番外編 日出る国の夜明け前
異能の代償には主に二通りあるとされる。
前者は稀に記録される一括払い型。
後者は個々思想を加味した利息込みのローン払い型。
何方も一長一短で庶民を含んだ上流階級は被害を最小限に抑えるように後世にも微力な能力の選択を強制。
2018年代の埼玉支部上尾市担当の全隊員の紹介。
黒瀬燈和 埼玉支部担当、2019年2月14日殉職。
46歳。186cm72kg。誕生日、1月1日。
記多真澄 埼玉支部担当、2019年2月15日退職。
46歳。180cm?5kg。誕生日、4月26日。
砂糖虎太 埼玉支部担当、2019年5月22日殉職。
39歳。192cm119kg。誕生日、3月17日。
白銀綺美 埼玉支部担当、2019年10月23日?職。
31歳。164cm??kg。誕生日、10月23日。
鷲見捨雄 埼玉支部に1999年頃に就職。
48歳。176cm48kg。誕生日、9月23日。
雀田一誠 東京本部に2016年2月13日頃、就職後、本人の希望により、埼玉支部上尾市周辺の管轄に異動。
19歳、178cm71kg。誕生日、11月3日。
嫌いなもの、政治家、マスコミ、国連。
桜月朋枝 東京本部に2016年2月14日頃、就職後、本人の希望により、埼玉支部上尾市内外の担当に異動。
21歳。172cm?1kg。誕生日、7月25日。
「あぁ、さっさと死んでくれねぇかなぁ――全人類」
魂さえ零れ落としてしまう嘆息を漏らしながらふと天を仰いだ先には、雲一つない青空が広がっていた。
それはもう、心の底から憎たらしいくらいに。
「?」
何時しか凛と肌を突き刺すそよ風が小樹を戦がせ、木漏れ日越しに燦々たる陽光を眺めていれば、枝葉からたった一羽の小さき雀が強かに羽撃いていった。
まだ、届きそうにない天へと向かって。
「最近減ったな」
「そんなにお友達が減って悲しいか? 一誠」
いつの間にか、傍らには憔悴しきった上司の影が。
「えぇ、我々が絶滅してしまえば、人類は食糧危機に陥り、滅ぶとさえ言われていますから」
「そりゃ、ミツバチだろ?」
「どーでもいいです」
「良くはないだろ」
「いいから、早く行きません?」
「お前ねぇ、名前の割に結構ドライなとこ多いよな。性格自体はかなり似てるんだが」
「気高い鷲の姓を預かる癖に、気性も、瞳も、隊の誰よりも温厚な貴方にだけは言われたくありませんよ」
「ま、こっちは捨ててるからな」
「もういっその事、雄から雌に改変したらどうです」
「嫌だよ、絶対。ほら行くぞ」
「はいはい」
渋々重き足を引き摺りながら鷲見さんの後に続き、静寂が果てしなく続く無駄に高いビルに足を運んだ。
「すみませーん」
「はい、どうされました?」
「現在、部隊所属の者が音信不通でして此処へ。私は埼玉支部所属の上尾市担当、副隊長の鷲見捨雄です。後ろの好青年は部下の人畜無害な雀田一誠ですので」
「黒スーツに武器の携帯……デビルハンターさん?」おまけに死神を想起させると話題沸騰中の部隊だよ。
「はい。急を要しますので、白銀綺美隊長の鍵を」
「番号を」
「4――」
敏腕ネゴシエイターの手腕を信じた俺は骨と皮ばかりに痩せ細り、丸まってしまった背を見つめていた。
「承知致しました、少々お待ち下さい」
お互い、あの頃の見る影も無いですね。
それも全部、昔から消え入りそうだった隊長が息を引き取ってから。
「いつもお世話になっております、今、とう」一瞬、緩慢な瞬きで意識がふっつりと途切れ、舞い戻れば、
「では、確認が取れましたので此方を」
「どうも」
「あっ」
子供好きの骸骨擬きがあの地獄に俺を手招き、死に急ぎに興じる仕事人が敢え無くエレベータへと一歩踏み出そうとした瞬間「エレベーター故障してます!」
「え」
「え」
嵐の前の静けさに過ぎない階段如きにもう既に満身創痍に瀕し、心身共に志半ばで挫けそうでならない。
「携帯には繋がらなかったんですか」
「いつものことだ」
「ですね」
「はぁ」
「にしてもほんと嘘下手ですよね、鷲見さんって」
「ん? 何が?」
「あの人に限って、それだけは無いでしょう」
「ああでも言わないと、直ぐに貰えんだろ」
「まぁ、それもそうですが」
「……」
「……」
色濃く噎せ返るような暗雲が新たなる歩みの前に覆い尽くさんと立ち込め、副隊長は咄嗟に空を払った。
「そういやさっきの独り言、間違っても公衆の面前では口にするなよ」
「これでも外面に関しては弁えてますので御安心を」
「本当かぁ? 凄え不安なんだが」
「俺は貴方の体の方が気掛かりですよ」
「フッ、何だ心配してくれるのか?」
「誰が見ても危惧するビフォアフターなんでね」
「確かに先日の魔人と獣人のハイブリットの移民のだって、本来、連日連夜働き詰めの俺たちに当てがう任務じゃねぇからな」
「そうですかね」
「そうだよ。異常にしぶといし、国際問題に発展しそうだしでもう、心も体もガタガタだよ」
「誰であろうと悪魔は悪魔。処分対象に過ぎません」
「そりゃクイックスパロウの名で世界に知られるお前には些細な出来事だろうが、俺のような非戦闘員には魔人でさえ一苦労なんだよ。あーそろそろ休暇が欲しい〜」
「無理でしょう。今この瞬間にも大勢の人が死んでんですから。ったく、上層部の屑共は何やってんだか」
「なら、お前が代わりを務めればいい」
「そう宣言した直後に桜月さんは死にましたがね」
「その件は絶対にあの子たちの前で口にするなよ」
鷲に等しく鋭い眼光を突き立てる様は思わず俺に息を呑ませた。それはまるでガラスに亀裂が走るように。
「何故です、此れも教訓の一種でしょう」
「愚痴ってのは上司にぶつけるもんだ」
「ハァ……改めます」
「溜め息も禁止」
「っ、ハァァァァ」
「って、こんな昼間っから男二人むさ苦しく何やってんだ……。あぁ、今頃木葉ちゃんは社会科の授業でも受けてるんだろうな」
「いや真昼時ですよ、現在進行形で昼食の時間ですよ、本当なら我々も休憩時間なんですから」
「この時代で食べ歩きも許されないからな」
「腐ったクレーマー連中のせいで悪魔被害が余計に拡大してますし。自分たちは豚みたいに肥えているのに。それか余程、他人の不幸を見るのが好きなのか」
「世の中色んな奴がいるもんさ。それも全体の一種。溜まった不満は今のうちに全部、吐いておけよ」
「言われなくとも、そのつもりですよ」
「欲を言えばこっちは一応、三日三晩まともに寝れていないことを踏まえてくれると、大変助かるんだが」
「俺は八日連続不眠不休ですよ」
「お前は異能が支えてくれている分、幾らかマシなんだろう? ついでに言うと、もう少しだけ口数を減らした方が良いぞ。綺美さんにも常々言われていただろ『お前は喋らなければ、完璧だ』と」
「大前提として幾ら肉体が衛生的であっても精神状態は一切、緩和されませんし――。自由を奪われた完璧なんて不完全な他者が求める傲慢に過ぎませんので」
「一理あるな。にしても腹減ったぁ。もう隠れて食べてもいいかな? 最近の子達って何でも直ぐに晒すからな。マスコミに見られてるみたいで怖いよ、俺」
「政治家連中は今頃、我々の血税で己の価値に見合わぬ、さぞ豪勢で不相応な食事をされていますよ」
「あぁ、だろうな。早く法律変えてくれねぇと」
「それは無理な話でしょう。子供のように目標を掲げる心意気だけは立派な、残念な集まりですから」
「はは、そうだな」
「燈和さんが居なければ、街中での武器の携帯すら許されていなかったんですよ、俺たちは反社に皆殺しにされていたか、こっちが全てを八つ裂きにする末路しかなかった」
「あの人は偉大だよ」
「そもそも大抵の問題を国民でも、上層部でも、政治家でも無く、あの人が対処していたんですよ」
「あぁ、そうだな。これでも最近はちゃんと見極めて、あの中でもまともな人に投票してるんだがな」
「居ますか? そんなの」
「居てもらわなきゃ、困る」
「昼食の合間にでも良いから、学校側はちゃんと納税と投票の仕方を学ばせるべきだとも思うんですがね」
「色々あるんだろうよ」
「その色々の都合の良い社会に作り上げられているんですがね。今度、神社に参拝でも行きませんか」
「少なくともお前の願いは叶わないよ、実力でねじ込めた方がよっぽど現実味がある」
「じゃあ、いっそのこと寝返ってしまおうか」
「お前はそういう男じゃない。それは唯一、全員が知っていることだ。ま、仮に寝返ったとしてもそん時には現役ハンターの七割が退職するか、殉職している頃だろうしな」
「かもしれませんね」
何度と吐き気の催す会話のキャッチボールを繰り返せども、足音の飛び交う仄暗い灰色に染まった階段の終わりは未だ蜃気楼さながらにその全貌を閉ざしていた。
「そういやソフトバン――」
「すみません、野球全然知らないです」
「そうか、誰なら知ってるんだ?」
「そうですね、王貞治さんとかですね。性と偉業がカッコいいので、この人だけはちゃんと覚えてます」
「お前は昭和生まれか」
「最近は二刀流の人もよくニュースに出ていますね」
「いい加減、名前くらい覚えろよ」
「どっかのテレビ会社がやらかしてからはあんまり見てませんが」
「俺たちのプライバシーも容赦なく曝け出すからな。全く、金が全てかねぇ?」
「それ洒落ですか? 笑えませんよ」
「え? ……。ぁ、ちっ、違うわ!」
「そうですか」
「あぁ、あっ、そうだ! お前見たか? あの報道」
「確かテロでしたっけ、物騒ですね。日本じゃなければ、もっと過激な上に皆殺しにされてそうな現状ですが」
「意味のないことするもんだ。半端な意志の下手な奴らが焚き付けられないといいが」
「人間何があるかわかりませんし、最大限の対処で身構えておくしかありませんよ、まぁそれにしても、当然ながら政治家を擁護する人は誰一人居なかったですが、今回の件で本当の馬鹿が何の意味も無い同情の一票を入れるのも問題だと思いますがね」
「上から見下ろすのが好きなのさ」
「その結果、これから生まれてくる子たちが望まぬ形でビルから飛び降りるんですがね」
「そうだな、それにしてもテロには屈しないとは頼もしいね、こりゃ」
「彼等も引くに引けないんでしょう。此処で撤退したら全てを失いますし、それにしても今回のテロで死人が出なくてよかった」
「あぁ、そうだな。本当に良かった」
「主に民間人に」
「はは、一言余計だな」
「まぁ、最近のあちら側も行動は目に余りますがね」
「全くだな。……もし、都市部で大規模のデモが発生して、お前がその場に立ち会ったなら、どう対処するつもりだ?」
「俺がたった一つだけ恢原家に感謝しているのが、それですよ。俺は今もそれだけは厳正に守られている法に則り、動くだけです」
「今じゃ世界中の非難の対象だがな」
「所詮は、力を持たぬ者の戯言、取るに足りません。実力の乏しい者に自由を主張する権利なんてありませんよ。それはいつの時代でも一貫してきたこと」
「手厳しいな」
テロ行為が美化されたらお終いだが、同時に手を拱く第三者の身に危険が降り掛かるが故のことでもあり、散々魂の一部を切り刻んだ投票の公約を容赦無く破棄し、他者の想いを踏み躙ってきたからこそでもあると思えると一概に悪が一つとは呼べないのがこれまた。
「上の連中は自分たちが良ければ、それでいいと言うスタンスを未だに続けていますからね、もう救えない。だから、死ぬんです。いずれ、ですが」
「テロリストを支持するなよ」
「世界が荒めば、悪は時に神にもなり得るんですよ、残念ながら。そして、その神が裁く悪を糾弾はしても、誰も止めようとはしなくなる、そうすれば、本当に終わりが訪れるんです。国か、腐敗かのどちらかがね」
「そうだな。なら、さっさとこの国から出ていけばいい。他国からスカウトを受けてるんだろう?」
「えぇ、何度も何度もしつこくて困る」
「お前ほどの実力ともなれば、相当な待遇が与えられるんじゃないか?」
「今の報酬の数百倍にするという国もありました」
「おいおい、マジかよ。じゃあ四桁行くってことか」
「それでも正規の金額には到底、足りないですが。おまけに払う払うと先延ばしにされてきた未納の報酬額は我々全体で見れば、国家予算にも匹敵する」
「そう、だな」
「もう終わったんですよこの国は。もし次の選挙でまともな結果が出なければ、本当に死人が出ますよ」
「その時はお前が守るんだろ?」
「残念ながら、その時には偶然にも他国に遠征へ行く予定があるかもしれませんので、何とも」
「なは、何故、そこまでしてここに残るんだ?」
「さぁ、何ででしょう。きっと俺が馬鹿だからですかね」
「ふっ、お前をそう言う奴なんて一人もいやしないよ」
「結構、言われてますよ、主に信奉者から」
「あんなの無視しろ、敵だろ敵」
「そうですね。それにしても宗教での二世の怨嗟もそうですが、本来、神に祈って幸せになる筈が、逆に人を不幸にするだけではなく、争いを生んで死者を出すとは、何とも皮肉ですね」
「そうだな、今の時代……に限った話じゃないが、強制ってのは自由を縛るのと同義だからな。自分本位なのがよくわかる」
「それを神のご意志と云うのは、むしろ烏滸がましいんじゃないでしょうかね」
「かもしれん」
漸く掃除が行き届いて何とも開放的な外廊下に登り詰めた俺は、屋根で陰った日向に手を伸ばしていた。
周囲を見下ろせども、人一人いない閑散とした場所。
「最近はこの場所も人が減りましたね」
「悪魔の被害域は年々広がってるからな」
「無人街になるのもそう遠く無いかもしれませんね」
「あぁ、やだな」
「それもこれも全部――」
また始まったと言わんばかりに鷲見さんは色褪せたスーツに皺を際立たせるようなまん丸とした猫背と化し、その隙間から垣間見えてしまう身体に刻まれた大小様々な無数の傷痕は自然と目のやり場に困らせた。
「最近は信奉者との関係を露呈させるような政策に工作員やらが余計に増加していて嫌になりますよ」
「そうだな」
「選挙に行かない若者もまだいますから」
「いつの時代も一定数いるからなぁ、そういうことに興味を持たない連中が」
「それくらいしか存在意義の無い連中なのに、よく平然と生きていられるな」
「お前、そんなに人を貶して楽しいか?」
「それを人とは呼ばない」
「あのなぁ」
「だって、皮肉だとは思いませんか? 先人たちが築き上げてきた国が未来ある若者の手によって、踏み潰されていくなんて」
「結局、爺さん婆さんが勝つさ」
「もう時期くたばるってのに、でしゃばりますね」
「そう言うな、支えてきてくれたじゃ無いか」
「だから、今度は我々を助けろと? 俺だったら、その歳まで生きていませんよ、命賭して死んでるか、首吊ってあの世行きですから」
「そう言うことは言うんじゃねぇ」
「すみませんね、愚痴が止まらなくて」
「そうじゃなくてだな、あぁ――睡眠ってホント大事だな」
「我々は今この瞬間に、もう二度と戻れない未来を左右する片道切符を与えられたんです。慎重に選び、その選択に後悔がないか、振り返らなければならない。己の為に、明日の為にね。そうやって人々が他者に気後れせずに進めば、絶望は希望に変わる」
「清々しいほどの綺麗事だな」
「自己啓発本に脳を侵されたかもしれません」
「面白い本が知りたいんなら、俺のやつを」
「新品同然でしょ」
「バレたか」
「乾いた感想と置き場に困る物の押し付けは結構です」
「テレビで評判良かったけどな」
「マスコミ関係者も信奉者とつるんで、投票意欲を下げようと画策しているらしいですから」
「繋げてくるな、それは単なる陰謀論だろ」
「かも知れませんね、でも今の彼等の信用はその程度ってことですよ。もう誰も見ちゃいない。信じようと曇りなき眼ではね」
「ほら、着いたぞ」
「やっとですか」
「あぁ、それだけは同感だ」
心なしか歪であった背筋が徐々に伸びていく傍らでいつものように不用心な扉に手を添え、徐に開けば。
「閉まってますね」
「妙だな」
「何です?」
「あの人は基本的に家に鍵を掛けないんだ」
次第に息苦しく張り詰めていく淀みきった空気に緩慢に息を呑む音が鼓膜に鮮烈に響き渡り、谺する。
鍵を震わせるほど握りしめていく鷲見さんの手に掌を差し伸べようとしつつも、ドアノブに手を掛けたもう一方の片手に拳銃の安全装置の解除をさせた。
「このご時世ですから変わったんでしょう」
「それだけ自分の力に自信があった人だからな」
「それなのに――」
「『鍵が閉まっている』と?」
「あぁ」
「今日は気分が悪かったからとかでは?」
「気まぐれな人だからか、その説も十分にあり得るが、一応本部に連絡を取ってもらって、確認できるハンターを此処に派遣してもらおう」
「素直に窓から行けば良いのでは?」
「万が一、待ち伏せされていたら厄介だろう」
「その時点、人質として生きていたしても死んだも同然でしょう」
「隣人に被害が被れば、我々全体の立場が危うい」
「どうせ、グルですよ、全員出掛けていたようですし。そもそもこんな場所に住む奴はまともじゃない」
「お前はどうしてそうネガティブなんだ」
「そのお陰でここまで生きてこれたものですから」
「はぁ、そうだな。じゃあ一応連絡を取って、次の任務に差し支える程時間が掛かるようであれば、俺たち二人で気をつけて行くぞ」
「承知致しました、鷲見さん」
「お前…………」
物憂げな表情を浮かべて冷ややかな視線を向け、流れるように移した扉の先には、痛いげな仔猫を憐れむような眼差しには僅かな憂慮の念を抱いていた。
「何です?」
「いいや、何でもないよ」
何か気に障るようなことでも言ってしまっただろうか。
……。
「駄目だ、やはり此処は電波が届かないみたいだ」
「では、どうされますか?」
「戦闘準備」
「了解」
腰部分のスーツをふわりと浮かせて裏地を翻し、背中に覆い隠していた六本のナイフをホルスターごと颯と脇腹に動かして、二本のナイフを鞘から払った。
「行くぞ」
「はい」
俺たちは正面玄関から正々堂々、泰然と闊歩する。
きっとまた、鍋パーティでもやってるのだろう。
そう頭の片隅に言い聞かせる楽観的な自分が居ても、重苦しく静寂に包まれた空間は俺を土足で床に上がらせ、気配を殺しながら足音を忍ばせていた。
頻りに振り向き様に見せる目配せに視線を泳がす。
鷲見さんは風変わりな瞳に変貌した猛禽たる鋭い眼光であらゆる死角と部屋に目で訴え、次々と雑音ばかりが響き渡り、谺する場所を乗り越えていく。
そして、遂に辿り着く。
居間。
薄らと扉に閉ざされても唯一、見通せるすりガラス越しからでも伝わる華奢な影が椅子に座った姿。
俺が心の底からホッと心から胸を撫で下ろそうとしたが、柄を握りしめる両手は緩める気配が無く、鈍く輝く刃に映りし二人の面差しは酷く怯えていた。
ドン。
もう一方の扉から届く合図の音に呼応し、片方の刃を鞘に収めて拳銃を手に携え、勢いよく飛び出す。
けれど、その想いは一瞬にして失われた。
椅子に座らされた白銀さんから絶えず零れ落ちていく真っ赤な鮮血と心を無くした空っぽな胸に。
ただ見ていることしか出来ない。
「は?」
だが、その惨状を前にしても、時は待ってくれない。
無数の燦爛たる死の光に視界が包み込まれるとともに鼓膜を突き破らんばかりの轟音に呑まれて――。
「いっせ‼︎」
俺はきっと夢を見ていたんだろう。
2019年2月14日以降から現在までの記録記載、公開。
2019年10月23日、全国デビルハンター533173人。
公共34人。転職25、休職2、殉職7。
民間44人。転職12、休職9、殉職23。
公共ハンター約226513人
民間ハンター約296658人
本日、3名死亡。
リスト。
白銀綺美(38)鷲見捨雄(48)他一名不明(?)
残り533173人。
全世界での生存者の総悪魔討伐数、No.4。雀田一誠。出自、一般家庭。父、貿易関係者。母、専業主婦。兄、高校生。弟、中学生。今では理想的な家族。
異能
壱
約14mの跳躍。山形と水平の選択可能。三回連続使用後、一時的な反動で数分間稼動停止。確定情報。秒速17m以上からの発動が可能だが、大幅な速度上昇且つ急発進は人体に多大なる影響を及ぼす為、基本的に最低速度から誤差0.25m程度までしか使用していない。最高速度は計測に於いては未知数だが、本人の肉体状態の計算上、最大は50mまでとされる。
弐
常時、肉体健康状態維持。終日で一ヶ月の寿命喪失。
参
???
異能ランキング、例、獄、秀、優、良、可、不可、無
一つ目、可。
二つ目、良。
三つ目、無。
在職日数、1,522日。海外遠征、約二十二度の経験。
総悪魔駆除数、867,214体超え。これは公安の鑑定課の計測に基づく記録とされ、原形を留めてない悪魔など、偽造の可能性が低い場合でも無効と判断され、報酬そのものが破棄されているという意味である。
割合、魔獣六割、魔人一割、異人形二割、悪魔一割。
魔獣、46万2803体、1295億8484万円。
魔人、11万2684体、6761億400万円。
異人形、21万5873体、5兆6126億698万円。
悪魔、7万5854体、31兆8586億8000万円。
推定総額、約38兆2,770億6684万円。
現在の既払い金額、28億7300万円。
尚、デビルハンター誕生時から行使されている国際法に則り、期日から数年以内に支払わなければ、各国の国家予算から賠償として数倍に上乗せした状態で自動的に返済される。近年では世界中から刺客に追われていると明かした。現在、4985人殺傷済み、一切が不起訴。今は他国からの全ての要請を打ち切っている。
補足。
動植物系統の悪魔、魔獣一体に付き、基本的に十数万から数十万まで幅広く、地域や危険度に加えて強さや属性、異能や知性によって各々の金額が選定される。
魔人は数百万からで被害状況と異能の有無次第。
異人形は一体でも数千万に論功行賞を上乗せされる。
悪魔は報奨金に勲章授与に加えて、高待遇の措置。
最低でも数億から数百億以上と推定されている。
小ネタ
駆除、討伐参加者の貢献度によって割合が異なり、支部本部の現場映像と状況説明の照合で分配される。政府が賞金共有に関わらなかった頃は基本的に均等に分配し、激しい揉め事から殺人事件にまで発展していた。又、中抜きに走った人物はそれ以降、行方不明。
数十年前までは、そういった事例が相次いでいた。
更なる小ネタ
デビルハンターの報酬を悪と題して、在職者の納税額を倍増させようと豪語した議員は次の日から行方不明となり、未だに遺体すら見つかっていない。鑑識課に捜索させた結果――――四つの国に存在すると断定。
完全犯罪が日常茶飯事の世の中で不用意な言葉は己の首を絞める縄となりかねない。が故に、異能担当の鑑識課は財政省等から甚く重宝されており、何故か政治家の次に給料が高く、皆が不満の声を漏らしている。
雀田一誠の装備。
肩甲骨から背中に掛けて六本のナイフを身に沿ってスーツの内側で隠しており、脇腹にスッと移動するように作られていて、かなりの機敏性といかなる状態でも鞘から抜けるように設計され、音声機能やモールス信号によって自動射出も可能。其々に異なる最強特殊能力が備わった完全特注品で数千万の予算を自腹で費やし、完成当初から現在までも愛用され続けている。
完全殺傷型アタッシュケース。通称、彷徨う棺桶。内部に搭載された様々な画期的なシステムも然る事乍ら、高層マンションを軒並み破壊可能な兵器を完備。総重量300kgオーバー、骸も三人まで移送実証済み。
以降、反重力装置を起動中。方法不明、総費用不明。
小ネタ
その件で主に反社や反日と度々、訴訟問題になっている。だが、一度足りとも敗訴を経験した記録が無い。噂では、その裏にある政治家の影の影響とされる。
鷲見捨雄の装備。
対人にも対悪魔にも威力調整が可能な拳銃を所持。他にも栄養補給摂取の完全食のスポンサー形食品や、対悪魔駆除専門製造会社専用の止血帯と発煙筒等も。
小ネタ
鷲見は対悪魔に優れた異能を宿していない為、戦闘等に於いても危篤状態に陥り、集中治療室に運ばれたことが数十回有り、本人は二度と経験したくないことを繰り返しやらされていると苦笑混じりに告げていた。
最後の小ネタ
極月の朔、某国にて世界各国から精鋭が派遣された。機密情報故、内容の一部のみの公開とされているが、ある存在の暴挙を未然に禦ぐ為の抹消を目的とされ、其等関係者及び現地民全ての死亡が確認されている。
そして、当時の雀田も暴国渡航記録が残されている。
現地に赴き、辛うじて生還した者のある情報筋によると代表先駆者たちの其々の利益を最優先するあまり、泥沼の戦場と化して最終的に得の総取り合戦が繰り広げられ、多くの犠牲者を生む羽目になったとのこと。
その際、雀田一誠は深傷を負い、臓器移植を余儀なくされたと云う。注、処分対象の臓器は今も所在不明。
平成末期から国内外問わず、日本での不当生活保護受給者とされる難病指定及び危篤状態の発生率が急増。
とある情報筋によれば、実験体と何とも陰謀論めいた噂が八百万の神の天罰だと忽ち世間一般に広まった。しかし、未だ明日を言い訳に増税を繰り返す政府が黙認する国民の血税は正規雇用者の低賃金を上回って、増え続ける理不尽に振り撒かれている現状であった。
著者、新田祐翼。にったゆうすけ
追伸、これは仮名である。