小学生の妹がユーチューバーになりたがっているので、全力で阻止したい
小学5年生の妹が突然「ユーチューブに動画を投稿したい」と言い出した。
あまり知られていないが、ユーチューブに動画を投稿すると死後かならず地獄に落ちる。なんとかやめさせたい。
とりあえず妹のノートパソコンを取り上げて、動画投稿への熱意が冷めるまで隠しておく作戦が良いだろうか。そんな考えを巡らす僕の心も知らず、妹は自分のパソコンをこちらに向けてこう言った。
「サムネイルも完成してて、もう動画も非公開でアップロードしてあるんだ」
そこまで作業が終わっていたとは。僕は暗い気持ちになる。
ちなみに、サムネイルとは動画の内容を画像一枚で表したものだ。本で言うと表紙にあたる。
「公開してないのはサムネとか動画タイトルとか、これで良いか見て欲しかったからなんだ」
「ふーん......」
僕に見ろと言っているらしい。動画投稿を止めたい立場の僕に、動画投稿の協力をさせようなんて。
「ねえ、もうすぐカテキョシが来るから、早く見てよ」
「分かった分かった、見るから。あと家庭教師の略し方キモいね」
カテキョシヒットマンリボーンって言う人なの?
......いや、そんなこと考えている場合ではない。さっさと適当なイチャモンをつけて、妹の心を折って動画の公開を諦めさせよう。
心が折れなきゃ、指を折ろう。僕を恨んでくれて構わない。地獄に落ちるよりはマシだ。地獄に行くのは僕だけで良い。
僕は非公開の動画が表示された妹のパソコン画面を一瞥した。
「なに!!!!????」
想像を超えた奇妙なサムネを見せつけられ、僕は思わず狂ったように大声を出してしまった。
「おにぃうるさい! 耳がキンキンだよ!」
「耳がキーンだろ。冷えたビールか?」
いや、そんな話をしている場合ではないし、兄のことを「おにぃ」って言うのあざといと思いませんか? 僕はもう一度サムネイルへと視線を戻した。
「そもそも! 猫を凍らせるとか大炎上間違いなしだよ」
「いやいや、サムネイルと動画の内容はまーったく関係ないから大丈夫だよ」
「どうあがいても炎上系」
妹が動画投稿デビューの初手で最悪のサムネ詐欺に手を染めようとしていた。最低だ。これはカントリーマアムの白だけを勝手に食べまくるぐらい最低な行為だ。
「炎上......じゃあこのサムネは使わない方が良いね。......あと、このサムネも」
言って、妹はタブを切り替え、別のサムネイルを見せてくる。
「これもサムネと関係ない動画内容にするつもりだったの?」
「うん。ずっとモスキート音が流れる動画にしようかと思ってた」
「やめてよ。なんで?」
「だって、若者を憎んでいるので......」
「この歳で???」
耳がキーンキーンになっちゃうよ。
「ともかく謎のおじさんをサムネに入れるのはやめなきゃだね。おじさんは出てこないんだから」
そもそもこいつら誰なんだという疑問は一旦置いておいて、他に気になった部分を指摘する。
「えーっと、チャンネル名はJSTVなんだ」
「うん。JS(女子小学生)だから」
「へぇ」
「あっ、投稿者名はね、勘解由小路・天罰・那由多にする予定だよ」
「わっ、センスが謎だぁ」
天罰?
「そうだ! 見てよおにぃ、女の子っぽい料理動画も考えてるんだよ。女子に大ウケの料理!」
言って、再び画面を見せてくる妹。女子小学生の料理動画なんて、NHKみたいでウケが良さそうでちょっと楽しみだ。僕は妹がこちらに向ける画面へと目を向けた。
「カマキリ系女子向けのチャンネル!?」
「カマキリ系女子って、なに?」
「特に考えずに言っただけだから、深く掘らないで」
多分オスを食う女子の事だと思う。
「というか、サムネイルは動画を開く前に目に入るから、あんまりグロいのをむき出しにしないで欲しいかなぁ。これじゃあ見た人みんな引いちゃうよ」
「はぁい」
言って、妹はパソコンをいじり、しばらくしてまた画面を見せてくる。
「はい。見ない方が良い動画だって分かりやすいサムネに変えたよ」
「見ない方が良い動画はそもそも投稿しない方が良いよ」
当然の事を伝えつつ、僕は画面を一瞥する。
「調理の結果を『末路』と表現しないで!」
嫌なタイプのまとめサイトみたいで、シンプルに『嫌い』ですね。そして妹は僕の批判を受け再びサムネイルの修正をしている。
「よし、これがシンプルで良さそう」
「仮にも料理なんだから、赤と黄の危険色でグロ注意って書くのも違う気がするけど......」
「じゃあもっと可愛くするね〜」
言って、妹は再びPCをカタカタと操作する。そうしてしばらくのち、こちらに画面を向けた。
「ハートマークが増えただけ!」
「いやぁ。増やせば安心かなぁと思って」
「ハートを増やして安心するのはゼルダの伝説だけだよ?」
妹がきょとんとした顔をしている。しまった、あんまりゲームしないんだった。
「あ、あとはどんな動画を投稿する予定なの?」
「あとは食べ物関係で、この前友達の家でご飯食べた時動画を撮ってたからそれを投稿しようと思うんだ」
「おー、いいじゃん。平和で」
「これがその動画用のサムネだよ」
「いや全部が違法!」
なんだこの画像は。
「ヤバ薬とヤバ葉が映ってるじゃん!」
「いや、水菜と味の素だけど......」
「それはしゃぶしゃぶのメインではなくない?」
シャブシャブなら肉を映せ。
「あとシャブって文字が1つなのもどう考えてもおかしいし......」
「ほんとはシャブシャブって打ちたかったんだけど、最初のシャブを大きく打ちすぎて直せなくなったんだよね......」
「さっきまでずいぶん器用にサムネ直してなかったかね?」
なんだか炎上商法の気配を感じる。妹のユーチューバー魂はすでに炎上商法に蝕まれているらしい。
やっぱり〇〇〇とか〇〇〇〇とかは、この世に存在してはいけない投稿者なのだ(〇にはみなさん好きな言葉を入れたら良いと思う)
そして妹はというと、不器用さを一切感じさせない技術力でサムネイルに手を加えていく。
「じゃあ、こうするね」
「言われると余計にだよ」
もともと合法なものに合法とはつけないのだ。合法米とか合法コーラとかあったら、多分違法だと思うでしょう? 合法という言葉は違法なものにしか使わない不思議な言葉なのだ。
「うーん......」
妹は何か悩んでいるようだ。しばらくしてまた画面をこちらに向ける。
「合法への自信無くすなし」
友達の家でやったの、ほんとうにシャブシャブで良いんだよね? 思わず聞きたくなる。そんな疑念を抱いている僕の事はお構いなしで、妹は次なる動画を見せてくる。
「あとは数字が回りやすい動画も考えてみたよ」
「急に用語を使わないでよ」
再生数が稼げるということらしい。
僕はその数字が回る動画へと視線を向けた。
「絶対ダメだろ」
光速でBANされる。
「あと動画の時間が長すぎない? 死んじゃうよ」
「じゃあ、こうする」
妹は僕の方に画面を向ける。修正早過ぎない?
「合法への信頼すごいな」
違法なものにしか合法という言葉は使わないのに。
「ま、どうせ中身は全然違う動画なんだけどね〜」
「またサムネ詐欺やってるよ」
もうちょっと無邪気な動画は作れないのだろうか。
「中身とサムネが違うってすぐわかる、冗談だって理解しやすいようなサムネに変えたら?」
僕がそういうと、妹はしばらく考えたそぶりを見せ、また文字を打ち込み始める。
「はい」
「処刑動画?」
サムネが笑顔なのがいよいよ怖いな。
「そもそも湯船が1000度になる事はないよ、科学的に」
水は100度で液体から気体になるのだ。
「じゃあ湯船は熱に耐えられるよう金属にする。あと、途中で出られないよう人が入ったら蓋をするの。ただし、息ができるよう空気穴は1つだけ空けておくね」
「風呂の説明してる? それとも処刑方法の説明してる?」
構造がファラリスの雄牛と一緒なんよ。そんな話をしていると、妹が段々と不機嫌になってきた。僕が文句を言いすぎたからだろう。
「もう! じゃあこれで!」
言って、妹は新しいサムネイルを僕へ突きつける。
「あー! しっちゃかめっちゃか過ぎる! とにかく、サムネは全部作り直した方が良いよ」
「えー! それじゃあせっかく作った動画が全部パー! おにぃの頭もパー!」
「テンポよく心を傷付けられた」
かなしいね。
「ともかく! これじゃ動画の投稿はさせられません!」
傷心の僕は強めに妹に言う。
「おにぃ! なにムキムキになってるのさ!」
「ムキになってるだけだよ?」
僕は強引に妹のノートパソコンを取り上げようとする。しかし掴む場所が悪かったらしい、引ったくったパソコンは僕の手からも離れ、そのまま地面へと叩きつけられた。
「「あっ!」」
パソコンは嫌な音を立て、いくつも部品が砕け飛ぶ。
「......」
「......おにぃ......直せる?」
妹があちゃーという顔で言う。
「こんなに壊れちゃったら、もう直せないな」
「そっか、人の心と同じだね」
「??????」
どうやら動画投稿は阻止できたが、財布への代償はちと高くなりそうだ。
おわり