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龍國戦記  作者: イカ大王
開戦篇
7/11

迫り来る巨砲

 008


 スピッドヘッド島から黒煙が上がっている。


「教皇庁艦隊はてんてこ舞いですな。ざまあ見ろと言ってやりたい。……って少尉、そこは議事録に書かなくていいぞ」 


 お調子者で知られている首席参謀の慌てた様子を見て、フィリップ・モナーク・カートレット大佐は大きく笑った。

 この場──巡洋戦艦「マーキュラス」艦橋脇に設けられた作戦室に厄介な神官はいない。アスカロン大陸沖海戦(「千陣」撃沈)と〈龍〉顕現の際にはいたが、「艦長および下士官、水兵の反逆を教皇庁に報告する」という名目で途中離艦している。

 将兵の粗探しをし、見つけては喚き散らすだけが能のエリオット司教がいないだけで、艦の風通しが良くなった気がした。

 それは第七遊撃戦隊司令部でも同様で、協議のために室内に集合した参謀たちの顔色は明るい。


「さて、紳士諸君(ジェントルマンズ)


 カートレットは苦労して笑いを収めると、咳払い一つし、室内を見渡した。

 作戦室にいるのは自分と参謀が五名、そしてあとは書記役の少尉候補生のみだった。

 艦長と書記のみが座り、残りの参謀は海図台を囲んでいる。

 台上には、ウェリントン半島から〈北大龍洋〉中央部に浮かぶサン・マルケネス諸島までを網羅した海図が広げられていた。


「〈諸王国聯合〉より宣戦布告がなされ、スピッドヘッド島が襲撃された。龍兵の大編隊によって、だ。泊地にいた教皇庁艦隊は壊滅的被害を受け、混乱状態にある。魔導参謀、状況の確認を」


「はっ」


 魔導参謀は打てば響くように応じた。

 海軍内で〈魔導〉と言うと、それは魔導通信や導波探信儀(マジック・サーチャー)関係のことを指す。


「敵龍兵大編隊が飛び去ってから三〇分が経過してます」


 彼はそう口火を切った。


「魔導逓信は混線が激しく機能しておりませんが、断片的な情報を集約した結果、南岸の工廠は三割が焼失し、泊地に停泊していた戦艦一二隻がなんらかの被害を受けたと考えられます。うち大破、大破着底、沈没は七隻に登ります。北岸泊地の中小艦艇を含め、反撃に向かう艦はありません」


 それを聞いた参謀らの心中では二つの感情が激しく入り混じっていた。

 一つは、到底主戦力になり得ないと考えられていた龍兵によって、奇襲とはいえ、基地機能と艦隊戦力の喪失に至るまでの被害を与えられたという驚きと、二つ目は、それが憎き教皇庁海軍に向けられたという喜びだった。


──〈帝国〉には帝立海軍と教皇庁近衛海軍という二つの洋上武装組織が存在している。

 国籍は〈帝国〉で軍種も“海軍”だが、前者は皇帝に隷属し、海軍参謀総局と大艦隊総司令部の指揮監督を受けるのに対し、後者は教皇に隷属して教皇庁内の近衛海軍作戦本部からの指揮を受けることになっており、全くの別組織である。

 近年は教皇庁の権力拡大に目ざとい人物が教皇に据えられていることあって、基地や新鋭艦、人材の多くが教皇庁海軍に奪われる事態が発生しており、帝立海軍で教皇庁海軍に良い感情を持っている者は皆無であった(スピッドヘッド島も例外ではなかった)。


「つまり、教皇庁海軍は戦力の過半を失ったということですか。……しかしまぁ」


 首席参謀が感心した声で言った。


「フリッツの連中、良く考えましたな。龍兵と母艦の集中運用とは。我が軍だったら正気を疑われる」


「マーキュラス」はスピッドヘッド島を目指す亜龍の大編隊を目撃している。

 爆装した亜龍が広大な〈大龍洋〉を渡洋できるとは考えられないため、航龍母艦(ドラゴンキャリアー)から発進したものだと分析されていた。そして、それは事実だった。

 なお「フリッツ」とは〈諸王国聯合〉で盟主を務めるザクセン王国初代国王“フリードリヒ”に由来する言葉であり、〈帝国〉内で〈諸王国聯合〉に対する蔑称として定着していた。


「我が国では商船を改造した軽龍母しか配備していないからな。それも、偵察や戦艦の援護を主任務とする補助戦力的位置付けでしかない。龍兵運用に関しては彼らに一日(いちじつ)(ちょう)がある」


 カートレットはつい三〇分前にまざまざと見せつけられた龍兵の力を思い出しながら言った。奇襲とはいえ、一度の攻撃で七隻の戦艦を戦闘不能にしたのはかなりの脅威である。


──〈帝国〉海軍では、近衛海軍も含め、戦艦に絶対の自信を持っている。

 どんな艦種よりも、巨砲を持ち、堅牢な装甲を張り巡らせられた戦艦こそが洋上の王であると信じて疑わない。故に出世コースは砲術や航海、魔導畑などに限られ、龍兵将校は将官にすらなれないのが常だった。

 そのようなこともあって龍兵は敬遠され、龍兵戦術や運用の研究などは、本来ならば畑違いであるはずの艦政本部の一部で細々と続けられているだけでしかない。


 その時、カートレットの脳裏に疑問が生じた。


 それは〈諸王国聯合〉海軍も同様だったはずだが、彼らがこれほどまでに龍兵部隊が主体の作戦を実施できた理由はなんだろう?


 (だぶん、上層部の一部の進歩派が強引に決断したのだろう)


 彼らと我が海軍との戦力比を考えたら、革新性のある龍兵にすがる気持ちはわからなくはない。

 現状、〈帝国〉が投入可能な超弩級戦艦と弩級戦艦の合計は(近衛海軍戦艦部隊を除いても)四五隻に及ぶが、一方の〈諸王国聯合〉海軍は、各王国海軍の戦艦戦隊を糾合しても二〇隻程でしかない。超弩級戦艦に至っては皆無だ。


 カートレットは言葉を続けた。


「しかしながら、龍兵の集中運用が先進的とは思わない。教皇庁海軍の戦艦部隊や工廠は大きな被害を受けたが、君らも知っている通り、それらは〈帝国〉全軍のうちから見たら極小数でしかない。それに……」


 その時、作戦室の扉が荒々しく叩かれた。

 首席参謀が「入れ」と言うと、通信担当の魔導士官が紙切れを持って入室する。

 息が荒い。彼は敬礼もままならずに報告した。


「朗報です。例の索敵方法で敵龍母艦隊の位置が判明しました。思ったよりもだいぶ近いです」


 それを聞いたカートレットは遮られた言葉を再開した。参謀らと向き直った彼の顔は不敵な笑みが浮かんでいた。


「発見された龍母は巡洋戦艦のカモでしかないからな」



 009



 第一航龍艦隊は第二次攻龍隊を放った後、帰還中の第一次攻龍隊を迎えに行くように南西へ針路をとった。

 ハンスの助言を艦隊司令のシュタインメッツが容れた形だ。

 彼は龍兵の専門家であるだけに、戦闘が彼らをどれほど疲弊させるか理解している。

 そのため、洋上で力尽きたり、天測航法を間違えて母艦の位置が分からなくなってしまう亜龍がどうしても出てくる。故に、母艦を西進させて帰還距離を減らすことで、不必要な未帰還を減らそうとしていた。


「攻撃は成功だな。大佐」


 艦橋で暇を持て余しているハンスに、シュタインメッツが言った。


 攻撃に参加している魔導逓信官の感応通信で、第一次攻龍隊の戦果は第一航龍艦隊の知るところとなっている。


 『戦艦七隻撃沈』


 結果を知った各艦では一時お祭り騒ぎとなり、艦長に諌められる事態が続出した。

 常日頃から戦艦部隊の水兵に「龍の垢落とし窟」と馬鹿にされ、鬱憤が溜まっていたのだ。

 一方の第二次攻龍隊に参加予定だった龍士たちは「当然の結果だ」と息を吐き、同時に第一次攻龍隊には負けん、と戦意を高めた。


「ひとまず安心です。自分の方針は間違ってなかった」


 シュタインメッツの言葉に、少しの寂しさのようなものがあることにハンスは気が付いていた。


 この戦いが、戦艦が絶対の王者ではなくなった瞬間であるからだった。

 龍母に一定の理解があっても、戦艦畑が彼を少将にまで育てた。その戦艦が相対的に弱体化せざるを得ないことに、一抹の寂しさのを感じたのかもしれない。


「戦艦にもまだまだ使い道はありますよ」


 ハンスはそう言ってシュタインメッツの横顔をうかがった。皮肉に聞こえかねないが、思ったことをズバッと言う、というのが〈龍人〉の会話的特徴でもあった。


 シュタインメッツはそれには答えず、「マッケンゼン」の正面を航行している巡洋戦艦を見やった。


 〈諸王国聯合〉が最初に建造した弩級巡戦級であることもあり、艦暦は二〇年に及ぶ旧式艦だった。

 今や、戦艦が搭載している艦砲としては小口径の分類に入ってしまった二八ミリレーテル砲を主兵装としており、それに比例して防護力も低い。名を「オスト・アンスヴァルト」という。

 それを見つめる彼の目には特別な感情が浮かんでいた。


「どうだかね。少なくとも今は……」


 その時、見張員から報告が上げられた。

 艦隊の左前方を守る襲撃艦の一隻が、帰還してきた第一攻龍隊を発見した、というものだった。


 ハンスはシュタインメッツが攻龍隊受け入れのための命令をきびきびと発するのを尻目に、艦橋脇の信号所に向かった。


 そこはこの階層で頭上に飛行甲板がせり出していない唯一の場所だ。

 帰還してきた亜龍たちを見るには絶好の展望フロアになる。


 と、ハンスは思っていたのだが、〈北大龍洋〉の肌を刺すような寒風に晒されながら空を見上げた龍人は、何も発見することができなかった。

 あらぬ方向を見上げている士官を見かねた見張員が「あちらです」と空の一点を指差し、双眼鏡を貸してくれる。拡大された遠方の像を凝視しながら、訓練を積んだ見張員の視力の良さに内心で舌を巻いていた。


 灰色の雲を背景に、黒粒のような点が見える。


 数は五〇ほどだ。うち半分は編隊を組んでおらず、小隊や単体で帰還してきている。その中にはよろめきながら飛んでいる亜龍もいた。

 やはり、戦闘は彼らをかなり消耗させたようだった。


 第一次攻龍隊は、()()()()()帰還してきた。

 つまり、最初の五〇匹に続き、五、一〇匹のグループが約三〇分をかけて断続的に艦隊上空へ姿を表した。

 艦隊が迎えに行ったとは言え、帰路の一〇〇キロレーテルは過酷であり、先頭編隊からの落伍龍が相当数に上ったのだ。


 ハンスは双眼鏡を親切な見張員に返すと、再び飛行甲板に上った。

 先頭編隊の亜龍達が続々と着艦してくる甲板上は一種の喧騒に包まれている。飛行甲板右脇に設けられた露天発着艦指揮所からの信号に従い、龍たちは一匹ずつ甲板に滑り込んでゆく。


 ハンスはボルツを探した。

 着艦した亜龍は一〇匹に登るが、彼はいなかった。

 恐らく、上空にとどまり、部下たちの帰還を支援しているのだろう。彼のことだから、最後の部下を待って着艦する気がした。


 ハンスは早々と帰還した興奮気味の龍爆中隊長から報告を受けた。


 詳しい戦果を聞くにつれ「龍兵は一〇〇年安泰」という確信を得る。

 戦艦七隻を撃沈または大破着底させしめ、三隻を大炎上、二隻を撃破。南岸工廠は約半分を破壊して、被害は亜龍四匹。

 思わずにやけそうになったが、辛うじて抑えた。

 第二次攻龍隊でも同程度の戦果を得ることができたならば、〈帝国〉海軍大艦隊を当分の間出撃不能に追い込むことができる。

 〈帝国〉には教皇庁海軍が残るが、同海軍は練度が大艦隊に劣るし、アスカロン大陸方面の作戦を主目的としているから、〈諸王国聯合〉にとって与し易い相手だ。


 うまくいっている。

 今のところ、うまくいっている。目的達成に向けてまた一歩前進だ。


 今度は耐えられなかった。盛大にニヤケる。

 龍爆中隊長は誤解し「最高の戦果でした」と胸を張った。


 その時、見張員の報告がハンスの耳に届いた。

『不審な動きをする翼龍が上空にいます』というものだった。


 その時、ハンスの身体に電撃のような衝撃が走った。

 秀才参謀らしい明晰な頭脳でとある可能性を瞬時に導き出したのだ。


 それを彼なりに分析した結果、まさかな、という思いがありつつ、一方で身体は無意識にそれを認めているのか、血の気が引いてゆく。

 血肉を求めて荒野を駆けていた時代の龍人の勘が、束の間戻ったのかもしれない。


「龍爆中隊長。敵基地攻撃の際、島周辺を航行する敵艦はいたか」


「はい。大佐殿」


 龍爆中隊長は様子が一変したハンスを訝しみつつ応えた。


「巡戦が一隻。島南東二〇キロを北へ航行中でした。ボルツ隊長は基地攻撃を優先したため攻撃はしていません。艦名はおそらく『マーキュラス』──」


 どす黒い疑惑が現実のものになりつつあった。

 ハンスは龍爆中隊長の報告が終わると同時に駆け出していた。

 目的地は、魔導逓信室。そこに行って確認しなければならないことがある。

 飛行甲板脇の階段を滑るように降り、亜龍格納庫に入る。その脇に設けられている個室の扉を荒々しく開け、ハンスは訊ねた。


「傍受された逓信はあるか」


 室内にいた逓信士官は一瞬驚いた顔をした。


 室内にはその士官の他、通常の海軍士官とは少し異なった服装の者たちが集っていた。

 逓信士官以外はいずれも魔導士を示す青色のベレー帽を被っており、龍人の室内突入という珍事にも動じずに、目をつぶって革張りの椅子に座っている。

 彼らの目の前には鈍い光を発する石が浮かんでいた。

 〈魔導逓信士〉たちである。


「い、いえ。味方の通信以外は──」


 逓信士官は魔導士たちを一瞥して答えたが、途中で発言を中断させた。

 石の一つがその光りを強めたからだった。その石とペアを組む魔導逓信士が手を挙げ、報告した。


「魔導逓信を傍受。されど発信点、宛先不明。暗号化されているのか、内容も不明」


 何もわからないじゃないか、と逓信士官は罵ったが、ハンスはこれで十分だった。

 戦闘に備えろ、とだけ言うと逓信室を後にする。


 続いて向かったのはシュタインメッツらがいる艦橋だった。


 とろ火で焼かれるような焦慮がハンスの体を襲っている。


 大戦果に浮かれる水兵や整備員の群れをかき分け、艦首方向へ駆ける。

 階段を駆け登り、水密扉を開く。開口一番「上空の翼龍は敵です」と叫んでいた。


 艦橋要員の視線が集中した。

 シュタインメッツはハンスの方は見ず、艦橋中央で腕を組んで微動だにしない。

 そしておもむろに言った。


「〈帝国〉の蜥蜴(とかげ)が艦隊上空に迷い込んだか。帰還する攻龍隊を尾行されたな。敵もなかなかやりおる」


 艦隊の置かれている状況を理解してもなお、シュタインメッツは落ち着いていた。心なしか嬉しそうでもあった。


 ハンスの心中は穏やかではない。

 艦隊を敵本土に近づける意見を出したのはこの自分である。このままでは苦労して作り上げた航龍艦隊が自分のせいで壊滅しかねない。


 つまるところ、第一航龍艦隊は敵水上艦艇に襲われる危険がある。

 帰還する〈諸王国聯合〉龍兵部隊に対し〈帝国〉軍は翼龍を尾行させた。それに魔導逓信士を乗せ、発見した敵艦隊を味方に通報できるようにしつつ、である。

 先に逓信室の魔導士が傍受した正体不明の魔導通信こそが、まさに敵翼龍が第一航龍艦隊の位置、針路、速度を通報したものに違いなかった。


 ハンスは大股で歩み寄り、詰問する様に言った。


「状況がお分かりならすぐにでも対応を。我々を捕捉しているのは『マーキュラス』です。全力で追われればマッケンゼン級は振り切れない」


 今ごろ、情報を受け取った「マーキュラス」は、舳先をこちらに向け、全力で距離を詰めにかかっているはずだった。

「マーキュラス」の名を聞いた途端、シュタインメッツは目の色を変え、「ほぅ」と呟いた。


「相手にとって不足はないな」


「はぁ!?」


 ハンスはシュタインメッツの口から出た言葉を信じられない思いで受け止めていた。敵にとって不足はない、だって?


「狼狽えるな、ルントシュテット大佐。元来、戦争とはそのようなものだ。敵も務めを果たさんとしてくる以上、一方的勝利などほとんどない」


「何を悠長な……!」


 その様子を見たシュタインメッツは小さく笑った。


「龍人も表情豊かなのだな。まあいい。……そうだ。なんか助言してみろ。大佐」


 ハンスはぐっと声を押し殺し、冷静を装って言った。


「艦隊を敵本土から遠ざけるべきです。早急に」


「駄目だ。艦隊の位置を変えたら第二次攻龍隊が帰還できなくなる」


 ハンスの口から獣のような呻き声が漏れた。まさにその通りだった。

 第一次攻龍隊でも苦労したのに、艦隊の位置を失った第二次攻龍隊が帰還できるわけがない。


 航龍艦隊は逃げられない。


「ならば──」


 どうするのですか。その言葉は弱々しく消える。  

「壊滅」の単語が頭に浮かんだ。今まで積み上げてきたものが一瞬で崩れ去る未来が見え、足元がぐらついた。クソ。


「迎え撃つ」


 シュタインメッツはあっけらかんと言った。

 艦橋内にどよめきは広がらなかった。

 艦橋内にいる誰もがそれを平然と受け入れでいた。


「それは……可能ですか?」 


 数秒後、ハンスはおずおずと訊ねた。


 龍母は水上砲戦能力が皆無であるばかりか、飛行甲板に一発喰らうだけで能力を喪失するほど脆いのだ。

 龍母運用に疎いシュタインメッツでも、その程度のことはわかっているはずだが。


「可能だ」


シュタインメッツは断言した。


「第二次攻龍隊の帰還まで約二時間。この間を凌ぎ、攻龍隊を収容。爾後、全力で当海域を離脱する。……それに、私はうれしいよ。戦艦が活躍できる場面に出会えて。君の言う通り、戦艦にもまだまだ使い道がありそうだ」


 シュタインメッツは心の底からそう思っているようだった。古傷のある武骨な顔には、絶えず溌剌とした表情が張り付いている。

 

「時間は限られている。すぐに取り掛かろう。ああ、第二次攻龍隊に連絡は不要だ。彼らには計画通り敵基地で暴れてもらう。龍兵による攻撃を完璧に終え、航龍艦隊は『マーキュラス』の追撃を振り切って脱出する。これほど楽しいこともない」


 ハンスはとんでもないことになったな、と思い、自嘲的に笑った。状況的にはまったくもって笑い事ではなかったのだが。


──第一航龍艦隊は艦隊司令の指示のもと、近づく脅威に対して急速に迎撃準備を整え始めた。

「オスト・アンスヴァルト」と巡航艦三隻、襲撃艦七隻からなる護衛艦艇らは乗員を対水上戦闘配置につけると、龍母の盾になるように艦隊西に遷移した。

 第二航龍戦隊は、帰還した第一次攻龍隊の中から元気な亜龍を選び、対艦装備を整えさせた後に緊急発進させた。

 敵を発見すれば即座に攻撃に移れるよう、龍兵編隊を空中警戒させるのだ。


 西の水平線上に艦影が現れたのはその一時間後だった。

 艦隊の面々を驚かせたことに、なんと単艦である。〈帝国〉最強巡洋戦艦たる「マーキュラス」は、単艦という不利を歯牙にも掛けず、白浪を蹴りながら全力で向かってきた。


 その艦上に発砲の閃光が走る。

 数秒遅れで砲声がハンスの鼓膜を震わせた。


 増大する飛翔音。

「マーキュラス」の目標は龍母戦隊の先頭を走る「マッケンゼン」のようだ。


 ハンスは自らの乗艦に向かって飛翔する巨弾の轟音を聞き、生きた心地がしなかった。

 それは全ての音をかき消すほど増大し、艦橋内の空気すら震わせる。それが耐えられないほど高まった刹那、唐突に消えた。

 真横に巨大な水柱が突き上がり、艦を盛大に傾けさせたのはその時だった。


 後に“第一次帝国本土襲撃”と呼ばれることになる戦いは、その苛烈さをさらに際立たせつつあった。




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