっぱり白衣衣装の玲奈もなかなかクルものがあるっスよねえ」
したり顔を浮かべ、ひょこひょこと近づいてくるミヤビ。
確かミヤビとヒナタには俺の事情は大まかにしか伝えていないんだったか。つまり彼女たちが知っているのは、今の俺が成人女性型の素体に無理やり少年型の電脳が埋め込まれている状態な事くらい。だとしたらまあ、管理人が言ったように呑気に振舞うのも分からなくはない。
最も、そんな思惑に律儀に乗ってやるつもりはないけれど。
「……お前は」
「??」
本当にあの配信とやらに意味があると思ってるのかよ?
例え仮面をかぶったところで、俺たちの状況は何も変わらないじゃないか。
そんな言葉を喉の奥で潰す。
それを聞いてどうするつもりだったのか。自分でも分からなかった。
……駄目だな、これは。いつの間にか俺もあいつらのペースに呑み込まれていたらしい。
「何でもない」
瞳を瞬かせる彼女の横を通り過ぎ、案内された自室へと歩く。
分かっていた事じゃないか。何度も思い知らされたじゃないか。
俺たちを勝手に生み出して、放り捨てた人間も、それでも尚創造主に尽くそうとするフィーも、汚らわしい俺自身も。
――全部、くそくらえだ。
とその時、ミヤビが俺の肩を掴んで大袈裟に肩をすくめた。
「……その気持ち、分かるっスよ。
やっぱり意味深な間とか、何かを言いかけて躊躇するシーンとかは憧れるっスよねえ」
「は?」
うっざ、何だこいつ。