表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍國戦記  作者: イカ大王
開戦篇
5/11

諸王国聯合海軍の異端児



 006


 〈大龍洋〉という名は、拝龍教の旧約聖典に記された『東の地で苦悩する賢人マルケウスを救うため、〈龍〉はこの海を一息で飛び越えた』という一文に由来する。

 人類の主兵装が鉄と科学技術ではなく、剣や魔法だった時代から、すでにその名で広く知られていた。


 その大洋の北域を西へと進む艦隊がいる。


 大型艦が五隻、中小型艦が一〇隻の、計一五隻の艦隊だ。

 各艦の艦尾や前檣楼(マスト)上にたなびく旗は、白地に黒の横帯、その上に連合国家を構成する四王国の紋章が縫い込まれている。

 〈諸王国連合〉海軍の国籍表示旗であった。


 艦隊を構成する大型艦のうち一隻は、連装砲を前部にニ基、後部に一基装備し、中央部に高々とした前檣楼と煙突を載せた大型戦闘艦である。

 戦艦より防御力は低いものの、それを補う高速性を持つ巡洋戦艦だった。


 巡戦の周りにいる艦たちは、巡洋戦艦より小型の巡航艦と襲撃艦になる。

 数は前者が三隻、後者が七隻であり、大型艦を守るように輪形陣を形成していた。


 そんな艦隊の中で一際異彩を放つのが、巡戦の後方に位置している四隻の大型艦である。

 いずれも護衛の巡洋戦艦に劣らない巨躯を持つものの、艦首から艦尾まで真っ平であり、上部構造物は何もない。


 だが、そんな艦の一番艦に乗るハンス・フォン・ルントシュテットは、この艦の持つ無限の可能性を信じてやまない海軍将校の一人だった。


「ルントシュテット大佐」


 自分の名を呼ばれたハンスは、灰色の海面から目を逸らし、その人間離れした顔で振り返った。


 彼は人間ではない。

 純粋には亜人種。その中でも人間と同等の知力を持つと言われる『龍人(リザードマン)』である。


 ハンスを呼んだ若い少尉は、その顔を見ても表情を崩さず、直立不動のまま「提督(アトミラール)が艦橋にてお待ちです」と言った。


「おぅ」


 ハンスは憂鬱そうに答え、吸っていた煙草を海に放り投げた。

 寒風避けに立ていた外套の襟を元に戻し、両手をポケットに突っ込む。

 諸王国連合海軍の紋章が刻まれた制帽をあみだに被り、人間離れした顔を持つ彼は、お世辞にも大佐の階級を持つ者には見えなかった。


 彼は提督がいる艦橋へ向かうため、階段を降りた。


 この船は甲板の下に艦橋が位置するという特異な構造になっているため、上ではなく下に向かう形になる。

 艦橋の頭上視界は、帽子のツバのようにせり出た甲板のせいですこぶる悪いが、発着艦に使用される甲板上に構造物を載せる訳にもいかず、このような形状に収まっていた。


 この“フネ”が発展途上の艦種であることはハンスも理解している。上方視界の悪さは、後々解決していけば良いと思っていた。


 階段を降りて何層かまたぎ、艦橋の入口である信号用のスポンソンにたどり着く。

 ここでハンスは立ち止まり、ため息をついた。すぐに気を取り直し、内部に足を踏み入れる。


 艦橋内には二〇人以上の人員が緊張した面持ちで詰めていた。その中の一人──少将の階級章をつけた人物がハンスに気がついた。


「やぁ、ルントシュテット大佐」


「シュタインメッツ提督……」


 ハンスは顔を控えめにひきつらせた。


 シュタインメッツと呼ばれた男は、古傷のある角ばった強面(おわおもて)を破顔させた。

 筋肉質の引き締まった短躯は、齢五〇を過ぎているようには見えない。


「君を呼び出した理由は簡単だ」


 顔に薄笑いを貼り付けながら彼は言う。


「間も無く、本国から宣戦布告が行われる時間になる。ハンス君には総監から与えられた任務を果たしてもらいたい。何せ、私は“この船”の運用に関して言えば素人同然だからね」


 シュタインメッツはニヤニヤしていた。

 それに対しハンスは苦笑いを浮かべるしか無かった。

 この武人じみた提督は、ハンスが実戦経験のない軍人であることを知っているのだ。


 ハンスの肩書は、海軍幕僚総監部第三課特別戦略作戦室特命室長となっている。

 つまり、首都にある総監部にて計画立案や事務作業等を主な仕事としており、艦船勤務は数えられるほどしかない。実戦経験に至っては、まったくの皆無だ。


(異端児の仲間入りをされた復讐かよ)


 戦闘で狙われやすい艦橋への常駐を強いられたハンスは、内心で毒づいた。彼の心臓は、その生来の小心さゆえに波打っている。


───ハンス・フォン・ルントシュテットは、現在では〈諸王国聯合〉の一部となっている龍人国家レルゲン王国の出身である。

 同国で代々王に仕えてきた貴族階層であり、名前に「フォン」がつくのはそのためだ。

 しかし、貴族階級出身かつ大佐の地位にありながら、海軍内での立場は決して良いとは言えない。


 彼が専門としているのは、海軍内では異端とされている龍兵(騎龍兵科)である。加えて、それらを主力とした()()()()()を目指す一派の首魁でもあるからだ。


 長らく、戦艦や巡洋戦艦を何隻も引き連れ、敵艦隊と一挙に決着をつけることを是非とする『艦隊決戦主義』が、海軍戦略の基本に据えられてきた。

 よって、同戦略を信奉とする者は未だに多く、実に将官の九割以上がその道の人間だった。ゆえに龍兵科は異端とされ、その専門家ともなると海軍内での肩身は否応なく狭くなってしまう。


 それを海軍戦略の中心にしようとしているのだから、主流派に睨まれるのも当然だった。


 だが〈諸王国聯合〉海軍は、この異端者が中心となった新戦略を遂行しなければならない状況にあった。


 艦隊決戦主義は、こちら側が最低でも相手と同等の戦力を保有していなければならない。

 その理由としては、小細工なしで互いに正面から全力でぶつかる以上、戦力が互角以上でなければ勝てる見込みは少ないから、というのが挙げられる。

 だが、今の〈諸王国聯合〉海軍が有している艦艇は、質・量ともに〈帝国〉海軍に及ばないのが実情である。

 戦艦のみに絞っても〈帝国〉海軍は〈諸王国聯合〉海軍の倍以上の数を保有しており、ここに〈帝国〉がのみ有している超弩級戦艦の他、巡航艦、襲撃艦などの中小型艦の要素も加味すると、戦力差は四倍近い。


 つまり、この隔絶した戦力差のまま艦隊決戦を強行すれば、〈諸王国聯合〉海軍の勝利する可能性は僅かしかないばかりか、逆にすり殲滅される可能性すらあった。


 このような危険な戦い方を戦略の基本としておくわけにはいかない。


 上記の危機感を強く感じた海軍中央───非主流派に理解のある海軍幕僚総監のみだが──が導き出した答えが、登場して間もない“この船”や潜海艦などの新兵器を研究して有効性を確立し、それらを活用した新たな海軍戦略とすることだった。


 かつて〈帝国〉が革新的な戦艦「ドーントレス」を建造し、今までの新鋭戦艦を全て旧式化してしまったような役割を、“海軍の異端児”に求めたのである。


 その方針のもと、地方の鎮海府で腐っていたハンスは総監部にスカウトされ、改革部署として特別戦略作戦室を創設した。

 同室が構築した新戦略に基づいて三年をかけて整備された戦力が、“この船”たち。すなわち航龍母艦──通称『龍母』を中心とした“第一航龍艦隊”(ルフトフロッテ1)であった。


 なお、艦隊司令官のヘルムート・フォン・シュタインメッツ少将は、前述の通り艦隊決戦主義者であり、龍母の作戦運用に関しては素人の域を出ない。

 よって、龍母の運用に精通しているハンスに第一航龍艦隊の龍兵作戦参謀として同行命令が下されていた。

 危険な現場に出ることをハンスは渋ったが、海軍改革の後ろ盾となってくれた総監の頼みとあっては断れなかった。


「おいおい大佐。あんまり嫌な顔はするな」


 シュタインメッツは砕けた口調に変わり、ハンスの肩を強めに叩いた。


「確かに……俺は第五戦隊(戦艦部隊)司令の内定を取り消されてこの艦隊の指揮官に任用されたが、それは上層部の新戦略に基づいた人事で、君に非はない。はははは」


 目は笑っていなかった。

 ハンスはそのトカゲ面の口角を歪ませた。急遽主流派にされた非主流派の嫌なところだった。なんせ敵が多い。

 笑いは伝播し、艦長や航海長も笑い出す。常に無表情であれ、と教育される見習い士官もニヤつく始末だ。

 誰もが、海軍の花形である戦艦で働きたかったのである。

 

 ハンスのこの場から逃げ出したい感情が最高潮に達しようとしていた時。


「さて……戯言(ざれごと)はこの辺にして」


 シュタインメッツは笑いを消し、生真面目な声で言った。

 それを境に、艦橋内の笑いがぱたりと止む。


 ハンスは意外の念に駆られながらそれらを見ていた。

 シュタインメッツは、自分からしたら左遷に近い境遇を呪いつつも、国家から与えられた使命を果たすつもりはあるそうだ。


「現在の時刻は午前四時三五分」


 シュタインメッツは腕時計を見た。


「すなわち、宣戦布告まであと二時間二五分ということになる。計画通り、我が艦隊は目標の東北東七〇カイリに到達した。貴官はこれより我が艦隊はどう行動すれば良いと考える」


 ハンスはその小心さを一時的に棚に上げ、共に仕事をした者から与えられる「秀才参謀」の評価に違わぬスピードで即答した。


「はい。少官は直ちに第一次攻龍隊を発艦させるべきと考えます。現在位置は敵の勢力圏内であり、発見されたら厄介です。目標の達成を可及的速やかに実行すべきでしょう」


「了解した。……艦長!」


 シュタインメッツが呼びかけた時、艦長はすでに艦内電話を手にしていた。何かを確認すると受話器を置き、張りのある声で報告した。


「攻龍隊、発艦準備完了」


「よろしい」


 提督は腕を組み、満足げにうなずいた。そして凛とした声で命じた。


「艦隊司令部より各艦へ伝達。現時刻をもって“マルケウス”作戦は第二段階へ移行。各龍母は直ちに発艦作業を開始せよ。目標に変更なし。スピッドヘッド島〈帝国〉海軍主要根拠地」


 第一航龍艦隊の主力──第二航龍戦隊は、ハンスが乗っている旗艦「マッケンゼン」を筆頭に、「グラーフ・フリートラント」「アルタウス」「ライヒェナウ」にて構成されている。

 いずれもハンスが打ち出した海軍新戦略に基づいて開発・建造されたマッケンゼン級航龍母艦であり、搭載龍の数は予備も含めて六〇匹に及ぶ。

 それらの龍母へ、旗流信号と発光信号の両方を使って提督の命令が伝えられた。

 魔導逓信も可能だったが、敵に傍受される危険があるため封止されていた。


 命令が伝達された各龍母の艦長は、


「亜龍、発艦用意!」


 の指令を下した。全艦内にそれを伝えるベルが鳴り響き、乗組員の喧騒がにわかに増した。

 龍母において、発艦作業は大仕事である。亜龍、龍士、甲板員、操舵艦橋が緊密に連携しなければ、事故を起こしかねないし、龍母の集中運用は世界初であり、ノウハウも蓄積されているとは言い難かった。


「発艦可能風速をクリア」

「風向計確認よろし。風上は本艦軸線より右四五度の線」

「了解。面舵四五度。風上に乗ると同時に両舷前進全力。風に立て!」

「護衛艦艇に変針を通達。陣形を崩すな!」


 風切り音が響く中、きびきびとした指示が「マッケンゼン」艦橋内を飛び交う。

 亜龍たちは、やろうと思えば垂直離艦が可能だったが、爆弾(ボム)襲撃水雷(トーピートー)などの重量物を抱えているとなると、話は変わってくる。

 その場合、飛び立つために長い助走距離が必要となり、風上に艦首を向けるこの艦隊運動は、それによって発生した合成風力を利用し、発艦する龍たちへ十分な浮力を与えるという目的があった。


 なお、爆弾を搭載する亜龍は〈龍爆〉、襲雷を搭載する亜龍は〈龍雷〉と呼称されており、母艦に各二個中隊が配備されている。第一次攻龍隊では、その半数が出撃する予定だった。


──「マッケンゼン」は右へ艦首を振った。

 前方に見えていた巡戦の後ろ姿が左に流れ、白い航跡が右へうねった。それは後続の龍母も同様であり、護衛の襲撃艦も数隻が付き従った。


「提督。飛行甲板に向かう許可を」


 ハンスは艦隊が総力を挙げて発艦作業へ移行するピリピリとした空気を感じながら、シュタインメッツに訊ねた。遠心力で床が左に傾いていた。


「許可する。だが三〇分以内に再度艦橋に出頭せよ。龍たちを放ったあとの艦隊針路について協議したい」


「了解しました、提督。……感謝します」


 ハンスは本心からの感謝を述べたあと、(きびす)を返した。

 彼の中でシュタインメッツへの評価は変化しつつあった。堅物で保守的な人間が多い艦隊決戦主義者の中で、同提督は拾い物だったかもしれない。


 いくつもの階段を登って飛行甲板に上がると、整然と並んでいる亜龍たちの姿が視界に入ってきた。

 艦種から艦尾まで長細い形をしている飛行甲板のうち、前半分は助走用に開けられているため、後ろ半分に固まるように待機している。

 亜龍たちの数は二〇匹を超えているが、なおも甲板下に設けられた格納庫からエレベーターを使って上がってきていた。いずれも爆弾や襲雷をぶら下げている。


 もちろん、出撃を待っているのは亜龍だけではない。共に空を駆ける龍士たちもいる。

 彼らは一箇所に集まり、攻龍隊指揮官から訓示を受けていた。


「よく聞け。本作戦は後に続く対帝国作戦の嚆矢となる存在である」


 よく響く声がハンスの耳に入ってきた。


「失敗は許されん。誇りと慈悲を持って、帝国の犬どもを完膚なきまで叩き潰せ」


 昌和する龍士たちの雄叫び。


 指揮官の荒々しい訓示を聞いてハンスは苦笑した。

 彼らは、食物連鎖の頂点に立つ亜龍を完全に従えるだけに、血の気も多い。伝統ある海軍兵というよりも、戦士という感じた。

 ありし日の時代に王国沿岸で暴れ回っていたヴァイキングを思い起こさせる。


 ハンスは訓示を受け終わった龍士たちがそれぞれの愛龍に駆けたのを見計らって、訓示を行なった指揮官に声をかけた。出撃にはまだ少し時間があった。


「ボルツ少佐!」


 呼ばれた指揮官はハンスに気づいた。素早く踵を打ち合わせ、敬礼する。


「ハンス大佐ではありませんか。ということは、先程は野蛮なところを……」


「いや、良いじゃないか。なかなかの士気で。俺はああいうの好きだよ」


 ボルツ・クライスト少佐はそれを聞いて相好を崩した。

 普段のトレードマークであるオールバッグの金髪は防寒帽に隠れている。

 鍛えられた肉体は龍士ならば当然と言われているが、彼のそれは外套の上からでも伺わせるほどのものだった。

 彼は〈諸王国連合〉軍が誇る最高の龍士の一人であり、前の勤務先である王国龍兵戦技教導群ドラグーン・アグレッサーにおいても、最優秀と名高い存在だった。


「で、どうよ。部下たちの状況は」


 ハンスは龍士たちへ顎をしゃくって見せた。


「問題ありません。皆、過酷な訓練の成果を見せると息巻いてます。亜龍の母艦運用が実戦に通用するか否かの分水嶺でもありますし、自分たちを戦艦よりも使えると上層部に見せつけたいのでしょう。もちろん、それは私も同じですが」


 ボルツ少佐は戦術龍兵運用の専門家であり、この艦隊の艦載龍兵部隊の錬成にも大きく携わっている。

 ハンスとは同郷であり、かつ似通った思想の持ち主である。いわば新戦略遂行のための相棒のような存在だった。


「そうだね。是非とも頼むよ。我が祖国は結構危うい状況だからね」


「わかってます。〈龍〉を奪るためにも……」


───発艦はその五分後から始まった。

 亜龍たちは龍士の操縦にしたがい、飛行甲板を駆ける。

 徐々に加速する彼ら。

 風をはらむために大仰に広げられた翼をはためかせ、飛行甲板の縁を蹴った。

 亜龍は空中に飛び出した直後、高度を落とし、飛行甲板の陰に消える。ハンスの心臓は跳ね上がるが、数秒後には空に向かって上昇する亜龍が再び姿を現した。

 ハンスは胸を撫で下ろし、甲板員の歓声が沸いた。その頃には二番龍が発艦し、ボルツ少佐の乗龍を追って上昇している。


 龍母「マッケンゼン」から発艦した亜龍は三二匹に登った。

 他の母艦から発艦したものを合わせると、その合計は一〇〇を超える。


 ハンスにとって、この作戦は大きな二つの意味を持つ。自分が手塩をかけて作り上げた龍母艦隊が実戦で通用するか否か、と、諸王国連合が亡国への道を歩むか否か、である。


 いや、もう一つある。

 それに思い至ったリザードマンは口角を吊り上げ、制帽を目深にかぶりなおした。


「〈龍〉を俺の手に……」


 彼は艦隊の上空で編隊を組む亜龍たちを見上げながら、そう呟くのであった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ