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龍國戦記  作者: イカ大王
開戦篇
11/11

“海鷲”作戦



 シュレジェン城で行われた大洋艦隊司令部の作戦ブリーフィングにおいて、清浦ら〈皇国〉海軍西遣支隊の面々は空気と化してしまっていた。


 過去、代々の城主が会議や宴会に使ってきたと思われる空間は、怒号が飛び交う巷と化している。


 白いテーブルクロスがかけられた長卓の左側で感情的な発言を繰り返すのは、大洋艦隊司令部の面々である。

 司令長官を始め、各隷下艦隊司令、参謀が肩を並べていた。


 対して反対側に座るのが、海軍幕僚総監部から派遣された参謀らである。

 数は三名。

 ハンス・フォン・ルントシュテットと、総監部の長たるハインツ・ヘラー・レーダー海軍総監、そして総監部作戦部長。

 レーダー総監はハンスの後ろ盾で、強引な海軍戦備改革を進めた張本人にあたる。

 

 西遣支隊の面々──清浦、朝比奈、支隊参謀、戦隊司令らは、唾が飛ばされるほど早口な外国語に耳を傾けながら、総監部要員らの隣で大なり小なりの呆れ顔を浮かべていた。


レーダー総監が言う。


「正直、大洋艦隊司令部で独自立案された作戦草案を開戦後に提示され、しかもそれを実行したいというのは迷惑である。ここは計画通り、総監部の作戦要項に従っていただきたい」


 大洋艦隊側も反駁する。


「我々が具申する内容は、作戦の上方的修正である」


 艦隊参謀らの怒号を諫めた艦隊司令長官──ヴォルフガング・フォン・アーネルトは従来の主張を繰り返した。


 清浦は会議を見回した。

 見たところ、各航龍艦隊の司令たちを除き、大洋艦隊は艦隊決戦主義者に占領されているようであった。

 一方の総監部は龍兵主兵論者が大半を占める。

 対〈帝国〉作戦立案は総監部主導で行われているため、艦隊司令部は憤慨しているのだ。

 

「えー。当初の……」


 作戦計画の(形式上の)責任者でもある作戦部長が絞り出したような声で発言する。が、「貴様はだまっとれ!」との艦隊参謀の怒号で瞬く間に押し黙る。

 彼は艦隊決戦畑から龍兵畑に移った将校の一人である。艦隊派から恨まれているのだ。


 その隣に座るハンスはあーあと言った顔になり、天井を見上げた。


 「龍人、なんだその態度は!」という怒号が艦隊参謀長から飛んできたが、完全無視する。


 海軍なぞどこも同じだなと清浦は思った。

 要するに艦隊派の面々は自らの影響力の維持をその目的としているのだ。

 前回の龍争奪大戦において〈帝国〉が勝利し、〈龍〉という圧倒的な力を得ても〈諸王国聯合〉が決定的な破滅を免れた戦い──中部大龍洋海戦の大勝利への憧れが艦隊派を大いに勢い付かせている。その戦いはまさに艦隊決戦によって〈帝国〉大艦隊を打ち破った一戦であった。


「艦隊決戦こそ至高である」 


 アーネルト司令長官は白くなった口髭を蠢かした。

 彼も艦隊決戦への憧れを捨てられない者の一人のようだ。


「巡戦部隊による敵艦隊に対する襲撃作戦を取りやめ、その戦力を作戦最終段階に注ぎ込むことこそが、当作戦の成功に繋がると考える。これは大洋艦隊司令部全体の一致した見解である」


 清浦は〈諸王国連合〉海軍全軍による対〈帝国〉作戦──コード名“海鷲(ゼーアドラー)”の内容を思い出した。


 まず、作戦第一段階。


 航龍艦隊による〈帝国〉本土への爆撃がこれにあたる。

 これらの電撃戦をもって〈帝国〉への挑発とし、敵艦隊主力の〈諸王国連合〉近海への遠征を誘導する。

 なお、航龍艦隊の〈帝国〉本土への襲撃は第一次、第二次に渡って実施され、第一次はスピッドヘッド島の艦艇・軍事施設を、第二次は〈帝国〉東海岸の街であるハンプトンを、それぞれ目標とした。

 〈帝国〉では、本土近海へ敵艦隊の侵入を二度も許したばかりか、戦艦多数と拠点の基地機能を失い、あまつさえ、民間人にも多数の死者を出している。

 今頃、〈帝国〉海軍上層部は挽回に躍起となり、大規模反攻作戦が進んでいるはずであった。


 第二段階は、〈大龍洋〉を東へ押し渡ってくる敵艦隊への断続的な襲撃である。

 〈大龍洋〉中央付近に浮かぶマルケネス諸島以東への敵艦隊侵入を機に、航龍艦隊、潜水艦隊、巡洋戦艦戦隊による機動性、隠密性を十全に活用した断続的攻撃を実施する。

 敵艦隊の衝力を失わせつつ、第三段階に向けて敵戦力減殺を目的とする。


 第三段階──つまり作戦最終段階は、大洋艦隊主力を投入した艦隊決戦となる。

 広大な〈大龍洋〉を遠征し、戦力が低下して疲労も溜まっていると予想される敵艦隊を〈諸王国連合〉が有する戦艦部隊──第一艦隊をぶつけて撃滅する、というのがその格子だった。


 大洋艦隊司令部は、第三段階において、第二段階で使用予定の巡洋戦艦部隊──すなわち、清浦ら西方海域先遣支隊と、第二艦隊を使わせろと言っているのだ。

 当初はこの作戦案に納得していたが、第一次〈帝国〉本土襲撃で敵戦艦部隊に与えた損害が想像以上であったため、「巡戦部隊を取り戻しさえすれば艦隊決戦で勝利できる」とでも思ったのかもしれない。


「容認できません」


 ハンスがぶっきらぼうに口を挟んだ。


「我々は〈帝国〉海軍を向こうに回すと弱者なのです。艦隊決戦という正攻法で勝てない以上、なにかと策を弄するのは必定です。なんせ、戦力差が──」

 

「戦力の分散という愚を犯してまで弄する策か!」


 参謀長が吠えた。

 だが、ハンスは引かない。


「そもそも、この案は総監部と大洋艦隊司令部との折衷案であったはずです。それを今更ながら覆すというのは常識を疑う」


「何ぃ!?」


 ハンスは当初、作戦に艦隊決戦を組み込んではおらず、第一艦隊も第二段階に使うか、〈帝国〉への餌としてレーヴェ湾の奥地に留め置くかを考えていた。

 だが、それを知った大洋艦隊──主に戦艦部隊から反発があり、仕方なく艦隊決戦を最終段階に組み込んだのだ。

 ハンスとしては、地上配備型の海軍龍兵部隊を増強して大陸西海岸各所に配置し、陸軍龍兵集団や王国龍兵戦技教導群ドラグーン・アグレッサーと共同して敵大艦隊を飽和撃滅する案を第三段階として考えていたが、それは潰えている。


「貴様っ!龍人風情が大洋艦隊を愚弄するか」


 その言葉を筆頭に、多数の罵声・暴言がハンスに飛んだ。

 中には差別的な言動も多かった。


 ハンスはやれやれ、という表情を作り、清浦の方を見て肩をすくめた。(これが我が軍の精鋭を謳う連中さ)。


「我が支隊は」


 静かながら、反駁を許さない声で清浦は言った。

 あたりが静まる。清浦は優しげな声で続ける。


「“海鷲”作戦遂行支援のため派遣されたと認識しております。作戦第二段階に対応した編成、訓練が施されており、その急遽変更は困難です。それに、貴隊らとの艦隊運動は当然ながら経験がない。戦場を無用の混乱に陥れる可能性もある」


「艦隊前衛隊か遊撃隊として独立した運用を……」


「それでは当初の用兵と何ら変わりはありません」


 大洋艦隊の面々が一斉に唸った。

 彼らとしては、第二艦隊にに加え、西遣支隊も艦隊決戦に参加してもらおうと考えていたわけだが、支隊司令にそのように言われてしまえば言葉が詰まる。


「敵主力はすでに出撃準備を七割型完了させている。つまり、第二段階作戦開始予定日は前倒しされる公算が高い。こんな状況での作戦変更は、どうなんだ?ヴォルフよ」


 総監が肩をすくめて言った。

 アーネルトの表情はまったく鉄面皮そのものであった。


 敵大艦隊が出撃するまで、あと三日と予想されていた。


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